11月11日 鉄っちゃんの祭り 「福岡喫茶散歩」を発刊した出版社 書肆侃侃房から同時期に出版された 「機関車に片思い」という本。 文字どおり、鉄道に恋いこがれる鉄っちゃんの 半生ともいえる記録が写真と文章で綴られている。 私も読んでみたのだが、 そこには多くの男性が陥る儲け主義とは正反対の、 お金にはならないけれど、自分にとっては 大切だというものへの一途な愛情があふれていて 鉄道ファンでなくても、ひとりの人間の生き方として 楽しめる内容といえるだろう。 昨日は、その記念イベントとして開催された 著者の宇都宮さんが勤務する門司港の 「九州鉄道記念館」までのローカル線の旅に、 出版社の人たちと参加してきた。 果たしてどんな雰囲気の旅になるのだろうか、 どんな人たちが参加しているのだろう。 想像もつかないまま、駅構内を歩いていると、 みどりの窓口あたりでたむろする謎の集団が…。 チェックなどのアウトドア系のシャツに グレーを基調とした色合いのシャリシャリと 音をたてそうな素材感のジャンバーを着て、 腰には、まるでお腹の一部分かというほどに くったりとなったウエストポーチを装着。 そして、プロも顔負けの重厚なカメラとともに、 なぜか皆さん、四角い形のビニール製のバックを 肩にかけていらっしゃる。 …使いやすいってことでしょうか。 かといって決しておじさま方ばかりではなく、 小学生や中学生、高校生らしき男の子もちらほらと。 もちろん、どの顔にも晴れ晴れとした笑顔がのぞき、 言葉にならない喜びが、全身からほとばしっている。 あ、これが、うわさの「鉄っちゃん」か!? と、ちょうど出版社の赤峰さんと会ったので、 思わず駆け寄り、「この一画だけ面白いですね」 などと小声で話した。 本日の参加費4000円を支払うと、 表にいくつもの鉄道写真が、裏にはもう廃止された 鉄道のマークと抽選番号が書かれた小型の 下敷きのような本日の切符が交付される。 ラミネート加工されたそれを手にした 小学生の兄弟は「す、すげえー!!」と 歓声を上げ、構内を飛び跳ねるようにしながら 時々、ジーンズをずりあげていた。 朝食用のパンを買って、乗り込んだのは 来年で廃止される「キハ28 2444」という電車。 今どきはめずらしくなった対面式の木の椅子に腰かけ、 電車は一路、門司港を目指す。 さてのんびりとローカル線の旅を…と車窓に目をやると、 ん?草むらにカメラを構えた人の姿が…。 しかも、停車する駅、停車する駅に、 三脚にカメラを装着した鉄っちゃんたちが 必ず数人はスタンバイしているのである。 あ、あっちにおった!こっちも見て、ほら、 あの人、すごい走りよるよ。 あ、今まで一緒に乗ってたのに、 もう向こう側のホームにおる! しかも停車するたびに、車内の鉄っちゃんが どやどやとホームになだれ出て、 行き先を示す予備のプレートをとっかえひっかえ、 熱気むんむんの撮影会が始まるのである。 みんな、細くてひよわそうな体をしているのに ひゅるひゅると走りまわり、階段を2段飛びして 反対側のホームまでダッシュする。 どの顔にも、「おいら、生きてます」という 充実した表情があふれ、こんな人ばかりなら 戦争も起こらないだろうなあとまわりの人と話した。 しかも、途中で「窓ガラスに人が転倒し、 ガラスが割れましたので、一時停止します」という アナウンスが流れるほど、彼らはヒートアップ。 あの頑丈な鉄道のガラスが割れるのだから、 尋常ではない、もはや念力かと感心していたら カープを曲がる際に三脚が窓に激突…という事情らしいが、 冷静さを欠くほどに高揚した場の空気が、 鉄っちゃんらの判断力をにぶらせたのは言うまでもない。 門司港に到着したのが、14時頃。 出発の17時まで鉄っちゃんは、待望の 「九州鉄道記念館」を舐め回すように散策するはず。 私たちは、いちおうものは試しにという程度で 軽く見て、それからどっか良さそうな喫茶店を探して、 珈琲を飲むことにした。 さびれた商店街には、「平民食堂」という 昭和初期から変わらない看板を掲げた店が、 シャッターは降りているが化石のように残っているあたり、 久留米などとは比べ物にならない。 古本屋でしばらく本を物色した後、 駅から徒歩3分ほどの「とらや」という喫茶店へ。 創業したのが昭和25年。 当時は、菓子店も併設していたというその店で、 おしること珈琲をいただきながら、 次回の喫茶本についての構想をねった。 昨日は、九州の喫茶店で決まり!と思っていたが その流れもあまりに優等生的という気もしたし、 現にこんなふうに頑張ってるいい店が 福岡の郊外にもっとたくさんあるだろうし、 そう考えるとやはり郊外版を出すべきだろう。 しかし、北九州方面と久留米方面で各々出すのは、 気が遠くなるので、やはり1册にすることにした。 来年半ばくらいを目標に、とりかかろうと ようやく気持ちが固まったので、 帰りに店の人に挨拶をして出てきた。 帰りの鉄道は、人数が少ないのかなと 勝手に考えていたが、みんな行きよりもさらに 熱が上がっているらしく、車内のあちらこちらで どっと笑いがわき起こっている。 まるで、親戚か小学校時代の旧友の集まりかという ほどリラックスした空気。 小学生男の子は、著者の宇都宮さんに 「ぼく、昨日は、心臓がはちきれそうで 眠れなかったんですよお!」と声を上ずらせ、 高校生の彼は「宇都宮さんと話すと、 新しい情報が次々と入ってくるから、すごいなあ」と 眼鏡の奥の瞳を輝かせる。 まさに宇都宮さんは、彼らに夢を与える ヒーローであると同時に、 同じ気持ちで機関車を愛する同志でもあるのだ。 また時折、汽笛がなると、 「おおおおー!!」という鉄っちゃんのどよめきが起こり、 アナウンスが聞こえたかと思うと、 「今のはさあ、こういうふうに言った方が」 などと批評が飛び交う。 しかも、国鉄時代の車掌さんの制服を着た ニセ車掌が車内にゴロゴロしていて、 誰が本物なのかすぐには判別がつかない。 車内販売をする人も昔風の蝶ネクタイや ウエイトレスさんの服そうで、がま口のでっかい 黒い財布からお釣を出してくれる。 いわゆるコスプレであるが、 東京には鉄道専門の店まであるというから驚いた。 帰りは、さすがに私達みたいな一般客は ぐったりしていたが、鉄っちゃんたちは相変わらず ノリノリで最後までホームの端から端まで走り回り、 シャッターを押しまくり、ビール片手にやんややんや。 もうすっかり暗くなっているというのに、 相変わらず各駅にも鉄っちゃんたちが待機し、 にこにこしながらシャッターを切っていた。 最後の方には、もう十分でしょう、 あと何枚撮るつもり?早く博多駅に帰ろうやと 言いたくなったが、これほどまでに人生をかけるものが ある鉄っちゃんを間近で見られたのは大変有意義であった。 ちなみに、彼らは「鉄っちゃん」という愛称が 本当はお気に召していないらしい…。 それではまた明日。 (編集発行人:コサカ)