編集発行人 コサカが贈る勝手きままな
つれづれ日記です。ハッピーな日もブルーな日も
美味しい珈琲で、一息いれてください。

3月14日 牧野さんと玉置さん

牧野さんと、かんかんぼう編集の池田さん。
東亜珈琲館にて。




3月11日東日本大震災でお亡くなりになった方々に
お悔やみ申し上げます。
そして3月14日、「
カフェ・ド・ランブル」の関口一郎
マスターがお亡くなりになられたそうです。
日本のコ−ヒ−を照らす星として、
業界に尽力された生涯、ありがとうございました。
大往生とはいえ、昨年夏、取材させていただいたことを
思いだすにつけ、やっぱり哀しい気持ちになるのだった。
そして、天神コア地下一階の「亜木」さんが、
3月25日をもって42年間の歴史を閉じられます。
美味しいサイフォンコ−ヒ−、ぜひお運びください。



先日、美術同人誌「四月と十月」主宰の画家、
牧野伊三夫さんから連絡があった。
「今度、福岡に行くので呑みませんか?」
もちろんですと返信をして、昭和の酒場へ。
総勢9名の会は、あれよあれよという間に12名に。
牧野パワー炸裂である。
牧野さんとお会いするのは嬉しいが、
ずっとずーーーーっと、手がついていない
喫茶本のことを申し訳ないと思ってきた。
もうだいぶん前に表紙を描いてもらったのだ。
今のところ進展があるとすれば、デザイン担当に、
橋本さんが決まったということだけだが、
大きな一歩にはちがいない。


牧野さんに話すと、「じゃ、その橋本さんを呼ぼうよ。
打ち合わせしなきゃ!」となり、急きょ、電話。
橋本さんは、いろんな仕事を抱えていたようで
行きたいんですけど、どうしようと断わりモードだったが、
じゃ、牧野さんと挨拶だけでもと電話を替わったが最後。
「仕事はさ、明日の朝5時に起きてやればいいんだよ」
殺し文句に引きずられ、橋本さんが酒場に登場。
今回のためにデザインしていたラフ原稿をもってきてもらい、
みんなで見ていたら、牧野さんが
「僕の立場としては、中身まで口出ししていいのかな、
それともイラストレータ−としてだけなのか」と問われる。
そりゃあもう全体をお願いしたいですと告げ、

編集の池田さんの「読ませる本づくり」の
プランをお伝えし、牧野さんにアートディレクションまで
お願いすることにした。


牧野さんはいう。
こうした類の本のなかで、最も読まれないのが文章だと。
ま、それはわかる。
自分も雑誌の文章は、あまり読まないもんなあ。
まず写真みて、それからデータみて、
気になる店を検索して行くと。
「小坂さんのね、文章好きなんだよ。
ちゃんと読んでもらうためにも、今回は、だらだらと
長く書かずに、短く、ばしっとまとめてもらって」
「はい、無駄なことは書かずに・・・ですね」
「そうだね、本当に書きたいことと、無駄だけど
小坂さんが大事だと思うことも書いていいから。
小坂さんの本、いい本にしようね」
そうこうしてその夜は、二次会でスナックへ。
皆、持ち歌を唄い、楽しく酔いましたとさ。




翌日、牧野さんたちを喫茶店のモーニングに
お誘いした方がヨカッタかなと思いつつ
久留米のカウンティに行ったら休みであった。
そのまま「蘭館」を訪ねたら、牧野さんから電話。
なんとまだ福岡にいて、ヤブクグリの黒木さんと
呑むことになったから、小坂さんもどう?と。
ちょうど喫茶本のために描き下ろしていただいていた
原画もお見せしたかったので
(もうはるか5年前前のことで、牧野さんも自分が
どんな絵を描いたか、うろ覚えとなっているため)
渡りに舟とばかりに、昨日とは違う渋い酒場へ。
カウンターに並んで話すうちに、編集者の池田さん含めて
打ち合せをした方がいいよねとなり、
その場で、池田さんと橋本さんに電話。
急きょ、翌日の午前中に皆が集合できることになった。
なんというスピードのある展開だろう、
興奮してしまった。



翌朝、天神の「東亜珈琲館」に集合。
どんな本にするか、装丁やデザイン、中身を打ち合わせた。
牧野さんがスケッチブックを取り出したかと思うと、
猛烈な鉛筆さばきでもって本の設計図を描いていく。
7ペ−ジくらいになったところで、
ふと見れば、牧野さんの顔が紅潮している。
なんだかものすごい現場に居合わせてしまったという
興奮に包まれながら、今度は出版社に全員で大移動。

版型とすべての紙も決めてしまうことができた。
4時間くらいで、すべてできてしまった。
池田さんが「あとは、小坂さんの原稿待ちやね」というので、
4月半ばまでに書くと約束をした。
よし、今度こそ!



打ち合わせを終えた足で、お腹すいたねーとなり
新天町の「飛うめ」へ。
牧野さんがまず熱燗と板わさを頼み、
皆で前途を祝して乾杯した。
旨みのある日本酒が体にしみいり、喜びが全身を駆け巡る。
ああ、本当にしゃーわせだ。
途中、牧野さんがつまみにいいだろうと、
鳥南そばの麺抜きを頼んだら、給仕のおばちゃんが
厨房にきいて快諾してくれたのだが、
出汁もいりませんと言うのを忘れていて
「これなら、麺があった方がよかったね」と
苦笑いする牧野さんであった。
お銚子3本を4人で呑んだあと、
牧野さんがビールの小瓶を頼むので面白かった。
一本飲み干して、2本目を頼んだところで
側近よりストップがかかり、
「あははは、そーか、そーだね」と笑って
注文を取り下げる画伯であった。
会計は、感謝の気持ちを込めて、私が。
本の仕事はギャラも安い。が、作業は大変。
ごめんなさいねえ。でも楽しいんだ、これが。
支払いの時、番台のママさんに
「今日はさせていただきましたけど、次回から
麺抜きはできませんから」とクギを刺された。
それを店を出て牧野さんに告げると
「厳重注意ね、わかった」というので
みんな、あははははとひとしきり笑ったのだった。



その夜は、午後7時からアクロス福岡で行われた
玉置さんのオーケストラコンサートへ。
これまで10回くらい行ったなかでも抜群によくて、
途中で自分の肉体が消えて、小さな点になったまま
唄というか玉置さんの声に吸い寄せられているような
錯覚をおぼえるほど魅了された。
あとで考えると、瞬きを極限までしないで
聴いていたため、目の焦点があわなくなっていただけ
かもしれないが、まあ、それはいい。
聞き終わった時は、指先の毛細血管まで
血が通っているのがわかるくらい痺れており、
大泣きしたあとのように胸はいっぱいで
一緒に行った玉置さん命のラブ子さんと
「もうすっごい格好いい、あの人は貴族よ!」
「生きてきて良かった!」
「コンサートに行く前もワクワクして、
最中も嬉しくて、終わってからもこえん感動できるってさ
こんな幸せって人生にそうあるもんじゃないよね」
「玉置さんに、ありがとうち言いたかった。
でも最後に“玉置さん”って言えたけん良かった」
「これからはできる限り、コンサートに行って
玉置さんの歌を聞いとかなね」
「指揮者の栗田さんもさ、ちゃんと手拍子するところと、
やめるところを教えてくれて良かったよね」
などなど、うわ言のように喋りながら天神を歩いた。


オーケストラコンサートは、MCは一切なく
シックな照明のなか、前半と後半の約2時間、
玉置さんがずっと唄うわけだが、 アンコールの後
「ありがとう」と叫んだ時は、大歓声であった。
この余韻を楽しもうと、平尾の「Bar和田」へ。
玉置さん効果でニコニコしていると
なんかいい顔してますね、すごく嬉しそうと店主。
いい気分で何杯か呑んで、ほろ酔いで帰宅。
私の人生のなかでも、記念すべき一日となった。
ともかく「九州喫茶案内」は、贅沢な本になりますよー。
待てば海路の日和あり。
いくら時間がかかろうと、ちゃんと天が定めた
タイミングでものごとは進んでいくのだ。
7月発売目指して、頑張るぞ。(微妙に延びてるが‥‥)
それではまた明日。


                   (編集発行人 コサカ)



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