編集発行人 コサカが贈る勝手きままな
つれづれ日記です。ハッピーな日もブルーな日も
美味しい珈琲で、一息いれてください。


7月3日 宮崎は高鍋の「エルザ」


カウンターの端で常連さんと話し込むマスターと
カウンターを守る娘の朋子さん。




「エルザ」のお父さんこと藤元マスターが
急逝して8日経った2018年6月25日。
娘の朋子さんは、「美美」の森光さん亡きあとの
充子さんの姿をみていたこともあって、
朝7時半から店を開いた。
何も言わず、いつもどおりに店を訪れる
常連客の人々が「重いものがあったら、いつでも声を
かけなよ〜」と、帰り際に言葉をかけてくれるという。
ふだんから物静かなお客様が二日間何も言わずに
珈琲をのんで帰り、三日目に蘭の花を
「これ、マスターに」と差し出したという。


前の日記で、藤元マスターと距離を感じたことも
あった云々と書いてしまったのは、
相手にも事情があることを想像できないまま
こちらの願望を押し付けていたわけで
私の完全なる甘えであり、
憔悴しているご家族には、本当に申し訳なかったと
反省している。
でも裏をかえせば、それだけマスターであり
エルザに対して強い気持ちがあるということで
勘弁してもらいたいと思う。
これまでだったら、すぐにこの日記で釈明というか
お詫びという名の言い訳を書いただろうけれど、
それは相手ではなく、自分のためにやっている
弁明の行為である。
顔をあわせて謝りたい気持ちもあって、
エルザを訪ねたら、なんと第一月曜日の定休日に
バッティングしてしまったではないか、うぉーーーーっ。
やってしまったぁ〜!
いかにも小坂さんらしい、早とちりの過ち。
しかも、お土産にともってきた美美とダフニの豆が
入ったオレンジ色のビニール袋を、ローカル列車に
置き忘れてきてしまうという
失態をやらかしていたのだ。
これもまた私らしい。
実はちらっとよぎったのだ、忘れたりしてねと
いう考えが。でもまさか本当に忘れるとは。
でもあとで考えると、車内に忘れていなければ
定休日だし、そのまま入口に袋をさげて失礼した
かもしれず、やっぱり忘れてよかったのだという結論に
達した。



とりあえず朋子さんに電話をした。
つながらない・・・。
2度目をかける勇気は、ない。
次に、駅に電話して忘れ物をした旨を告げ、
終点の延岡駅でブツがあるかどうかを確認してもらい
折り返し電話をいただくようにした。
延岡まで受け取りに行くべきか迷ったが
電車の本数が少ないので、
ここはおとなしく着払いと判断したところに、
朋子さんから折り返しの電話。
今、いろんな手続きのため、で市役所にいるという。
忙しいところに申し訳なかったが
とりあえず店に入れていただき、お悔やみを言った。
美美の充子さんもよろしくお伝えくださいと
言ってましたと告げると、朋子さんが父のことを
知っていただけただけでもありがたいですと
言いながら、涙をうかべる。
それを見たこちらも涙があふれ、
テーブルで向かい合って泣いた。
葬儀の際は、喫茶本も飾ってくれたという。
カウンターには、見慣れた淡い緑色のTシャツを
着たマスターの遺影があって、
それがとてもいい写真だった。
生前、冗談ぽく、ご本人が選んでいたものだという。


焙煎室をのぞかせてもらうと、マスターが書いた
貼り紙がぺたぺたと至る所に貼ってある。
私や蘭館の田原さん、豆香洞の後藤さんと
話した時に聞いた事も細かくメモしてあった。
今、朋子さんは、そういう紙切れを一枚一枚
大事に読み返しながら、毎朝5時起きで焙煎している。
営業が終わってから、休みの日も、焙煎をするという。
無理せんでねというと、
でも私、早朝の焙煎って好きなんですよと笑っている。
好きなんだなあー、焙煎が。いいなあ、安心である。



ひとしきり話をしたあと、昼ご飯に行くことにした。
「何が食べたいですか?」
「なんでもいいですよ」
「うなぎか、それ以外か」
「じゃ、うなぎにしましょうか」
うなぎ屋の『入船』は、エルザファミリーと
二回くらい一緒に来たことがある思い出の店。
初回、このお店「愛の貧乏脱出大作戦」にも出たことが
あるんですよぉと笑顔をみせる朋子さんに、
へえー、そんな閑古鳥が鳴くような貧乏店が
今ではこんな繁昌店になって、すごいですねえ!と
無邪気に驚いたら、
朋子さんが一瞬、微妙な顔で何か言いたそう。
・・・あ、
そうか。逆である。
貧乏 側ではなく、指導する師匠側として登場した店
だったのねえ!!
馬鹿な勘違いに、大笑いしたっけ。


ふたりでマスターへの弔いですねと言いながら
うな丼を食べた。ここの、豆腐のご汁がもう本当に
こうばしくて美味しいのだ。
あのテーブルに座って、森光さんの話をしたんだった。
森光さんに惚れ込んでいる藤元さんに
いろいろ質問されたことが懐かしい。


生き物は、皆いつか細胞の活動をとめる瞬間を迎える。
それが宿命である。
だけど、生きている間は、自分をめいっぱい
生きようじゃないか。 死をことさら恐れることもなく、
あたえられた命の炎が消えるまで、自分に集中して。
台風のせいか、起きられない朝、猫にごはんをあげたあと、
朋子さんはもう焙煎を始めているだろうなと
思いながら、また横になった。
それではまた明日。
追伸 東京、山陽堂書店の喫茶写真をアップしました。





                   (編集発行人 コサカ)



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