Flower Lei Aloha Room |
日本の大和時代(AC500年)に 南米に近いマルケサス諸島から3500Kの大航海の末、やっと、ハワイ諸島にたどり着いた人々には 文字がありませんでした。 そして、真赤に噴き上げる火柱の轟きと 巨大な火焔の大奔流を目前にして、人々は大自然の猛威におののき、その偉大な力(マナ)に神の姿を感じました。 大自然の神秘的な脅威は 全て神々の化身だと思ったのです。 人々は神々を讃える事から生活を始めました。 一心に祈りを捧げ、祈りに全身のパワーを込めて神々を讃え、そして、訴えました。祈りは昇華され詩となり朗唱となり、そこに、大自然の魂を呼び覚ますオリ(祈りの朗唱)が誕生したのです。 フラはこのオリから始まりました。 さて、ハワイイ人となった人々は、オリの奉納だけでは満足しませんでした。 身体全体の表現で、神々にさらに近づこうとしました。 風にそよぐ野花や、白煙をあげて大海に奔流する溶岩など、大自然の森羅万象は慎重に観察され、敬虔な魂によって表現されました。こうして、大自然の中から生まれた踊りがメレ(踊の朗唱、オリは踊のない朗唱)と呼応して、カヒコが誕生したのです。 民俗学的分析によれば、フラの源流はハワイイ人の原点 タヒチ、サモア、トンガ、ニュージーランドの民族舞踊と共に インドにあると言われています。 しかし、踊りの共通点がマルケサス、タヒチに見られたとしても、フラの源泉はあくまでハワイイの大自然だと思います。マルケサス、タヒチから渡ってきた人々の踊りは ハワイイの神秘的な大自然に触れられて大きく生まれ変わったのです。 こうして、大自然の中から生まれたカヒコを人々は慈しみ大事に育て、彼等の重要な儀式の主役に押し上げたのです。 当然、踊り手たちに厳しい修練が求められました。いつしかハーラウと呼ばれる修道院のような修道場で、踊り手たちは厳しいカプ制度(掟)のもとに、永い年月をかけて修行に励むようになりました。 こうした宗教的な雰囲気の中で、カヒコは伝承が積み重ねられ 研きをかけられて、世界に誇る神話となり 文学歴史となったのです。 ところが、そこへ異教徒の白人がやって来ました。(AC1778年)イギリスの海洋調査船団のキプテン・クックです。それは、ハワイイはじまって以来の異文化の侵入でした。 次いで到来したアメリカの船団、フェア・アメリカン号は島民との戦闘になり、カメハメハ大王はこの戦いで大砲を分捕りました。強力な兵器を手に入れた大王は、それまで、3つに分割統治されていた王国を、はじめて統一し(AC1810年)、カメハメハ王国を樹立したのです。 しかし、王朝の権力が大王の妻カアアフマス摂政の手に移ると、ハワイイの主導権は摂政のキリスト教改宗や白人官僚の重用によって、白人資本家に略奪される結果となったのです。 伝統文化は否定され、ついには、フラまで公式の場から追放されました。(AC1819年)フラ文化の暗黒の時代です。 それでも多くのハワイイ人は、隠れてフラ文化を伝承しました。 |
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