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第6回 福岡緩和ケア研究会 定例会(2001年7月25日)
私たちのボランティア活動
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講師:岩崎瑞枝(第一保育短期大学/大分医科大看護学科非常勤講師)
1.活動のきっかけ小山ムツ子さんとの出会い私が現在のようなボランティア活動をする大きなきっかけに、小山ムツコさんとの出会いがあります。ご存じの方も多いと思います。「余命半年」と告知されて7年3カ月生きて昨年6月亡くなられたのですが、その間、自称「末期がんリポーター」として患者の立場から様々な活動をしてこられました。
マニュキア 30分ただ話をじっと聴くことはむずかしいと考えて、私は一計を案じました。実はその頃テレビに出演していたのですが、テレビ局には必ずメイクのプロがいます。彼女に頼んで、マニュキアの道具を一式借りて試験会場(つまり病室)に持っていきました。
2.ハウトケアの活動ハウトケア「ハウトケア」という名称は、耳慣れないものだと思います。ハウトとは、ドイツ語で皮膚を意味します。スキンケアでは、なんだか別のニュアンスになるので、この名称を使っています。これは、エッセンシャルオイルを使用したハンド&フットマッサージです。マッサージのやり方は、アロマセラピーと東洋医学のつぼ、経絡を取り入れたもので、「ファイナルステージを考える会」オリジナルのものです。後ほど、実際に皆さんにも体験していただきます。 活動メンバーと内容 活動の主なメンバーは、「ファイナルステージを考える会」の会員、私が教えている第一保育短期大学の学生有志の人たちです。活動の実際は、「ファイナル」の方に依頼のあった患者さんの入院している病院、あるいは自宅に、メンバーが数人ずつ出向き行っています。その他、現在月に2回、九州がんセンター小児病棟にうかがい、子供たちの保護者を対象にハウトケアを行っています。 末期がん患者・久賀先生 ここに一冊の本があります。著者は久賀征哉さん。「ファイナルステージを考える会」のメンバーでした。朝倉で病院の院長をしていらした外科医でしたが、4年前に喉頭がんが見つかり手術されたのですが再発し、肺や骨に転移して、昨年の5月23日に亡くなられました。再発がわかったとき、偶然書店で手に取った『余命6カ月から読む本』にご自分の病院名が載っていたことから「ファイナル」の方に連絡があり、会員になられたのですが、亡くなるまでの1年、ハウトケアを中心に傾聴にうかがいました。
---ハウトケアはもことに「悲」の心の実践、「慰め」の実践そのものであり、手を撫で、足をさすられることで、閉ざされていた心の痛みが拡散する---(略)。 *ビデオ:久賀先生の闘病生活(『風に吹かれて』)の紹介とハウトケアの実践をFBSのニュースで放映されたもの。今観ていただいたビデオに出てきた学生は、いちばん熱心に先生のもとにうかがい交流をもったのですが、彼女ははじめこんなふうにきちんと自分の言葉で語れる子ではありませんでした。彼女は亡くなっていかれる先生と親しく交流することで、大きく成長したのだと思います。今、第一保育を卒業して、介護福祉士を目指してがんばっています。 患者さんとの触れ合いは、一方的な行為ではなく、ボランティアでうかがう私たちも多くのものを患者さんから得るという相方向的な行為であることがわかります。 小児病棟の患児の保護者 もう一つ、私たちの活動例を紹介します。一昨年の7月から、私と学生たちは九州がんセンターの小児病棟に定期的にうかがっています。ここでは主に、患児の母親を対象にハウトケアを行っています。
3.こころの痛みを和らげたい「そばにいること」(presence)。この言葉をM・スナイダーの本の中に見つけて、喜んでいます。今日はここで、「ハウトケア」というスキルを使って傾聴する、私たちのボランティア活動の主な内容を紹介してきました。しかし、もっとも大切なことは、この「そばにいること」だと思います。スナイダーは、この言葉を、(1)開放的である (2)未知である (3)注目する (4)一体感をもつ という四つのキーワードで補っています。聖クリストファー・ホスピスのシシリー・ソーンダース博士の語るエピソードに次のようなものがあります。患者に「いま一番してほしいことは何」と尋ねると、「自分のことを思ってくれる人がいればいい」というものだった、と。私たちの活動は、痛みをもっている人の傍で、その人のことを思い共に居ることです。医療者ではない私たちは、治療することはできません。ただ、「触れる」ことで時を共有し、触れ合いが始まり、身体的痛み、そしてこころの痛みを和らげる一助になればと願っています。 How to Haut Care 参加者が2人1組になり、実際にエッセンシャル・オイルを使用して、岩崎先生の指示にしたがって体験してみる。 |
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