|
第15回 福岡緩和ケア研究会 定例会(2002年4月24日)
「膀胱膣瘻による皮膚糜爛に対する陰部保清指導について」 |
講師::井上真澄(北九州市立医療センター緩和ケア病棟)
はじめに当病棟は「自分の意志に基づいて,その人らしく尊厳をもって生を全うできるようにお手伝いする」という理念を掲げています。終末期患者が,「残された時間をどこで,どのように過ごしたいか」という気持ちを大切に考え,その気持ちに添えるようにカンファレンスなどで目標を設定するようにしています。今回,直腸癌の膀胱転移による膀胱膣浸潤のため外陰部の糜爛が悪化し,局所の激痛のため在宅療養が困難になった患者を受け持ちました。局所の糜爛,激痛,独特の強い臭気のため苦痛の極限状態にあるため落ち着きがなく,このような患者に自己管理ができるまで援助ができるのだろうかと思われ,手探りで援助をすすめていきました。しかし,患者は入院当初より在宅を強く望まれていたため,最終的目標を退院に設定し,積極的なケアと家族を含めた自己管理の指導をすすめることで退院が可能になりましたのでその事例を報告します。 事例紹介患者:K・S氏 昭和17年生まれ。59歳。女性。診断名:直腸癌,膀胱転移,膣浸潤。 現病歴:平成11.7 直腸癌と診断。マイルズ法にて手術。 12.1 局所再発にて放射線治療。 13.3 膣浸潤指摘。 13.5 肛門痛出現し,麻酔科にて疼痛コントロール。 13.6 緩和ケアを希望され,麻酔科より緩和ケア外来紹介受診。 13.12.10〜12.14 細菌性肺炎にて緩和ケア病棟入院。 14.1.18〜2.28 外陰部糜爛,腫張ありて緩和ケア病棟入院。 入院時の内服薬:MSコンチン60mg2× トリプタノール10mg3T1× がスター2T2× ADL:食事と移動は自立していた。 排泄は,頻回にトイレに行っていた。入院時はおむつをし,長方形のおむつを四つ折りにして同じおむつを綿を代えることで使用していました。また,フランジ交換ははがれてきたときにしかせず,パウチがはがれかかり,便が手や服についても気にしていませんでした。 清潔については,ストーマを造設していることで浴槽にはいってはいけないものと思っており,入浴らしい入浴はしておらず,シャワー浴中心でした。また,入院してからも下半身シャワー浴の時は陰部にさっとシャワーをかけるだけで,下肢まできちんと洗おうとせず,洗髪を勧めても「気分が悪くなる」というなど,清潔行動には無頓着でした。 病気についての説明: 本人と家族へ 大腸癌,膀胱に転移している。 家族へ 癌の分泌物と尿で局所がただれやすくなっているので,局所を清潔にしてないといけない。予後は月単位,短めの月単位かもしれない。 家族構成: 夫・元船乗りで現役時代はあまり家に帰れず,家庭のことはすべて患者にまかせてきたことから,「ずっとほっといたけん,俺が付いててやらねば仕様がない」と毎日面会にこられて妻を支える姿が見られました。 娘・脳性麻痺で自分の身の回りのことは自分でできましたが,患者を身体的に支えることはできませんでした。しかし,仕事を終えたあとはほぼ毎日面会に来られ夕食を一緒にされ,患者も楽しみにされていました。 援助目標の段階を追った変化第1段階目標――外陰部の糜爛,発赤が改善し,疼痛が軽減する
第2段階目標――自己管理ができるようになり,退院できる
まとめ今回,この患者の痛みの原因をアセスメントしていく中で,陰部への接触や摩擦による痛みがいちばん強く,外陰部の廉畑もひどいことから,薬剤の調整にもまして,外陰部の糜爛の改善が最重要であったと考えます。外陰部の糜爛がここまで悪化したのは, (1)もともと清潔に対する認識が薄く,十分な保清ができていなかった。 (2)膀胱膣瘻の形成で,常に尿と分泌物で陰部が汚染されている状態であった。 (3)外陰部に糜爛形成がみられた。 (4)糜爛により,疼痛が増強した。 (5)触ると痛いので,さらに保清できなくなった。 ことが挙げられ,この五つの要因が悪循環となっていたと思われます。 今回の入院で,この悪循環をいかに断ち切るかが看護援助を行っていく上でのポイントであったと思います。患者は在宅療養を希望されていたため,在宅でも行える方法を考える必要がありましたが,まずは糜爛を改善し,疼痛を軽減させることを第一目標としていきました。 第一段階として,創傷の治癒環境を整えるための基本として,陰部保清方法の検討を行っていきました。始めのうちは,トイレにいくたぴに知らせてもらい,洗浄<CODE NUM=00A5>薬剤塗布を予定していましたが,知らせる時や知らせない時などまちまちで十分な保清ができませんでした。そこで,確実に保清を行うための対策として,(1)洗浄時間を設定 (2)十分な保清と観察目的で確実に洗浄出来るようにベッド上で行う (3)具体的な洗浄手技,必要物品はナーシングプランに記載し,スタッフが統一したケアを提供できるようにしました。 洗浄を行う際や薬剤を変更する時などは,患者だけでなく家族にも説明し,十分に理解が得られるように配慮し,ナースの一方的な援助とならないようにしました。始めは,洗浄時の痛みが強く,かなり苦痛を伴いましたが,時間ごとの洗浄にも協力してもらえるようになり,洗浄開始後,一週間〜十日で外陰部の腫脹,糜爛が改善し,結果として,疼痛が軽減したという言動がきかれるようになりました。 第一段階を振り返ると,薬剤の効果については使用期間がまちまちで評価するのは難しいのですが,洗浄を確実に行ったことは効果的であったと考えます。 また,洗浄処置を通して患者とのコミュニケーションをとることができ,苦痛が強い処置であったにもかかわらず協力が得られたこと,痛みが軽減したことで患者・家族にも洗浄の大切さを理解していただくことができよかったと考えます。 その反面,入院前より,腫瘍や糜爛に伴う痛みのため不眠となっており,抑うつ,不安状態での入院でしたが,入院後も,入院したストレス,家族が側にいない寂しさ,持続する痛みのため,さらに不眠が続き,せん妄状態を招いてしまったことが挙げられます。そこで,精神科Drによる薬剤の調整とともに,夫に協力を依頼し,しばらく付き添ってもらったり,不眠の原因である痛みを改善するために,糜爛の軽減を第一に考え洗浄を続けていきました。結果,糜爛が軽減することにより痛みも落ち着き,夜間の睡眠も取れるようになり,せん妄も落ち着いていきました。 そのような中で,患者がナースの処置を拒否したことがありました。これをきっかけとして,「退院を目標としているのだから,いっそ,自己洗浄をしてもらってはどうか」ということとなり,第二段階として自己洗浄の指導を開始しました。 自己洗浄を開始した当初は,痛みもあり触りたくないという気持ちが強く,ナースが行うほど確実には洗浄出来ませんでした。そこで夫に協力を求め,患者と一緒に,三〜四時間ごとに洗浄が行えるよう声賭けをしてもらいました。 一方でナースサイドでは,退院後も同じ手順で処置が行えるように,簡単なリーフレットを作成し,患者・家族にも指導したところ,少しずつ自己洗浄できるようになていきました。 夜間も,時々寝入って起きれない患者に夫が声かけをし,夫婦二人三脚で行われる姿がみられました。時間の経過とともに,陰部洗浄を行うことが,糜爛の改善や,疼痛の軽減に効果的であることを患者自身が実感するようになり,退院を意識したようであった。 その頃より洗浄などにも意欲的となり,腔錠挿入も困難かと思われましたが,自分から「教えて。やってみる」という言動がみられ挿入できるようになりました。 退院前に外泊を行いましたが,外泊中もきちんと洗浄することができ,糜爛の悪化や疼痛の増強もありませんでした。 第二段階を振り返ると,せん妄により,時間毎の洗浄が困難となり,糜爛が悪化する可能性も生じた中,どのように指導していけばいいのか指導を行ってもきちんとした理解がえられるかどうかわからない状況となり,本当に退院は可能なのかと感じていたところ,患者の言動がきっかけになり自己管理の指導に踏み切れたと考えます。 看護援助を通してよかった点として, (1)退院後も継続して,同じ手順で洗浄できるように簡単な内容のリーフレットを作成し,視覚的に指導したことで,患者・家族にもよく理解してもらうことができたこと。 (2)患者の希望を尊重し,退院に向けてチームで指導方法を統一し,くり返し指導していったこと。 (3)陰部洗浄を行っていくことで糜爛が改善し,疼痛が軽減することを実感してもらえたことで,保清の必要性が体験を通して理解できたこと。 などが挙げられると思います。 何よりもよかったのは,家族が,患者の気持ちを大切にし協力してくれたことで,患者も前向きに洗浄に取り組むことができ,結果として退院という目標を達成することができ,患者の望む在宅療養が可能になったことだと思います。 反省点としては,娘さんが障害をもっていたということもあり,在宅での夫の負担が大きいと考えられましたが,訪問看護などの利用に関するアプローチなどができておらず,夫のサポートが不十分であったという点です。 患者の思いに添った陰に,家族の大きな負担が隠れているという部分にも目を向けてフォローしていく必要があったと痛感しました。松木は, 「症状コントロールにかかわる医療従事者の考え方として,「患者の訴える症状や苦痛に対して,それは緩和されるべきものとして捉える事が重要で,さまざまな症状や苦痛が,がん末期の通過点の出来事として緩和不可能として逃避するのではなく,患者は現在できる最も適切な症状緩和技術が適用される権利をもつと考え,アプローチすることが重要である。また患者と家族がどう予防,対応するかを,患者と家族に教育することが,早急に症状緩和に導くために必要である」 と述べています。終末期は病状の変化も早く,患者に在宅療養の意志があっても,いい時期を逃してしまい,移行できないことも少なくありません。 今回の事例のように,患者の気持ちに添いながら患者の自立を助け,家族も共に患者を支えていることを実感してもらうことで,終末期を患者と共に向き合い,生きている意味付けができるようにアプローチしていくことが大切であるということを,この事例を通して学んだと思います。 文献なども十分になく手探りの状態で,スタッフ全員で意見を出し合いながら援助していき,いい結果を得ることができましたが,他の施設でこのような事例の場合どのような処置,援助をされているのか教えていただきたいと思います。また,在宅の場合はどのようになさっているのかなどお聞かせください。 質疑応答梶西:井上さん,ありがとうございました。大変きめ細かやな看護を展開されていました。それではフロアのほうからご質問などいただきたいと思います。Q :小倉記念病院の三木です。この患者がどういう人なのか,こうなるまでに何をしてこられたのか,などわかっていると援助の仕方が違ってくると思うんですね。例えば,さっきのように絵に描いて見せてはじめて解る人なのか,口で言って解る人なのか,とかですね。最終学歴はどうなのか,あるいは家族に「家ではお母さんはどんなだったのか」とか逆に「お父さんはどういう人なのか」など訊いておくと,援助をするときの助けになると思うんです。 梶西:貴重なコメントをありがとうございます。いろんなアプローチの仕方があります。心という数値では測れない部分に関わりをもたないならないとなると,いろんな思いがあると思います。その他,訪問看護についてとか,臭気対策とか失禁とかペインコントロールとか,何かご経験はございますか。 それでは,尿の管理,一日の拝尿量とかはどのくらいだったのでしょうか。 井上:常にポタポタポタポタもれている状態だったので,はっきりとした回数や量はわかりません。オムツをあてており,本人も頻回にトイレには行かれていたんですが,すぐにオムツが汚染するような状態でした。量は計っていませんでした。 梶西:泌尿器科にコンサルとされたようですが,どのような見解をだされましたか。 井上:膀胱膣瘻という診断と,糜爛に対してチンク油の塗布をすすめられたこと,また,診察時 にキシロカインゼリーの塗布で痛みが軽減したのでその使用ですね。 Q :西福岡病院の○です。以前務めた病院で子宮ガンの術後の管理から少しそのように状態が悪くなった方がおられました。お婆さんでしたけど,その時は両方に尿管皮膚瘻を造りまして,ステントを入れて,その先にポーチを付けました。定期的に交換をするということで皮膚の管理を行っていました。 ですからそういうかたちで,あまり下の方の糜爛が激しいときはそういう方法を取ることもあると思うんです。泌尿器科では放射線治療のあとにそういう糜爛がおきることがあったようで,薬局のほうでそのための洗浄液を特別に処方していたようです。 Q :赤十字病院看護ステーションの○です。その患者さんは清潔に対する意識が薄かったようですが,今現在退院されて自宅でどのような状態にあるのか気になるところです。また,作成して渡されたリーフレットに「何かありましたらご連絡ください」と電話番号が明記してあるのは患者さんに安心を与えるものだと思いますが,その後連絡があったのかも気になります。また,反省点として挙げられた「訪問看護にうまくつながらなかった」というのはどういう点に問題があったのかお尋ねします。 井上:退院後は週一回くらいのペースで外来に受診していただきました。その時に病棟に上がっ ていただき,病棟の看護婦が皮膚の状態を観察し洗浄をしながら,自己洗浄ができているかなど家での状態を訊き指導をするなどのフォローしています。 また,訪問看護との連携はまだ十分にできておらず,看護の目標としては患者さんを退院させ,自宅療養できるところまでもっていくというところまでで,訪問看護までのアプローチができていない状態です。 梶西:ありがとうございました。緩和ケアにおいて大切なことは,患者さんの意思を尊重すると いうことですが,私たちはその意思をどのように受けとめて反映させるかも大事なことになります。例えば在宅ケアの場合,私たちが常時うかがえないときは,やはりなんらかの社会的資源を活用することが家族の負担の軽減や患者本人の負担の軽減につながると考えます。 |
福岡緩和ケア研究会 / All Rights Reserved.