Dr Makotyの近況報告2013

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12/19 あと二週間後はお正月という、落ち着かない時期に到達しました。皆様いかがお過ごしでしょうか。私といいますと、朝食のホットサンドにはまっております。7時半までに出勤するので、自宅で食べるとなると6時半には起きないといけないのでそれはつらい。じゃ、ちょろちょろって作って出勤してから食べる方がゆっくりできるかなと思い至り、朝のカップ麺生活をやめました。では、Dr Makotyの5分でできるホットサンドのご紹介。8枚切りのパン二枚をトーストにかけ、その間に小袋入りプレスハムを二等分。すり身の丸天も二等分します。キャベツかサラダ菜を適当にちぎっておいて、焼けたトーストを斜めに半分に切って辛子マヨネーズをかけて二等分したハムかすり身を各辺に切り口をあわせて置きます。その上にちぎった野菜を適当に置いて、マヨネーズをつけた片割れのパンをのせ、それをラップでくるんでおしまい。5分というのは言いすぎかもしれませんが、先日時間を計ったら6分で出来ていました。子供さんのお弁当つくりで朝5時から起きてるそこのお母さん、これにしてみませんか?子供さんも喜ぶこと請け合いですよ。
11/20 先日、某業界の方からお話をうかがったのですが、百貨店のおせち担当者は今年は大赤字だと嘆いているそうです。だってすでに予約とってある「おせち」に、本物の伊勢海老を入れなければならない羽目になったからだそうです。バナメイを芝海老というくらいはかわいいものですが(これはスーパーの売り場でも芝海老というのは地元の小エビに名乗らせていましたからね。芝海老というのは標準和名ではありませんので、種の特定ができないのです)、さすがにブラックタイガーを車海老とか、オマールを伊勢海老と言ったらいかんでしょう。間違えたとかホテルの支配人は言っているようですが、間違えるわけないじゃないですか。間違えるってのは、折角車海老を調理したのに、ブラックタイガーって表示してしまったときだけですよ。そんなことが全国に一件でもありますか?だから間違いではなく偽装なんですよね。これは詐欺です。じゃ南方のマグロを大間のマグロと言ったらいかんのか?という問題もありますね。これはDNA検定しても分からない偽装になってしまいます。ま、小生はクロマグロよりキハダの方が好みに合うということもあって縁のない話なんですけど。
11/12 あまちゃんには全くのれなかったので、ごちそうさんは初回から見ることにしていました。出だしは上々だったようです。週刊誌あたりにもごちそうさんの評判のよさをいぶかる、いや解説する記事あたりが今週でています。いや、それは早まったんじゃないか。例によってNHK大阪の悪いくせが出てまいりましたから。どっか遠いところの話かと思ったらすぐに大阪に引っ張って、こてこての大阪弁で朝ドラ作るっていうのがこの局の特徴です。まんてんしかり、てっぱんしかり。そしてもう一つの特徴が、異常人格者を登場させることです。開始早々娘が大事にしていたトランペットを海に投げ捨てるばーさんが登場するてっぱんの再現が早くも起こってしまいました。だいたい朝から極端に不愉快な人をだしたり大騒ぎしてうるさい人を登場させたりというのがこのNHK大阪のパターンですから仕方ないといえば仕方ないのですが、今週になって見るのを止める人続出でしょうね。局に抗議が殺到してなければいいのですが。まあ抗議とかいう大人げないことはしないで見るのをやーめた、という方が大半だと思いますが。NHK大阪には、あの天下の名作カーネーションをどう作ったのか思い出していただきたいものです。わたくし、カーネーションは毎回正座して見させていただいていましたから。あれは朝ドラの概念を革新した素晴らしいドラマだったと尊敬しています。あまちゃんみたいなテンポとお祭り騒ぎで引っ張った軽い作品とはわけがちがいます。いや、たいして見てないのに批判してはいけませんが。
9/10 風立ちぬ、を見ました。それにしてもあのラストはなんでしょうか。最後がわけわかんなく終わるというのがナウシカやらハウルとかとご同様、宮崎映画の特徴といえばそうなんですが、いつにもましてその落差の大きさに戸惑いました。いったい何を描きたかったんだろう、そういう感覚を、これまたとってつけたようなユーミンの出世作を聞きながら感じていました。まあ、無常ということなんでしょうか。そしてDrの目からみた違和感としては、お相手がサナトリウムに入るのですが、日本にあんなサナトリウムなど存在しないよ、とか、床に伏せってばかりの方が、あんなに元気に歩いて帰っていけるのかねとかと思いました。嫌煙派の方々が怒っておられるタバコを吸うシーンなどは別に違和感はありませんでしたけどね。ついこの前まであんなもんだったじゃないですか(自分を省みても)。ただし映像の美しさ、ダイナミックさはさすがでした。私はとくに関東大震災が起こったときの町並が脈動的に揺れるシーンは凄い描き方だと思いました。この映画はやはりいつものファンタジーなんでしょうね。そういえば空想で描かれる理想の飛行機はちっともゼロ戦には似ていなくて、翼形断面はユンカースの急降下爆撃機みたいでしたし。あと多くの方が違和感を覚えておられる主人公の声。抑揚のない表現はあれでありと思いますが、音質が低すぎて華奢な体型の主人公には似合いませんよね。正直駄作だと思いました。しかし宮崎監督ならではの大駄作ではないかと。ご本人もそれがおわかりで、引退宣言になってしまったのかと、これは邪推ですが。
8/23 昨日の甲子園での高校野球決勝戦、宮崎の延岡学園残念でしたね。危ない一回を見事乗り越え、3点先制したときはこれで行けるかと思いましたし、最終回ノーアウト1、2塁で少なくとも同点は取れると思いましたが後続が打ち取られ駄目でした。この延岡学園、隣の県ですが大分にゆかりのある選手も何人かいたようで、なんといってもキャッチャーはわが病院近所の鍼灸院の息子さんだそうです。なんてことを往診先でうかがいながら、9回裏の攻撃を一緒にラジオで聞きました。その前日、北浦(延岡の少し北)出身の患者さんの往診でもやはりこのチームが準決勝を戦っていたのですが、患者さんが文字盤で何か言おうとされています。訪看がとったその文字は、そこどいて、テレビ見えん!でした。失礼しました。
8/5 8月3日に第四回大分難病研究会が大分大学医学部臨床大講堂で行われました。三回までは大分大学神経内科熊本教授が主催されていましたが、教授の定年退官にて今年からは西別府病院神経内科の後藤部長が主催となります。教授が引いたからか、大手のスポンサーが逃げて、市内のホテルでの開催は出来なくなりましたが、今回のような大学での開催はすっきりしていいのじゃないでしょうか。私はこれでよいと思いました。今年の特別講演は、昨年私が推薦させていただいた都立医学研の小倉先生。今年も訪問看護を中心にたくさんの方の参加がありました。私は、一般演題を一つ(自動吸引関係)と、特別講演の座長、そして他所の訪看が発表する演題の共同演者として関わりました。特別講演を挟んでの10の一般演題があり(何題かは時間の都合でお断りしたようです)、ディスカッションも相当盛り上がり、終わってみたら3時間の予定を1時間もオーバーしていました。昔、10年くらい前でしょうか、大分でも、いろいろな施設が抱える問題を広くディスカッションできる場を作ろうと提唱してきましたが、今や大分難病研究会がしっかりそれができる環境に育ってきました。嬉しかったことの一つに私が共同演者として関わった、清流苑訪看STの発表が、とても高い評価を受けたことがあります。難病患者の自己決定と、緊急時の対応という極めて深刻な問題についての演題でした。この演題を出すにあたり、彼女たちと何回か真剣なディスカッションをしてきました。「自分たちも同じような経験がある。しかし事後にそれを関係者できちんとディスカッションしていなかった。今回、問題を正面からとらえてディスカッションをし、今後につなげることの大切さを教えてもらった」、という西別府病院H岡先生のご発言は、最大級のご評価であったと思います。清流苑訪看STの皆さん、ご苦労様でした。口頭発表にとどまらず、是非文章化してどこかの学会誌か専門誌に投稿してほしいと思っています。東京からお越しいただいた小倉先生からも、地域でこんなに素敵なディスカッションの場があることは素晴らしい、やはり大分は先進地ですねと言っていただきました。
7/31 もう28回も続いている佐伯のヨットレース(佐伯市長杯クルーザーレース)に参加してきました。最近はクルーも固定して、別府から佐賀関まではクルー二人にまかせ、土曜午前の仕事を終わって佐賀関に車で行って船に乗り込んで行ってきました。レースは二位とはいうものの、有名同型艇に大差をつけられややしょぼーんというところですが、帰りの臼杵沖で、イルカ10数頭と併走するという嬉しいイベントがありました。艇の横を泳いだり、底を通り過ぎたり、近くで飛び上がったりと滅多にみれない光景でした。すぐ横で背中を水から出してフオーという息づかいまで聞こえました。数分遊んでくれたあとは、皆さん沖の方に行ってしまいました。臼杵湾といえば行きの回航で、ストラップの細紐が切れてケータイが海の底に沈んでしまいました。業務用のPHSも持ってますが海上では役立たず。クルーのケイタイ番号を病院に教えて事なきを得ましたが、折角ストラップつけてんのに紐が切れるってありでしょうか。どこのストラップつけてたの?百均の。先生バカ?そんな大事なものを百均ので守る?クルーからは散々笑われてしまいましたよ。
ところで私が使っているのはいわゆるガラケー、ガラパゴス携帯です。でも私はこの呼び名にやや違和感を覚えるのです。ガラパゴスってそんなに独自進化してますか?鳥とかせいぜい亜種レベルでしょ。しかも独自の哺乳類がいないし。もしそういうことをいうのなら、マダガスカルかオーストラリアにすべきじゃないかと思うんですよ。ここなら間違いなく独自進化してますから。キツネザルや有袋類とかです。でもマダケーじゃ、大阪弁みたいで駄目ですかね。オーケーじゃなんのことかわからんし。
7/16 八重の桜がいよいよ佳境に入り、これまで知らなかった多くの名前を大河ドラマが教えてくれています。やはり勝てば官軍なのか、維新期の人の名前も、一部新撰組系を除いて圧倒的に官軍側ばかり耳にしてきています。今回それを打ち破ってくれたのは大きな功績だと思います。そして会津の戦いで出てくる会津側の名前、佐川官兵衛、山川大蔵、そして元新撰組の斉藤一。彼らのことを少し調べると、三人ともその後、同じ隊、同じ戦いを明治10年の西南戦争でしていることがわかります。そして佐川はそこで戦死しています。これをみてあることがわかりました。西南戦争とは、実は会津の復讐戦だったのではないかと。会津にとって西南戦争とは仇敵薩摩への怨念を晴らす戦いだったといえるのではないでしょうか。そして怨念を晴らしたので薩摩への恨みは消えた。だから長州への恨みだけがその後も残った、、のだろうかな?と。
7/9 誰も住んでいない倉敷の実家の庭掃除に行かねばと、三男と一緒に車で土曜午後大分を出て、運転を交代しながら広島まで辿り着いたとき、実家のカギを持っていないことに気づきました。かなりのショック。気を取り直して、山口にいる次男に聞いてみると「持ってる」。拝み倒して広島と山口の中間地点で合流することにしました。夏の中国道はがらすきです。鹿野で落ち合って開口一番「ほんと迷惑な連中やなあ」。電動ノコの手入れや、電動草刈機の購入とか頑張って用意したんですが肝心なものを忘れていました。次男のおかげで2時間遅れで倉敷到着。翌日は夏の一日。途中シャワーで体を冷やしながら枯れた木を3本切り倒し、庭のつつじと雑草を刈り上げて終了。見晴らしがよくなりました。帰りはゲリラ豪雨に3回遭遇。前夜の走行で虫だらけになった車もきれいになってラッキー。
6/14 昨日早朝出勤していつものようにPCのスイッチを入れて新聞を見ながらコーヒーを飲んでいたら、立ち上がったはずのPCがまたバイオス表示が出て立ち上げ再開になっているではありませんか。とりあえずパスワード入れてウインドウズが立ち上がるところまで行きますが、そこでダウン。また元からやりなおし。パスワードを入れなくてもパスワード待ちうけ画面が突然ダウンしてやはりやり直しとなります。あらゆるデータが入っているPCです。来月学会報告も控えているのにと冷や汗が流れました。私のPCは自作で最初はもう10年前に組み立てていますが、これまで立ち上がりトラブルで2回マザーボードを入れ替えています。それにともないHDDも造設を重ね最大500GBの四機がけ。PC内ではバックアップとってますがPCが立ち上がらないとやっかいです。もしまたMB入れ替えとなると結局数日かかりきりの作業になってしまいます。ふと思い出しました。その前日シャットダウンするときに自動アップデートが起動していたことを。XPをセーフモードで立ち上げ、システムの復元で6/1の状態に変更することにしたところ、問題なく立ち上がり、落ちることもなくなりました。自動アップデートがシステムを破壊するとはよく言われていますがまさにそれでした。こんなことならXPのサポート切れたほうがいいじゃないかと思ったり。もちろん自動アップデートはOFFにしました。さて今回の自動アップデート、全国いや全世界でいったいどれほどのPCが被害を受けているのでしょうか。まさか私のだけ?東海沖で消滅した台風3号の置き土産で、思いっきり蒸し暑い日々になってしまいました。今年は6月から夏本番ですか。これは大変ですね。
6/3 えらく早い入梅宣言が出ましたが、普通北部九州の梅雨入りは普通沖縄が梅雨明けのときになるはずなんですよね。梅雨前線が沖縄のラインから抜けていない現状は、単なる梅雨の走りであると、私は現段階では梅雨入りと認めておりません(単なる私見ですが)。ただ昨日の日曜は午後から晴れの予報も虚しく一日降り続き、それでも折角の休日ですから一応船の中には入ろうと、弁当持参で雨のなかキャビンにもぐり込みました。ところが港内に泊めているだけなのに、いやあ揺れる揺れる。船酔いする人でしたら10分も我慢できないというくらいの状況です。私がヨットを泊めている西大分泊地は、吹きっさらしのため風は強いのですが、波は3重の突堤で、普段は波はまず入らない構造なのです。ところがこの日は、まるでブランコに乗っているように揺れています。波長の長いうねりが入り込んできているのでしょう。読書でもしようと乗り込んだのですが雨のためハッチも空けられず、最近進んだ視力低下のため暗いなかでは本が読めません。2時間いましたがあきらめて陸に上がりました。晩は自家製ちゃんぽん作ってみました。五木の中華乾麺と宮島醤油の粉末ちゃんぽんの素を使いましたが、それだけでは醤油味でややあっさり過ぎです。そこに牛乳を適量入れて熱しますとここらへんで食べるちゃんぽんの味にどんぴしゃでなります。よかったらお試しください。きっとご満足いけるお味になるかと。
5/6 連休後半は自宅とヨットのキャビンで引きこもっておりました。海陸引きこもり生活ですね。この時期艇内も暑くなく、また蚊もおらず、一年で一番快適にすごせます。夏だとこの二つが難敵なのです。最近艇を中古ですが乗り換えたため各所にトラブル連発で、そのお手当てやらなんやらで毎日過ごしていました。どこにも行かず当直もせずにこうしてのんびり過ごすと4連休というのは結構長くてつかの間の休日を堪能させていただきました。さすがに4日目の今日は少し動こうと思って昼から高速を飛ばして日田へ。日田の難病患者さんの具合が悪いようなお話を聞きましたのでお見舞いです。でも普段とそうお変わりなく安心いたしました。ついでに日田に行くのだからと新規うどん店をトライ。患者さんの近くに麺家さくらというお店があるようです。地図を持って行ったわけではないのでちょっくら迷いましたがなんとかお店発見。若い店主が頑張っておられます。麺はやわらかめの博多風ですが微妙にこしがあります。切昆布やマカロニサラダの付け出しを自分でとってよいという少し嬉しい設定あり。ツユはちょっと好みから外れていましたので論評を控えますが、この麺は冷やし系もなかなか美味しそうでしたので、また日田に行くことがあったらリピートしてみたいと思っています。
4/16 浅田真央さん引退というニュースが一時飛び交いました。つい先日の国別大会で鈴木明子さんに20点も差をつけられた直後に流れたので、ああ、ついに心が折れてしまったのかと哀しい気持ちになったのですが、これが完全にマスコミのミスリード。単にソチの決意表明ではないですか。しかし私は思うのです。今の真央ちゃんの演技は魂が抜けてしまっているのではないかと。それを無意味なつくり笑顔で隠して単に氷の上を滑っているだけに過ぎないのではないかと。そして真央ちゃんの最高の演技は、やはり仮面舞踏会ではなかったかと。湯婆ーば、失礼、タチアナ・タラソワコーチの鬼の特訓で、笑顔など無縁のひたすらストイックに、ひたすら全力で滑り切る、終わったときはもう立つのも無理というほどに極限までわが身を使い切る壮絶な演技を。あれこそが真央ちゃんの真骨頂ではないかと思うのです。意味のない笑顔などいらない。あのときの鬼気迫る演技に戻ってほしい。それがかなわないなら、私たちはあのころの演技をもって浅田真央を語りたい、そう思うのです。それが不可能であれば引退もまた可であろうかと。
3/26 私は現在二台のクルマの面倒をみています。メインの一台はもうすぐ30万キロの大台に届こうかという三菱パジェロ。1995年生まれですから今年で満17歳。九重スキー場行き専用車です。そしてもう一台が母の形見ともいうべきスバルインプレッサでこれが1997年生まれだから15歳。でも四駆ではなくFFです。人の年齢で考えると若い盛りですが、クルマの年齢は犬と大体同じと考えたほうがよくて、両者とももうしっかり老犬です。どっちもかなりお年がいっておりますが、友人の腕利きのクルマ屋さんに丁寧にみてもらっているので二匹とも元気です。目線の高いパジェロから、思いっきり低いインプに乗り換えると違和感ありますがそこがなかなか新鮮です。この時代のインプの目線は、ほぼスポーツカーと同じなので、インプに乗っていると横を走る軽が、まるで普通車程度の大きさに見えてしまいます。でも四気筒水平対向エンジンはトルクは大きくはありませんがとてもスムーズ。しっとりとしたハンドリングも快感です。逆にインプからパジェロに乗り換えると、まるでトラックに乗りかえたかのようです。もういい年なんだからそろそろ皆さんみたいにベンツにしたらなんて声を聞きますが、いやそうもいかない事情もあるんですよ。ひとつはちゃんとした四駆の新車がほとんどみあたらないこと。それらしいクルマもほとんどはオンデマンド四駆といってフルタイムのものがないのです。あ、スバル系はそうなんですが、そうするとインプとかぶるでしょ。かろうじて存在していたフルタイム型オフロード系四駆としてはダイハツテリオスキッドというのがありましたが、昨年姿を消してしまいました。まあ二匹の老犬と暮らす日々も悪くないかと思っています。こんな私も若いころはクルマ好きでした。BMWの02シリーズは是非乗りたかったし、あのころあこがれたクルマは一杯ありました。そういう熱意がなくなったのは、ヨットをはじめてからかな。この春、10年以上乗っていた艇を更新しました。20年モノ(平成20年じゃなくて建造後20年)ですがよりレース向きの艇です。ヨットで別府湾をクルージングしていると、どんな高級車でも海上を滑ってゆくことはできないもんな、と思うとクルマには興味が湧かなくなってしまうのです。桜満開になりました。でもまだ空気は冷たさが残っています。
3/5 春になりました。といっても北日本は厳しい寒さと猛吹雪で凍死者までたくさん出ていますが、ここ大分は完全に春です。白木蓮も咲き始めました。そして空は、春かすみ・・・ならよいのですが例のPM2.5で真っ白です。最近になって中国からの大気汚染とマスコミが騒ぎはじめましたが、こんなのは数年前からずっと続いています。私たちは上海スモッグと呼んでおりました。春先から夏までずっと晴天でも白い黄砂のような空の色なのです。決して今年から始まった現象ではありませんのでご安心を。この土日、母の13回忌のために里の伊賀に帰ってきました。伊賀はまだ寒く、墓の水は凍り、お参りの途中で雪がちらついてまいりました。法要が終わったあとは、関西風の中華そばをいただき、赤福を買って大分までノンストップです。この日の走行距離は1100km。息子と交代しながら大分に戻りました。わが愛車の総走行距離も29万6千キロを越えてもうすぐ大台です。
私のホームページのフロントを飾ってくださっていた佐伯のALS患者の狩生はるこさんが2月26日に亡くなられました。ALSの方の進行は遅く、最近も呼吸と上半身は十分な筋力を保たれていました。7年前に肺がんがみつかり、手術を受けておられたのですが2年前に再発がわかり、化学療法も受けておられました。2月はじめにイラストをいただき、化学療法を受けに入院されたのですが、その闘病のなかで不幸な転帰となられてしまいました。寂しくなりました。狩生はるこさんは、大分のALS患者やその家族のマドンナ的存在でした。亡くなられた夜、哀しくて苦しくてどうにかなりそうと言われた介護者の方、こんなにつらい夜はないと涙された未亡人の方、多くの方とお電話で悲しみをともにしました。こころからご冥福をお祈りします。
2/11 11日は休日当番でした。最近インフルエンザも下火だなあと感じていましたが、さすがに休日当番では違いました。午前中は休憩もとれないほどの盛況で、大半がインフルエンザでした。とまあ夕方までそこそこ忙しく過ごして、そのあと夕方の臼杵へラナバウト。この町、近くなのですが、仁王座あたりの有名地区以外はほとんど知らず、ナビを積んでいない車で行ったので、夕暮れの街中が新鮮でした(迷ったわけです)。さて、この町には有名うどん店があります。甚兵衛といえば、地元で知らない人はいないでしょう。昔から有名だったのにこれまで伺っていなかったのは、値段が有名店料金なんですね。だいたい1000円に近い値段といえば、私の発言がそう不当なものではないと思っていただけますでしょうか。しかし老舗です。これまでこの値段でやってこれたわけですからしっかりお客の支持がある旨いうどんなのだと想像はできます。で、ちょっと勇気を出して寄ってみました。初老の親父さんが麺、奥様が天婦羅担当のようですね。とても丁寧に作っておられます。メニューには、冷もおすすめ、どこよりもこしのある麺です、という意味の文言が書かれていましたが、本日は結構冷えていましたので、温麺のほうを注文。さて出てきたうどんはというと、麺は確かにこしがありました。大分では「さぬきうどん」なんて出ていても、こしと固さを勘違いしているような店もあったりしますし、博多系のうどんは逆にこしがないことを誇っていますからなかなか本当のこしのある麺にめぐり合うことは少ないのです。たしかにここは柔らかくかつこしがあるという上物です。が、が、ひとつ注文をさせていただくとしたら、なぜか麺が平たいのです。割面が正方形ならどんなにすごいうどんになるのだろうかと勝手な想像をいたしました。熱々で、天婦羅もふわっとした衣で大衆店とは隔絶した上品さもありがたいものでした。親父さんハーレーのファンらしく、調理釜上のフードにたくさんワッペン貼っておられました。お札がわりでしょうか。ちょっとしたプチ旅行気分も味わえて値段のことは忘れました。
1/29 ときどき掲載、男子ごはんの話題です。味噌汁を一杯だけ作るというのは結構億劫なものです。しかし他のご飯がいいかげんでも、これが一つちゃんとしたのがあると満足度は高まります。しかし鍋からつくるとどうしてもたくさん作ってしまい手間もかかります。これを簡単に少量作ってみようというのが今回のテーマ。まずやや大きめの鉢に水300mlを入れます。お豆腐小パックを細かく切って入れます。お好みでエノキ、乾燥わかめ、小葱とかを入れ、大匙一杯のお味噌(私はあわせ白ですが)を塊のまま入れ、混ぜずにそのまま電子レンジへ。700W3分間。できてから味噌の塊を混ぜて溶かしだします。以上で完成。チンした後で味噌を溶かすのがこつです。即席味噌汁とは一味違ういい香りのお味噌汁ができます。
1/17 117。本日は阪神大震災忌。早朝のTVでたくさんのろうそくの灯りがともる神戸の今の姿が写されていました。あの日、大分で朝延々と見せられたヘリからの中継でこの大変な災害を画面に張り付いて見たことを思い出します。関東大震災以来の地震災害かと、本当にこういうのが現実に来るんだと呆然としました。すぐにでも救援に駆けつけたい思いがありましたが、たった二人の常勤医でやっている小さな病院で、その年インフルエンザが猛威を奮っていたこともありとうとう行けませんでした。ただ一ヶ月後くらい経って車で広島方面に行くことがあり、夜の中国道を走っていたら、道端に延々と自衛隊の車列。まるで戦争前夜のよう。しかしその車列には、ことごとく救援という旗が取り付けられていました。ああ、皆さんまだ頑張っておられるんだと心の中で手を合わせました。
1/7 明けましておめでとうございます。このコラムは政治的なことはつとめて書かないようにしていますが、昨年年末の突然の解散と票狙いの離合集散、権謀術数の横行と、目をそむけたくなるような政治状況でございました。私は心情的野田さん支持でおりましたが、挑発に乗っての解散権断行というのはこれはちょっとどうかなと思いました。それにしても見事なまでの民主の敗北でした。ひとことでいえば、バラマキ買収政治に対して国民が嫌悪感を持ったということと、その張本人の倫理観のなさ(前の参議院選挙敗北も消費税アップを打ち出したことが原因などと言われていますが、本当はこれが原因と思います)、さらにいえば、結局は新しい観点があったかのように見えた民主の政治性もジャーナリズム程度の深さ(つまり素人)でしかなかったことをさらけ出してしまったと思われます。ここまで敗北をすると、もう未来はないと悲観してしまうでしょう。でもここから頑張って建て直すことが大切だと思います。これが企業なら破産しかありませんが、政党は破産とは無縁ですから、きちんと論理と組織のシステムをつむぎ上げることができれば、相手のエラーから思わぬチャンスが巡ってくるものです。まじめに、しっかり、バラマキに流れず取り組んでいただきたいものです。いまや唯一のリベラル政党なのですから、本来国民の半分の期待があるはずだからです。苦しいときほど楽しそうな顔をしましょう。そしてしっかり過去の政治運営の評価を行い、新たな観点を生み出してください。野田さん、菅さん、まことに厳しい環境のなかで、よく頑張ってくれた、とせめて私くらいは言っておきたいのです。

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