Dr Makotyの近況報告2014

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12/26 今年の別府HANABIファンタジアには行かれましたか?県内唯一の冬の大花火大会です。私たち別府のヨットクラブでは毎年その日にあわせ、昼はヨットレース(BOYCクリスマスヨットレースと名づけています)、夕方から餅つき、おでん、豚汁大会をしながら花火を待ちます。県内のヨット乗りが集合なのです。今年は鴨なべも加わりました。がんがん飲んで、どんどん食べてさていよいよ花火打ち上げ開始!あれれなんだかぜんぜん盛り上がりません。なんか今年の花火はさびしーのうなんて声が聞こえてきます。なぜか今年は花火打ち上げ中のDJやクリスマスソングが全く流れていないのです。大音響のクリスマスソングをバックに盛大な花火。別府の冬の花火といえばそれでしょ。花火が終わって何人かのヨット乗りといっしょに浜脇温泉に移動。100円なんですね、別府の市営温泉は。浴場と脱衣所が一段違うだけでしきいがないのですね。お互い丸見え。別府の公営温泉はそうなんだよと、物知りから教えていただきましたが、ちょっと新鮮でした。上品なおナースの方は、それは嫌やわとおっしゃってましたけど。
さて、職場のデスクトップですが、現在爆速です(言いすぎかも)。結局メモリエラーが出るメモリを探しあてて捨て、2Gはあきらめ1.5GBで我慢し、仮想メモリなしの設定にし、しかし一番効果的だったのはひょっとするとXPの再インストールだったかも。もう突然落ちることもありませんし、Youtubeが途中で止まることもありません。7や8には操作性の問題で絶対に行きたくなく、それぐらいならLinuxに行くぞなんて思っていましたが、XPを使い続ける方が、セキュリティソフトもいろいろあるし、使い方も慣れているしよろしいのではないかと思う次第なのです。ただPCいじりは、中毒性があります。もう少しでSSDまで手を出すところでした。古いマザーボードでこれに手を出すと結構泥沼みたいな話があり、ただでさえ仕事滞っているのに大変なことになるところをなんとか自制しました。足るを知ることも大切ですよね。
いよいよ押しつまってきました。今年一年を思い出しながら来年の課題とかもゆっくり考えてみたいです。
11/26 絶不調に陥っていたわが医局においてあるメインマシンのその後です。実は学会に行く前に、CPUを換えてやろうと密かに計画し、楽天の中古ショップでPentium4の3GHzをオーダーしておきました。発売当初ならおそらく4万くらいしたCPUもいまや中古ですが動作確認済み1300円。なかには100円というのもありましたがこれはさすがにやめました。マザーボードを引き出さねばならないので、これは当直の夜にでもじっくりやろうと思い、11/21が当直入りだったので、覚悟を決めてGO。今のPCを組み上げたのはおそらく8年くらい前です。CPUの真上に位置する電源ユニットを外すと、なんとそれだけで手を突っ込めそうです。バラさなくてすみそう。これはありがたい。しかし、クーリングファンの外し方が思いだせません。ロックを外ししばらく考え左右4本の突起を外側に引き出すとポロッと外れました。こうなったらもう楽勝。ソケットに鎮座しているセレロンを外し、送られてきたペン4をそっと置きます。あとはシリコングリス塗ってファンを取り付け、電源を戻すだけで完了。実質30分程度でしょうか。さて電源投入です。だいたいこういうことは一回ではまずうまく行きません。初回でどこまで行くか。なんとすんなり通ってしまいました。ACPIマルチプロセッサを認識しましたとの表示が出ます。再起動です。起動音軽やかに立ち上がり、マイコンピュータのプロパティでは、誇らしくPentium4 3.00GHzの表示です。タスクマネージャは、2スレッドを表示しています。ハイパースレッジテクノロジーってやつですね。ためしにYoutubeを表示させてみますと、おお、途中で止まりません。これまではCPUがオーバーフローして何度も止まっていたのでした。さて、現在はウイルスソフトも外し、メインメモリも500×2の身軽な状態です。とりあえずしばらくこの状態をシステムになじませて、徐々にアップしていく予定です。古いPCをお使いのご同輩の皆様、CPUの交換は効果が大きいですよ。この時代のCPUは値段も激落ちですから当時の最高級品が捨て値で買えますしね。しかしこれができたのは、マザボメーカーであるGYGABITEさんが当時のデータをネット上に残していただいているお陰なのです。そこでFSBやソケットNoが分かって間違えないで購入できたわけです。GBさんに感謝。
11/20 鹿児島に行ってきたとき、学会近くの駅が「水族館前」でした。これは近くに水族館があるぞと、確か鹿児島の水族館はジンベイザメがいるはずだと、学会が終わって近くのラーメン屋に入ったときに聞いてみました。徒歩5分だそうです。ラーメン食べ終わってすぐに歩きはじめました。眼前に桜島の巨大な山塊が見えるところにフェリーのターミナルがあり、その奥に水族館です。ところが。。。 ジンベイザメは一週間前海に放されたというのです。しかもすぐ死んでしまったと。まあそれだけがねらいではありませんから、一巡してみました。海藻水槽がありますね。いいです。私、大分の海たまごができるときに、ヨットやプレジャーボートで行ける桟橋の設置と、大海藻水槽をお願いしました。残念ながらどちらも実現できませんでした。熱帯魚の世界では、水草水槽というのは密かなトレンドでありますが、海水での海藻飼育というのは実はとても難しい。とくにご家庭ではまずむり。水に色が出て海藻はすぐ枯れてしまいます。でも海際の水族館なら自然の海水を常時取り入れることができるから可能じゃないかと思うのですね。サルガットシーの巨大藻や、巨大昆布などがゆらめく海藻水槽なんてのがあったら時間を忘れて見入りそうです。え、そんなのはお前だけって?
前項で鹿児島の市電のことを書きました。いいなと思うことがもう一つあって、市電の軌道に芝生植えているんですね。きれいな芝生の植え込みになっています。雑草だらけにしてないところが手入れ行き届いているのでしょう。凄いぞ鹿児島市電。
11/18 第二回難病医療ネットワーク学会が鹿児島で開催され、小生も発表もあって参加してきました。クルマで行くか、列車にするかちょっと悩んだのですが、九州新幹線初乗りということもあり列車にしました。小倉から鹿児島まで2時間なんですね。ちょっと感動しました。夕方大分を出て、もう20時には鹿児島駅にいるんですから。N700系のさくらは、指定席が一列4席でゆったり。ただヘッドレストが立ち過ぎているんじゃないでしょうか。鹿児島は市電がまだあります。これが便利です。バスと市電では、市電の方がずっとわかりやすい。なにせ軌道から外れてどっか知らないところに行くことはないですから、不案内な旅行者には市電ですね。この学会、まだ研究会から学会に進化して2年目です。研究会のとき、博多で講演させていただいたことがあります。そのころから会長は九大神経内科の吉良先生で、もともとは西日本、それも九州、中国での地域研究会でした。なぜ難病医療学会ではなくネットワークが入るのか。それは難病相談員のスキルアップを目指した研究会が成り立ちだったからなのでしょう。そして今この学会のウリは、なんと巨大懇親会だそうです。お偉方だけが集まるようなもんではなくて、ほとんど全員が参加して行われる盛大な懇親会なのです。鹿児島大学神経内科が総力を揚げて実施したレセプションはというと、森伊蔵やら魔王やらのプレミアム焼酎飲み放題でした。残念ながら小生ほとんど違いがわからず。猫に小判なのかも。
11/8 10月以降PC関係では苦戦続きでした。データが戻ってきたお祝いに、この際メモリを2Gまで上げようと、楽天で中古のメモリを探し、しばらくよかったのですが、そのうちバタバタとPCが落ち始め、メモリを元に戻したり、いろいろ調べてBIOSでDRAMの電圧を上げたりしてなんとか落ち着き、そこでやめればよいものをセキュリティソフトを更新したらまた絶不調に陥ってしまいました。これはいかんとXPを過去に戻すと、今度はメモリリークのような現象が起こりともう滅茶苦茶の状態です。なんとか立ち上がるものの物凄く遅い。数分待たねばメーラーさえ立ち上がらないのです。MBごと換えてしまおうかと考えている今日この頃です。なんとかセキュリティソフトの問題を解決して今こうやって書けているのですが。この間、本来の仕事が全く進みません。いや、もちろん臨床ではなく、学会報告や論文の方なのですけどね。ちょっと焦りはじめています。
9月6日の本項の記事で、ADAR2のことを書かせていただきました。どうも臨床試験が開始されるようなのですね。どうやらおサルさんでの安全性試験に目処がついたのでしょう。
こちらがその発表です。
ALSとTDP43の関連をきちんと説明できる仮説に基づいた介入となりますので、これは本当に期待が大きいと思います。当初6例となっていますが、効果が明らかになれば早期に拡張されると信じています。患者さんたちの病状は止まりません。是非とも早く効果を確認し、必要とする患者さん全員に広げてほしいと心から思います。
10/22 10月9日朝、PCのスイッチを入れましたが立ち上がりません。おや、と思い、safe modeにしてみましたがハードディスクのスキャンをはじめ、エラーが延々と出続けるということになりました。Cドライブが飛んだか。データはバックアップとっているから大丈夫ととくに心配もせず、以前のCドライブに使っていた20GBの小さなハードディスクを入れ替えてみますが、今度はうんともすんともいいません。Cを元に戻し、他のデバイスを全部取り払って立ち上げますと、これは立ち上がるのです。なんだCは大丈夫なんだ。じゃ、どれだと思って一番新しい500GBのバックアップ用のHDDをつないでみるとこれが駄目です。事態の深刻さに気がつきました。これはデータを吹っ飛ばしたんだ。首筋に冷や汗が流れます。いや、インターフェイスかもしれない(でないことは明らかですが)、無理やりそう思い、USBのインターフェイスにHDDをつなぎ認識させようとしますが全く駄目。ここにきてこのHDDのクラッシュのダメージの大きさが私に襲いかかりました。98年からのデータ、2004年まではデータが小さいのでDVDに落としていたのですが、以後ができてないのです。写真データは別のHDDとダブルで保存していたので助かりましたが、それ以外のファイルが一部を残してなくなってしまったわけです。俺は過去を捨てた男よ、なんてバカなことを口走っていましたが、こりゃまずい。一番新しいHDDからクラッシュするということをどこかで考えてなかったわけです。ネットで復旧業者を探しました。無理かもしれないが、どうせ頼むなら安い方から頼んでみようと、業界最安値39800をうたうPCエコサービスさんにネットで予約とりました。しかもキャンペーン期間とかで1万円引きだそうです。他は基本料金8万以上なんてのがざらでした。メールでのやりとりは親切かつ丁寧で、磁気ヘッドの交換を要すること、データ量が大きいので別HDDの購入が必要なことなどで計53000円かかるとのことでした。一週間後1TBの小型HDD(USB接続)が送られてきました。データは完全に戻りました。同封されたお手紙には、HDDは電球や電池と同じく消耗品です。バックアップをきちんと取りましょうと書かれていました。その通りですね。ありがとうございます。たかをくくるなと言いながら、たかをくくっていたのは私でした。今回読み出せたからよかったものの、もしそれが駄目なら本当に過去のデータを無くすところでした。さらに1TBのHDDを購入し、トリプルでバックアップを取るようにいたしました。みなさまもお気をつけください。災害は忘れたころに「必ず」やってきます。
10/14 台風19号が通り過ぎました。災害対策委員全員13日午前に暴風域に入ったため呼集がかかり病院待機。でも大して雨も風も強くならず、13時にピークを越したとして解散しました。他所の訪看などにも連絡とりましたが、どこも特にトラブルなかったようで何よりでした。避難勧告が出たところがあったようですが、寝たきりの方に避難勧告というのもどんなもんでしょうか。なんか最近一市丸ごと避難勧告とかばんばん出てますが、ちょっとどうなのかと思います。2万人に避難勧告、避難したのは25人とかいう報道もあったように思います。とりあえず出しておいたら後で批判されずにすむと思って全町避難だしておけばいいと思っているのなら、ちょっとどうでしょうか。出すべきときには深夜でも出すし、自ら広報車を駆ってでもしっかり伝える。そうでないときはやたら出さない。とくに責任逃れのための避難勧告は出さない、担当者にはそういう矜持を持っていただきたいものです。危険というのは、他よりあんたのとこがずっと危険なんだって指摘されないと心に届かないものですよ。でないとまたあれだよって、誰も聞かなくなってしまいますから。
先日佐伯のニッパチ廃業の記事が合同新聞にでかでかと出ました。佐伯の大衆居酒屋は、ニッパチとグリコが双璧で、私たちは断然ニッパチ派なのですが、居酒屋の廃業で4段抜きの記事が出るとは。きっとこれ書いた記者もニッパチ派だったのかも。でも廃業の原因が販売不振とかじゃなくて跡取りの息子さんの急死というのが悲しいです。しかし、12月には深○が経営権譲渡で続けるというのは朗報かも。小ぎれいにしようと妙な改装とかせんで以前の熱気ムンムンの居酒屋であってほしいと思う小生でした。
9/18 ゆでたまごをすぐ食べたい!という衝動に駆られたことがありませんか、みなさん。ゆでたまごとなるとやはり10分から15分くらい茹でるのが普通ですよね。お鍋で水からわかすともっと時間がかかります。私、自称研究者の端くれでありますので、これまで散々研究というか試行錯誤を繰り返してまいりました。短時間で作る、というのなら電子レンジやろ、と誰でも思います。卵をそのままチンしたら爆発はお約束ごと。じゃ、水に入れてチンしたらどうか。たしかにできるのですが、内部に変なものが析出します。あれはDNAかな。イカの内臓のような茶色い物質が黄身と白味の間に出来るのですよ。これはちょっと見た目が悪い。なによりよくないのは、数個に一回くらいの頻度で爆発するのです。水の中で爆発しますから、レンジの中が水浸しになってしまいます。ネットでは、アルミホイルにくるんでチンするとか出てますが、これは下手したら火吹きますよね。というわけで小生の研究の結果、簡単、安全かつ確実にゆで卵を作る方法についにたどり着きましたのでご紹介いたします。
ポットのお湯を卵が一個つかるくらいの小鉢に入れます。それをレンジに入れて卵をそのなかに泳がせ、電子レンジを200Wの弱レベルにして3分チンします。これで完成です。卵の殻にひびが入ることはありますが、これまで(20回程度ですが)爆発したことはありません。朝の弁当つくりの合間にゆで卵が出来てしまうので、重宝しております。以上、DrMakoty式簡易ゆで卵作成法でした。え?ポットでお湯つくってない?そのときは小鉢に水を入れて700Wとかの強熱で1分ほど先にチンしましょう。合計でも4分ですからかなり実用的です。欠点ですか?はい、1個ずつしか作れないことですね。
9/6 8月23日に東京でALSフォーラムが行われました。サノフィさんがスポンサーをされていて、ALSについての最新情報が得られるので毎年参加させていただいています。土曜にあるので、外来を代わらないといけないのが困るのですが、毎年行く価値のあるフォーラムでした。ところが今年はなかなかプログラムが来なかったのですよ。私のところに来たのは1週間前になってからです。事前に知っていたら行かなかったかもというようなやや軽量級の演題でした。ところが、どうして、とんでもない発表を聞いてしまいました。ながく東大で助教授をされていた郭伸先生の発表が2番目にあったのですが、これには感動してしまいました。ALSの患者の運動神経にはTDP43という物質が、細胞質に現れることは既に指摘されています。そしてTDP43が細胞毒性として働くので運動神経が弱り、死んでいくのだそうです。ALSは何が原因なのかとさまざまな遺伝子調査がなされていますが、共通の異常というものは見つかっていません。しかし、TDP43という共通の結果は判明しているのです。では、なぜTDP43が核から細胞質に移行するのか。郭先生らは、m-RNAの働きをささえるADAR2という酵素の働きが脱落していることを見つけ、遺伝子治療でADAR2遺伝子を細胞内に入れることにより、m-RNAの働きを正常化させることによりマウスの筋力低下を止めることに成功したのだそうです。今はカニクイザルを使って安全性試験を行っているのだそうです。ものすごいことじゃないか、そう思いました。これは日本からあの難病ALSを克服することができる治療が開発されようとしているのではないか、と。一刻も早く、待ちわびている患者さんに使ってほしいと思いました。今進行している患者さんは何年も待てないのです。リスクを受け入れたうえ、ぜひ特例扱いで治験あるいは臨床試験を行ってほしい。なんなら高度先進医療でもいいですから、研究段階でできるだけ多くの患者さんを救ってほしい、切にそう思います。

このALSの原因と結果の関係を例え話で書くとこうなります。クルマのエンジンはさまざまな部品で構成されています。そのうちどのパーツが傷んでも、結果としてエンジンは不調になります。エンジンが不調だとクルマは動くことができません。このどれかのパーツの損傷ということが、さまざまな遺伝子異常ということに相当します。原因は別でもエンジン不調という同じ結果が出るわけです。そこで不調になったエンジン(つまりADAR2という酵素のことです)を、新しいエンジンに取り替える、それが今回期待されている遺伝子治療ということになるわけです。
8/28 STAP細胞についての理研の中間報告がありました。報告をした丹羽仁史さんは、わが母校の後輩にあたります。声の大きいものはおっても、頭のいいものはおらんといわれてきた奈良医大にあって(当社調べ 笑)、ピュアな学問領域で頑張っている彼に心からのエールを送りたいと思います。まあ、卒業年次が10年離れているので面識も何もありませんが。ところでこの再現実験について科学界からの評判は悪いです。意味のないことをやめろと口をそろえて悪罵されています。そうでしょうか。もはやSTAPが存在するというポエムを信じる人は少ないでしょうが、しかし存在しないのならきちんと存在しないという墓を立ててやらねばならない、と私は思うのです。でないと自死を遂げられた笹井博士に申しわけないではないですか。丹羽さん、科学界からの圧力に屈せず頑張ってほしい。
さて、先日ついに還暦に到達してしまいました。facebook
を始めたばかりなのですが、何人から還暦の冷やかし、もといお祝いのメッセージをいただいています。同日は、職員会議の冒頭に、職員有志の皆様からお祝いの言葉と、真っ赤なヨットウエアのプレゼントをいただきました。ただでさえ涙もろいのに、困るじゃないか。
8/13 とある理由からface bookを始める羽目になって、戸惑っております。しかし結構もうたくさんの知り合いがやっているんですね。何年か前、東京の知り合いからこんなのがあるんだよと教えられたのですが、そのシステムの持つ意味がよくわからず放置しておりました。この出遅れ感は、世の中がすっかりウインドウズになっているのにちまちまとDOSを使っていたときの感覚に重なりますね。デジャヴみたいな。ということで「友達」に関することでいろいろご迷惑、ご不快な思いをされた方がいるかもしれません。申し訳ありません。小生がまだこのシステムについてのリテラシーがないことが原因です。もうしばらく大目に見てやってください。m(_ _)m 
7/31 この時期日本海方面でヨットレースが続いて開催され、大分からも4艇が参加しております。船をまわす時間的余裕はありませんが、クルーとしての参加なら可能かも。病棟がまあまあ落ち着いているので、ヨット仲間と早朝4時に別府で落ち合い行ってきました。途中寒冷前線の通過があり、すごい雨に会いましたが無事萩に到着。やや古いヨットのクルーとしてレースに参加できました。日本海は風と波の方向が違うのですね。これをどう味方につけるかが課題のように思いました。レースはそこそこ風もあり、成績はいまいちでしたが楽しめました。萩はわが次男が暮らしている街です。レース後寄らせてもらいました。二人の孫にお迎えされてつかの間のじいちゃん気分です。男の子が小さいころの次男にそっくりでDNAの偉大さと、懐かしさを感じました。
書き落としていましたが、19日からの連休は、秋田で学会参加。コラムのほうで演題は書いておきましたが、それ以外のお話は、「先生、秋田の有名なお祭り知ってますか?」「ねぶたか何かですか?」「ねぶたは青森です。東北三大祭りをご存知ないですか?」「はあ?」「竿灯祭りをご存知ない!あの有名な祭りをご存知ないんですか!」とまあ地元(といっても隣の県)の方に言われてしまいました。そうですねえ、小生西日本限定の生活してきたので、この東北の方面はまったく未知の分野ですね。
7/9 昨日午後の往診に出かけようと、病院の裏口を出たとたん、熱気におそわれました。うああ、夏だよ。そうですひたひたと近づいてくる台風8号がもたらした南海の熱気です。昨日まで涼しかった大気が完全に入れ替わっておりました。台風8号の位置はいまだ沖縄と宮古の間です。こんな遠くまで影響をもたらす今回の台風のパワーを感じます。来るか、それるか。気象庁も米軍も当初より南よりにコースを引き、大分直撃はまぬかれそうですが、暴風雨圏には巻き込まれそうです。明日はいよいよ来襲です。みなさんお気をつけて。在宅のみなさん、停電対策を今一度。
6/30 今年は駄目でしたね。あ、サッカーの話じゃありません。そういえばサッカーにもそういう名前の人いるんだと今回のWCで知りましたが、そのホタルです。例年素晴らしい光のウエーブを見せてくれる野津原の入蔵は結局あちこちでパラパラと光る程度。ここ数年で最悪の状況です。同じように他所もホタルより人の方が多いとかいう話でどうもこの近辺では外れ年になってしまったようです。もう7月になろうとしていますが、朝夕涼しくて嬉しいです。梅雨前線が日本の南に留まってくれてるおかげですね。エルニーニョも前線がこの位置なら歓迎できます。昨日は一人でヨットに乗り込み、別府湾に出ました。昼前に出たときはいい風でしたが、大きくタックを入れて坂ノ市の緑ブイを回航したあとは徐々に風が落ちてきて、ついに新日鉄前で微速に落ちたため終了にしました。他にヨット2艇が出ていました。梅雨の中休み、まだ蒸し暑くなくいい天気の日曜でした。
6/9 佐伯のスタッフから、ジャカランダ咲いてますよと連絡を受け、6時に仕事を切り上げ高速を飛ばして佐伯に行ってきました。咲いてますね、ジャカランダ。池田どうぶつ病院の向かいにある中江川の橋のたもとにどーんと立っているのですが、今年はやや軽めの咲き方になっています。でも昨年は全く咲かなかったのだから上出来です。このところ冬がやたら寒く、この南方系の樹木もなかなか苦しいようなのですね。去年なども新芽が出るのが遅く、これは無理だなと思っていたらやはり咲きませんでした。今年は新芽は早めに出てきたので期待していたのですがなんとか咲いてくれました。私のホームページの表紙にある写真は4年前のものですがあのような豪華な満開を見たいものです。この木、おそらく大分県あたりが路地植えの北限なんだと思います。大分市にも細い木がありますが、今年は咲くのでしょうか。
6/4 やめられないとまらないっ!というとカルビーのかっぱえびせんということになりますが、このカルビーとタニタ食堂が監修して新たなかっぱえびせんを作ったようです。油分20%カット、塩分40%カットで小袋60Cal。カロリー控えめのかっぱえびせんとはどんなものかと近くのコンビニで見かけたものですから購入しました。そしてそのお味はいかに。
・・・固くてまずい。たしかにこれならやめられない、とまらないということはなさそうです。なるほどそこがネライなのか。さすがタニタさん。
5/30 XPが期限切れとなってしまいましたが、なんのためにバージョンアップしているのか不明な7やとくに8には変えたくもなくこのまま使い続けるつもりです。MS社が自己破壊プログラムを仕込んでいないことを祈っておりますが、最近のブラウザの重さには辟易で、いつまでも500Mのメモリじゃ無理かな(当たり前やという罵声が聞こえます)と思って、空いているスロットにメモリ差し込もうと計画したわけです。しかし簡単にいきませんでした。涙
まず近所のPCショップでDDRの1Gを購入し差し込んでみると、再起動の繰り返し。あららこれは駄目だわと今までの500Mを刺してサブスロットに1Gを入れると、何度か再起動を繰り返したあと立ち上がりました。メモリ500Mから1.5Gへのアップ。ああなんて恵まれた世界なんだろうと酔っていました。朝起動するときにとりあえず再起動しようが止まろうが10分待ってPC本体のリセットボタンを押すということでとても快適な世界を手に入れていたのですが、突然不幸が襲いました。学会用のスライドを作成していたらPCがビジーになってまったく反応しないのです。おおお俺のデータがあああとうめいても無駄。あきらめて1Gを抜きました。500Mの二枚刺しならなんとかなるかなと駄目もとでネットで通販を見つけて購入。今度はいやな感じで立ち上がりません。元に戻しても静かなままです。これまで使っていたメインメモリが焼ききれてしまいました。また500Mに舞い戻り(あとから購入した板は焼けなかったのです)。でも一度幸せな世界を覗いてしまったので1Gの誘惑に勝てず、もう一枚購入。今はうまく立ち上がっています。落ちることもない(いや2度ばかしあるのですが・・・)ようなので使っていますが、大事なときに何か起こるのかもしれんな〜とバックアップをこまめに取りながら作業中です。7月の学会に向けて。
5/19 17日の土曜は、午前の外来を10時半で切り上げさせていただき、大阪に行ってまいりました。大阪の北野病院での包括呼吸ケア研究会で講演することになっていたからです。主には自動吸引のこれまでの開発経過、現在の実績についての説明ですが、とくに先方の呼吸器科部長Drの要望もあって自動吸引の急性期への取り組みなども紹介させていただきました。この部分は7月の日本呼吸療法医学会総会で発表予定の部分で、初めて公表する内容となりました(ここではまだ書けません)。1時間半の講演も皆さん熱心に聴いてくださり、講演後の質疑応答も時間がオーバーするなど熱気あふれるものでした。今回お世話になった多くの皆様に感謝いたします。
5/8 宇和島への回航の途中、飛行機の低空飛行のことが話題になりました。たしか一ヶ月前暗くなったころ自宅の斜め上空を、驚くほど低い高度で輸送機のような飛行機が轟音立ててゆっくり通り抜けていったのです。あ、これは落ちるぞと思ってしばらく飛んで行った方向を見つめていましたがとくに墜落した様子はなく、訓練だったのかなあなどと思っていました。先生、それ合同に載ってたよとクルーに言われ、検索してみましたら、本当ですね。4月11日の記事にありますね。米軍の輸送機だったようです。暗い空に大型輸送機が低空飛行。まるでジブリ映画の一こまのような情景でした。
5/5 さて、五月の連休です。休みが続くと気力が緩みます。五月病の原因じゃないかと思っております。当たり前だった仕事がとても重く感じられ、連休後どのくらいで元通りになるのか不明です。
五月の連休というと、ここ界隈のヨット乗りでは、宇和島パールカップなるヨットレースへの参加がメインテーマとなります。私ら中古ヨット乗りも、おいさん三人組で行ってまいりました。ただ海を越えての参加になるので、入院患者さんの病状がとても気になります。この一週間皆さん落ちついていらっしゃるから行けるだろうと判断し、素晴らしい快風のなか豊後水道を横断しました。ほぼ燃料を使わず、風力だけで四国まで行きました。しかもエンジンで走るよりスピードが出ていました。こんなにエコな乗り物はないですね。レースは西日本各地から44艇が参加する大きなものでしたが、私たち密かに期するものがあったのですが、セールが破れ、マークタッチまでしてしまい、中位(定位置かも)におさまりました。ところが落ち着いていたはずの入院患者さんが不安定になって、アフターパーティはキャンセルしてレース後直帰となりました。昨日とは逆方向の強風のなか豊後水道を走りぬけ、佐賀関に届きそうになったあたりで電話してみるとその患者さん落ち着かれたようで安心しましたが、やはり海を越すのはこちらが不安で一杯ですね。ほのかに明るいうちに大分のバースに到着。セールの片付けなどで一汗かいて、帰ってゆっくり休みました。風呂に入ると日焼け止め塗ったはずでしたがほっぺたが紫色!逆パンダ焼けになって男前が台無しです。
5/1 昨晩遅くに何気なくスポーツニュースをつけていたら、おや彼じゃない?おお、ホームラン。と思ったら今度は本塁返球アウトと、鉄平君大活躍じゃないですか。一時はパリーグ首位打者を取った彼ですが、その後星野楽天になってからとんと出番がなく、ついに今年はオリックスに移籍でした。この前まで打率が1割切っていて、もう限界なのかなあと心配していましたが、昔の記憶が蘇るような活躍です。がんばれ鉄平。うちの次男はふじが丘少年野球団の同級生でしたので彼もよく遊びに来ていて二階で寝ていました。我が家はみんな鉄平ファンです。新天地で思いっきりあばれてくださいね。
4/22 韓国で悲惨な船の事故が起こってしまいました。乗り組み員の避難誘導がなかったと非難されていますが、これは一気に45度以上傾いた事態が起こっているようですからなかなか避難というのも難しかったでしょうね。天井に這い上がるような角度になってしまいますから。45度になるまでに脱出できなければますます困難ですが、45度になるまでにどのくらいの時間的余裕があったのかが気になります。しかし、ふつう大型本船は、急角度では回れません。舵を切ってもなかなか回頭できないのです。そのため船首にバウスラスターという一種のプロペラを横において船首を曲げるのです。今回のように航海中に一気に倒れるほどの回頭ができるというのは不思議に思います。そこで昨今言われ出したのが、同じように横転事故を起こしたフェリーありあけの件です。熊野灘で後ろから波を受けて傾き、船長の必死の操船でなんとか浅瀬に乗り上げて沈没させなかった事故です。このありあけとセヲォル号が兄弟船であることが問題になりそうな雲行きです。たしか当時は、逃亡した外人女性殺人犯がこのフェリーに乗ろうとして捕まったことから、そのたたりとか言われたあれですね。しかし、もう一件あるんですよ。初代ありあけが、フィリピンに売却されてやはり横転事故を起こしているようなのです。スーパーフェリー9という船です。3隻も横転事故を起こしているとなるとこれはやはり構造上の問題があるのではないかというように思えます。いたずらに感情的に反発するようなことをせず、きちんと科学的に分析してほしいと思います。
4/14 2月、3月と病棟が余りにも多忙で、深夜の呼び出し、緊急連絡が日常的にあったりして余裕がなかったのですが、4月になって突然春風が吹き込んで来たように患者さんが落ち着いてきました。久しぶりに本でも読もうかと、山崎豊子大先生の約束の海が本屋に並んでいるのを見て迷わず購入しました。週刊新潮に連載されていたので、1.2回は読んだのですが、メインイベントはあのなだしおの事故です。主人公の心の動きはそれなりに書き込まれていて納得のできるものでしたが、周りの方々の描写があまりにステレオタイプというか、皮相的というか、ちょっと感心しません。何より気になるのは、社会派作家として医学部問題、日航機事故問題などを取り上げてこられた方にしては、やや時代迎合的なところがつらいところでした。山崎大先生といえども衰えたものだとの感をいだきつつ読了。
3/30 一気に満開です。今年の桜ですが。先週木曜の昼はほんの数輪の開花にすぎなかったのに木、金と4月下旬の陽気となると、金曜の夜にはもう花が鈴なり状態です。普通は、3分咲き、5分咲き、7分咲きを経て満開、そして葉桜、花なしと2週間以上かけて進むのですが、今年は1分咲きから一気に満開に移行してしまいました。枝も折れよとばかりに花がついています。日曜は県南にかけて旧道を通る桜観ドライブさせていただきました。前日の雨は、花散らしの雨とはなりませんでしたが、日曜は北風が強く、もう花びらを吹き落としているようでした。
3/25 一年前の春、学生のとき下宿させてもらった家のおばちゃんが亡くなられ、松山での葬儀に行くとき使ったのが臼杵-八幡浜航路のオレンジフェリーでした。おおなんて懐かしい名前だ。それにしても沈んだ船の名前を復活させるとは凄いぞと思ったものです。松山に住んでいた小学生のころ、家族で九州行きとなってつづら折れの夜昼峠を越し八幡浜から乗ったのがオレンジ丸。船首の大きなハッチがオレンジ色というかみかん色に塗られていました。そして乗船した何年か先にオレンジ丸は宇和海に沈んだのです。ところが不思議なことにこの記事がネットで見つかりません。沈んだというのは私の誤った記憶なのかと思えるほど検索してもシーンとしているのです。私の記憶では船内火災が起こって沈んだというものでした。でもやはり記憶違いはあるようです。それが分かったのは知り合いのヨット乗りの方のブログ。その沈んだ場所とは、三双碆という地名らしいのですが、ここは私たちが宇和島に回航するときに通る四国の入り口にあたります。ここを越すとあと少しで宇和島だな、暗くなって道路を走る車のヘッドライトを見て四国に着いたと実感できるうれしい場所なのです。なにせヨットは機走でも6ノットくらいしか出ませんから、豊後水道を横断するのは結構時間がかかるのです。しかしなぜ臼杵航路のフェリーがこんなところにさまよい出て座礁、沈没したのでしょう。しかしネットでは上の通り全く情報が見あたりません。5月の宇和島のヨットレースに参加できたら現地のヨット乗りの皆さんに聞いてみましょう。
3/20 クリミアをめぐる問題で東西対決の様相を示してきましたが、皆さん本気なんでしょうか?もともとロシアに帰属した地域でロシア人も多く、住民投票で圧倒的に帰属替えを賛成されたわけだから、民主主義陣営は本来この決定を支持すべきではないのですか?少なくとも私はそう思います。しかしこれまでバルト三国をはじめ、ソ連から離脱したがっていた国ばかりだったのに、ソ連ではないにせよロシアに帰属を求めるという流れが出てきたのは時代も移ったということなんでしょう。プーチンの真価は、この帰属変更のなかで虐殺や略奪が発生しないようにできるかということで試されるのではないかと思います。この地をコソボにしない、その決意は彼にあるように思います。逆にウクライナ本体の方で悲惨なことが起こった場合は、西側諸国の責任になることは自覚されているのでしょうか。
3/15 昨日は佐伯でお食事いたしまたが、こちらは震度5弱を記録したところで、どうもいつも大分市より佐伯の方が震度が高めに出るのは、地震計の感度か設置場所の問題でしょうか。皆さんのお話を聞いていると、携帯の地震警報は、地震と同時に鳴り出したみたいです。ではテレビとかはどうか?ある方がテレビつけっぱなしでうたた寝していると、まずテレビが突然騒ぎ出し、あと何秒で揺れがきますとカウントダウンを始め、ゼロのときにグラッと揺れが来たそうです。凄いぞテレビ。でも消していたら何にもならんですがな。携帯もちょっと頑張れと言いたい。
3/14 1時ころ布団に入ってPCの英語ニュース(睡眠薬がわり)を聞きながら意識が遠のいた瞬間、南北方向の細かい揺れが来て携帯の地震速報が鳴り響き、すぐに東西方向のやや大きなしかし周期の短い揺れが相当長く続きました。以前直下型の震度4の揺れは、上下にゆっくり揺すられましたので、これは例の南海トラフかとTVをつけますと臨時地震情報が出ていて、ややあってから震源は伊予灘、深さは80kmと表示したのでほっとしました。大分も震度5弱か。ただ後に詳細がわかり、震度5弱は、佐伯、臼杵、国東、姫島でここいらは震度4だったそうです。M6.1ですから結構なエネルギーで、震源が深いため広範囲にまあまあの揺れですんだようです。このところ在宅患者に薬や栄養の備蓄を進めつつあるのですが、先を越されたか!と一瞬焦りました。電気も切れず一安心でしたが、やはり対策はしっかりしておかねばなりませんね。
3/13 おぼちゃん騒動が止まりません。画像の使いまわし、英文のコピペとほとんど信用ゼロになってしまっています。1月のあの日本中を驚愕させた発表は何だったのでしょう。あのときこんな錬金術みたいなことが実現するのかと吃驚仰天しました。それが今や学位剥奪やら論文撤回とか攻撃的な言辞がマスコミに飛び交っていますね。でもね、私は思うのですよ。おぼちゃんは一般のルールを超越した無防備な大天才なんじゃないかと。もし詐欺師であったらこんなにばれやすいウソをつきますでしょうか。いわゆる研究者としての倫理性とかカンケーない、自分でこつこつ英文作るのはめんどくさいとかそういう極めておおらかな天才のような気がするのです。だからきっとSTAP細胞はあるんですよ。何かを誤認している可能性はありますがそのような現象はあると思うのです。ただの直感ですけど。
3/2 雨の予報が大はずれで朝から晴天。しかし風は真冬のように強く海に出るのは無理でした。ということで毎年この時期に伺っている津久見の四浦半島に行ってきました。そうです、例の河津桜です。もう満開だぞと行った方から聞いていたので早く行かねばと思っていたのです。津久見市は緋寒桜を数年前からこの地に植えてきて、今年は広報にも力を入れているようです。さて、今年はどうでしょう。最も違ったのは、車が多くなったこと。自家用車だけじゃなくて大型観光バスがあの細い道に乗り入れているのです。急カーブの連続の峠道で大型バスと離合するのは結構あちらも大変ではないでしょうかね。まだ木は若く小さいので、あと10年や20年経つと壮観になるのでしょうね。その後上浦を回って佐伯へ。地元のスーパーで安くて新鮮な魚をゲット。購入したキレイな丸ハゲは、煮物と塩焼きにしてみましたが、レンジを使っての塩焼きがグッドでした。この1月からずーっと重症患者が途切れない状態でしたがつかの間の休日の一日を過ごすことができました。
2/14 13日昼過ぎから雪になり、往診の終盤ではうっすら道路に積もりだしましたが、そのあとどんどん積もり、19時ころは一面の銀世界になってしまいました。幹線道路はお約束の大渋滞。夕診が終わって用件があったので南大分に向かいましたが、その渋滞に県病の裏でつかまり、目的を果たせず路地裏をすりぬけなんとか明蹟橋にたどり着き病院に戻ってまいりました。4駆でスノーつけていても渋滞だとどうしようもありません。同僚のDrは佐伯から大分まで9時間かかったそうです。朝見てみれば15cmの積雪。皆さん車で出るのを控えたのか今朝の渋滞はなし。思えば30年前に雪が積もって以来のことですかね。あのときは山沿いの団地で30cmでしたからその半分ですが久しぶりの光景にちょっとわくわくしました。14日朝は、職員の皆様結構遠くからも歩いてご出勤。なぜかお隣の別府は全く雪がないそうです。そういえば昨夜9時前のNHK大分のニュースのアナウンサーが、山間部は積雪みたいなこと言ってましたが、平野部だってこの状態だぞ、外見ろよと思わず突っ込みました。だけど市内中心部は雨で積もらなかったようですね。ここは山間部なのか・・・。
大分のALS協会をご主人や同じく患者の本田さんとともにつくり、ずっと支えてきてくださった土居喜久子さんが9日お亡くなりになりました。糖尿病を悪化させた状態で肺炎からDICに一気に進み、2週間の闘病の末お別れでした。ご本人の強いご意思で葬儀は遠慮されたのですが、ご冥福をお祈りします。長い間ご苦労様でした。一昨年は本田さん、昨年は狩生さん。そして今年は喜久子さんまで。寂しくなりました。
1/24 この冬も1月からは九重ナイターオープンで、現時点で3回ほど通いました。実は昨シーズン最後のスキー(7回目)で結構なダメージ受けてしまい(トップスピードで逆エッジがかかり空を飛んでしまいました)、その後3ヶ月くらい両肩の痛みに悩まされたこともあって、今シーズンは相当慎重に滑っています。長年の愛車であったパジェロも昨秋ついに降板となり新しいクルマの性能がまだ把握できていないので、行き帰りも慎重に走っています。九重への行き帰りというと、去年から湯布院経由をやめて直入経由としていますが、それもガンジー牧場経由より、牛さん銅像経由の方がよほど近いことが今年分かりました。10分以上短縮できて、スキー場までほぼ1時間で到着するのです。といっても地元以外の方はなんのことやら、という感じでしょうけど。ただスキー終わって一時間でもう自宅に到着というロケーションは、九州といわずともなかなかのものでもうしばらくナイター通いしたいと思っております。1時間で戻れるというのは何かあってもまあ間に合うかなという時間でもありますし。さてここ大分は皆さんの街のジョイフルの発祥の地でありますが、これまでなかなか大手チェーンのファミレス不在の街でもありました。いや、ロイホとかガストとかはあるんですが、どっちかというとどファミレスというか、大衆ファミレスレベルの話なのですが。数年前大阪王将と丸亀製麺がやってきましたが、ついに京都王将が年末に来てくれました。それもなんと病院の近くにです。この界隈、京都王将、大阪王将、リンガーハットがにらみ合いという激戦区になってしまいました。これであとサイゼリアさんが来てくれたら言うことないのですがね。京都王将まだまだ大人気です。昨晩病院で人工呼吸機器の性能測定を終わって夜9時過ぎに行きましたがまだ席待ちの客二組ありました。
1/16 明けましておめでとうございます。好むと好まざるにかかわらず年は過ぎ、歳もとりますね。小生、今年は還暦の歳なので、心機一転頑張りたいものです。といって新年早々から、急変、合併症、急患にあけくれていますがこれも仕事をさせていただいている賜物と思い、暇よりいいよと思っているところです。今の病院が立ち上がったころ、外来は閑古鳥、病棟はがらがらだった時期も結構ありましたから、あのころの苦しさは、忙しさの比じゃないなと思っています。先日大分大学救命センターの新年会に参加してきましたが、私の席は、天心堂病院、大野市立病院、高田中央病院の院長方々と同席で、期せずして自動吸引をお使いの皆様でしたので、お話もはずみました。皆様今度の診療報酬改定で危なくなるぞと危機感をお持ちでしたね。とくに7対1の条件が厳しくなることについてです。看護基準については病院単位での基準というのがまず間違っていると思いますし、毎月毎月達成しなければならない平均在院日数というは本当に悩みの種です。前月大幅にクリアできていても、その次の月わずかでも落とせば大変なことになるこのストレスは、基準を作る側の悪意としか思えないのですよ。月後半になって厳しい状況がわかると必死になって達成しようと頑張りますが、某院長は、若い先生方は全くそんなことは考えないですからねと嘆き節でした。私どもは同席の皆さんのような急性期病院ではありませんから、はなから7対1などとってはいませんが、特殊疾患病床という関係で基準以上の看護師配置をしています。したがってその低い基準でも落とすと病院の存続に関わるのは私たちも同じなのです。私たち医療の仕事とうのは、その全ての行動が厚労省から定められた保険点数として決まっていて、そのなかで少しでも自助努力するのは経営の責任として当然なのです。それがくるくる変えられると現場は本当に困ってしまうのです。以前特殊疾患療養病床は廃止寸前になりました。もしそうなっていたら全国の難病医療は崩壊していたと思います。当然うちのような弱小医療機関など雲散霧消となっていたことでしょう。一定の安定性を持った基準の維持ということはもっと真剣に考えていただかねばなりません。国の基準に守られているのが怪しからん、もっと自由競争ををすべきではないかという原理的自由論者の皆様はおっしゃるかもしれません。それは基準に甘えているだけだと言われるかもしれません。しかし、医療というのは公的インフラなのです。基準も規制もあるから一定の水準が確保されるのです。わが国の自由診療領域では何が行われているか。何のエビデンスもない幹細胞治療が堂々と行われている世界稀有の実態を考えていただかなくとも、基準の正当な、かつ安定的な確保は必要なのです。

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