Dr Makotyの近況報告2015

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11/25 11月は本当に暖かかった、というか暑かったですね。日中は半袖で十分でした。さて、自作のPCをSSD化して約3ヶ月です。ちなみに私のPCは今でもOSはXPです。現在での評価を申し述べたいと思います。まず、立ち上がりが速い。それも素晴らしく速い。パスワードを入れて、起動音が鳴り終わったらもうアプリケーションを立ち上げ可能です。ほぼ3秒といったところでしょうか。WIN7以降のOSではそこまで速くはないという話もあるようですから、XPはSSD化の恩恵が大きいと言えるのではないでしょうか。もう一つの大きなメリットは、ソフトの立ち上がりが激速ということですね。最近のブラウザは重くなってなかなか立ち上がらないという経験は皆様されていると思います。私も以前使っていたfirefoxのあまりの立ち上がりの重さに使うのをやめた者の一人です。それがあろうことか一瞬で立ち上がります。以前と同じCPU(ペンティアム4、3G)ですので、ソフトの立ち上がりのストレスは、SSD化によって大幅に軽減することがわかりました。問題は、これは私のマザボの問題と思いますが、SSDとHHDを同時に起動できないという問題があります。その状態でバイオスを見ると、SSDを認識しなくなっています。妙なことですが、HHDの電源抜き差しなどしてると突然PCがダウンしたりするので、その後追求していません。クラッシュしたら元も子もないですから。
11/9 いやー昨晩はなんて暑かったんだと皆さんも思われたんじゃないでしょうか。私もあまりの暑さに夜クーラー入れました。窓全開で寝ましたが、寝汗びっしょり。11月なのになんだこれは、と驚いています。といっても九州限定のことかもしれませんが、昼も暑かった。しかも晴れて無風。気象庁は朝から晴れているにもかかわらず、曇り時々雨の予報を変えず、観光地はうらめしく思っているでしょうね。どうせ外れるなら晴れと言わんかい!てなもんでしょう。朝から天気がいいし、陸では結構吹いていましたので、朝から一人別府湾に出ましたが、海上はなぜか微風。それもころころ風向きが変わって、しかし残念なことに30分もしないうちに海面が鏡みたいになってしまいました。これじゃセーリングしようがないと、別府のハーバーに一時係留してお昼を探します。あてにしていた冷麺屋は閉まっていたのが残念でした。ハーバーに戻ると、オーストラリア人のヨット乗りから、no wind だねって挨拶されました。母港に戻って風向風速計の配線の組み換え。西大分港は、近くにホームセンターがあるので助かります。GARMINのヨット用マルチメータをこの春から使いはじめているのですが、これがとんでもない代物で、オートパイロットを使うと15分で表示しなくなってしまいます。おまけにスピードメータもまともな表示をしない。とても使い物になりません。で、バッテリーと直結の配線に仕替えてみようというわけです。エンジンかけてないと風向風速が出ないなんて、あんた本当にヨット用なのかい?と思いますが・・・・。
11/5 本年1月に日本呼吸療法医学会に論文を投稿して、厳しい厳しい査読に答え、9月末に3度目の修正論文を出しました。最初はタービン型人工呼吸器の特製について、換気量が違っても酸素使用量が変わらないか、逆に換気量が大きいほうが酸素使用量が少ないこともある。なんでこんなことになるの?という短い現象報告のようなものだったのですが、査読意見に答え、何度も再測定して、ああ、こういうことだったのかという地点になんとかたどり着きました。そこで1名の査読者はOKを出してくれましたが、残り2者はA4で2ページびっしりの厳しい意見。通す気あるんかなと気持ちが折れそうになりながらなんとか再々提出。そしたら11月2日に突然採択決定の通知が来ました。また厳しい査読意見が来るぞと覚悟していただけにちょっと拍子抜けでした。3日の祝日は、朝から来週仙台での難病医療ネットワーク学会でのプレゼン作り。吸引問題のシンポジウムがあって、私はその演者の一人なのです。昼過ぎに大体出来て、それなら天気もよいので、セーリングしてみようかと海へ。3時に港を出ましたが、10分もしないうちに無風。別府湾を漂いますが、帆をあげたとたんに無風になるってのは、まあ、いつものことです。本を読んだり居眠りしたりしていたら冷たい風を感じました。16時半になってやっと北風が吹き出し、どんどん北西にシフト。風を切って夕暮れの別府湾を滑ります。別府の近くに着くと、大きな黒い巨大クルーザーが浮かんでいます。ああこれが宇和島のヨット乗りたちがFBで話題にしていた船だなとわかりました。なんでもイギリスの超有名サッカーチームオーナーの船らしいです。瀬戸内海を周航中とか。宇和島の次に別府に来たのでしょう。暗くなってきたのでバウを西大分に戻して今度はエンジン全開で帰港しました。
10/20 18日の日曜日、久しぶりに何の予定もない日曜になって、ひとつ考えていたのは、別府のフェルメール展に行ってみること。車で行くだけなら早く着きすぎるように思ったので、別府湾にヨットを漕ぎ出し、風任せ。最初いい風吹いていたのですがどんどん風が落ちて歩くより遅いスピードに。それでもゆっくり秋の海を散策し、別府沖に泊まっていた自衛艦の手前で向きを変え、北浜ハーバーに一時寄港。向かいの別府トキハでやっているフェルメール展に入りました。全37作品です。はい、もちろんまがい物です。ただかの福岡ハカセの監修っだけあって、なかなかの見ごたえ。この人、生物学者ですが、フェルメールに入れ込んで、世界中の絵を見てきたという人です。生物学者らしく、顕微鏡を発明したレーウェンフックの観察画をフェルメールが書いていたんじゃないか、という想像などもされています。彼が言うに、世界に散らばっている作品を一堂に集めるなんて門外不出や個人蔵もあって不可能。それなら現代科学で色素の自然褪色を見越して作られたときの色彩で再現するということも意義ありかと。あのうさんくさい徳島の贋作美術館よりよほど志を感じます。そして見ました。よいです。何がよいか?フェルメールは美術書などで何度も見たことはありますが、もとの大きさで見るというのは存在感が違います。青いターバンの少女(今はなぜか真珠の首飾りの少女とされていますが)の清冽な美しさや、水面の美しさが圧倒的な「デルフト眺望」など、いつまでも見入ってしまいます。フェルメールは黄色いガウンがお気に入りだったようですが、あれはあまり美しく見えんなあとか、お顔のデッサンがぼけたのが混じっているとか様々な作品を一堂に見渡せるのはよかったですね。ここは宮沢りえさんナレーションのガイドレコーダを借りた方がいいです。その方が絵の背景なども知りながらじっくり見れます。帰りは夕暮れの別府湾。別大国道は赤い光がびっしり。渋滞しているようです。振り向けば別府の夜景。冷たくなってきた空気を裂いて機走で帰りました。
9/24 日本ラグビー史上最高の試合といわれたワールドカップ南アフリカ戦。ちゃんとフォローしてなくて見逃してしまいました。なんたる不覚。一生のうちに一回見れるかどうかの大変な試合でしたのに。ものすごく後悔しているところです。で、第二戦はちゃんと見ようと昨晩の対スコットランド戦を見ました。あの南アに勝ってしまうんだから、ひょっとしたらスコットランドもなんて思いましたが、甘かったですね。何が違うか。僕が思うにそれは、タックルで止めるというシチュエーションに大きな差があったということです。日本の止め方は、相手が突っ込んで来るのを待って止めるというスタイルでしたが、スコットランドは、相手(日本ですが)がバックスにパスを回ところに前に突進してタックルするというものでした。そのためわが方はボールを受けた瞬間飛び込まれので、全くゲインできず、そこでノッコンをしたり、インターセプトされてしまったり。なんとか球を次にまわせても横にしか出せず前に行けない。しかたなくボールを得ても、中央突破しか試みることができない。これが後半全く歯がたたなかった原因だと思うのです。そういう意味でスコットランドは気合入っていましたね。凄いラグビーです。残念ながら日本は、展開ラグビーの早稲田に翻弄されながら愚直に前へをこだわり続けた明治のラグビーを見ているようでした。私も大学のときラグビー部でしたが、何も分からず、考えず、とにかくスクラム組んで、走って、倒していただけでしたので全く偉そうなこと言える資格はありませんのですが、一応多少の経験者として感じたことを書かせていただきました。
9/5 8月20日ころ、午前の外来が終わって部屋にもどると、点いている筈のPCが真っ暗になって沈黙しています。あれ、停電でもあったか?とスイッチを入れてみると、ストンと落ちます。さらに試すと、電源ランプとHDDの通電ランプは点くのですがバイオスが立ち上がりません。これは結構致命的エラーが発生してるぞと認識しました。電源がへたった?以前組み上げたとき相当安いバルクを使ったので、万一と思いこれを変えてみましたが、同じ。これはマザーボードが逝ってる。さあ、どうしようか。XP時代のマザボなんて中古しかないだろうし、この際WIN7の64ビットにランクアップしようかと思いましたが、ためしにネットで検索すると、今もあるんですね、XP用のマザボの新品が。ASRockのそれがネット販売されていました。7や8用の新品並みのお値段ですが、IDEもSATAもあるし、今使っているペン4用のソケットです。これに決まり。1週間して届いて組み上げました。モニターのドライバを入れたらなんと画面が一気に精細に。精細すぎて字が読めんぞ。これはフォントを96から120に上げて解決。MSの認証もとくに問題なく簡単に終わり、これで10年くらいXPを延命できると思ったのですが、こうなるとメインメモリの上限2GBがつらい。そうだSSDを入れてそこに仮想メモリを置こうと思って速攻でSSDを購入。250GBが1万くらいですね。で初日はそうしました。でも欲が出るんですね。やっぱりSSDブートにしてしまいました。立ち上げは、パスワードを入れたら間髪入れずXPが立ち上がります。SSDの劣化の問題があるので、ちょっと怖さもありますが、そこはバックアップをしっかりとっていけばいいかな、なんて思います。とにかく静かになりましたね。HDDを使わない状態は。ブートディスクの移動はうまくいかなかったのでSSDにXPをクリーンインストールしましたので、以前の状態にするための再構築が結構大変です。今もこれを書きながらインストール続けています。
8/9 7月は目がまわる忙しさでした。臨床の方は普段通りでしたが、下に書いた研究会の他に、月末は大分緩和研究会でのシンポジストもあり、さらに2月に提出した学会論文の査読修正期限が7月末だったのです。研究会にはプレゼン用のPPTを作らねばなりません。論文の方は最後まで測定の繰り返し。最終週は、ほぼ合宿状態で測定していました。その大変な7月が終わって何とか論文も送って、来ました夏。陸では炎暑が続いています。まあ夏とはこういうもんだ。あと4ヶ月もしたらまた冬だし、夏を楽しまなくては、なんて思いますが、実は海の中はどうもそうではないようなんですね。もう何年も夏になると県南の海にシュノーケリングに行くのですが、定点観測をしているあるところの景色が年々寂しくなっているのです。昔は、コバルトスズメやチョウチョウウオなどが乱舞する美しい海の中の景色でした。通称コバルトスズメといっても、全身コバルトに輝くルリスズメと、尻尾の方が黄色いソラスズメに分かれますが、どちらも群れでいました。生まれたばかりの3mmくらいの微小な個体もいました。それが年々減って、去年は数匹、今年はついに全くいなくなってしまいまったのです。色鮮やかなニシキベラはいますが、大半はメバルの稚魚とかクロの子供とかだけになってしまったのですね。えらく地味な海の中になってしまいました。これは一体どうしたんでしょう。陸は温暖化と言っていますが、海のなかはむしろ寒冷化じゃないの?なんて思ってしまいます。西大分の港でムール貝がほとんどいなくなったこともあわせ、やはり海水温が低下しているんじゃないかと思うのです。
7/6 土曜の4日に別府ビーコンで開催された、第6回大分難病研究会に発表してきました。ALS気切人工呼吸導入での設定についてです。意識下人工呼吸で、とくにALSのような肺に問題のない患者への人工呼吸の導入は、急性期のデフォルトを応用してはならない、というのが趣旨でした。活発な議論も行われ、なかなか面白い研究会でしたが、ちょっと気になるのは、大御所の発表と、その施設からの発表が中心であったことです。もっと現場の匂いが立ち込める研究会でありたいと私は思います。やはり、自主的に集まった演題はわずか2題で(おそらくその一つが私のでしょう)、大御所が指名して演題数9本を作ったようです。来年は、もっと訪看や介護の皆さんの、現場の汗や笑顔が伝わってくるような発表を期待したいです。そういう働きかけをしなくてはと思いました。せっかく100人を超す人たちが集まってくれる研究会なのですから。ちなみにうちの三男(放射線技師をしています)が聞きに来てくれて、親父の発表が一番面白かったと言ってくれたのが、私としては結構嬉しかったかな。
7/3 戦後70年日本の肖像というNHKスペシャルの連載モノがあります。このカバーにちばてつやさんのアニメーションが流れますが、どこかおかしいのです。このアニメの主人公は、1945年生まれのようです。1955年で10歳、1965年で彼女と歩くシーンは20歳。1970年、25歳で子供が生まれてとこのあたりまでの成長の具合はあっています。しかしその22年後の1992年47歳でなぜか子供がまだ10歳。あれ22歳になってないの?うがって考えれば、1970年に生まれた子供ではなく、下の子供なのだと言えなくもありません。ところが突然たった1年後の1993年でえらく老け込んでしまうのです。一気に20年をとびこすくらい老け込みます。さらに2000年に相当年老いた状態で、孫ができているのですが、2000年となると本人はまだ55歳の壮年はずです。そして現在2015年。アニメの主人公は、腰がまがり2000年に生まれたはずの孫はなぜかまだ5歳くらい。どう考えても計算があいません。本来なら1945年生まれの主人公は、2015年ならまだ70歳くらいのはずです。子供や孫が成長しないのに比べて本人の老化のスピードがワープを起こしたりと段違いです。いくらカバーアニメといっても「時代考証」くらいは必要なんじゃないか?と思ったりしています。ちばさん、アタマ大丈夫ですか。ホントに?、と疑問を持たれた方はこちらでご確認ください。
6/4 昨日野津原の入蔵に行ってみました。ここは数年前無数の蛍が飛び交い、奥の川沿いでは、光のウエーブが見られたところです。手前の方から奥に、ざーっと無数の細かい光が進んでいく光景はそれは神秘的なものでしたし、蛍は隣が光ると反射的に自分も光るんだなということがわかる現象でした。それからまだわずか数年で、ここにはもうほとんど蛍はいません。クリスマスツリーのように光っていた木も、明るい月夜にただ突っ立っているだけです。かつて(といってもほんの数年前)素晴らしい蛍の景色が見れたころは、田舎の山道に車が一杯止まっていたものです。今や数台。私が帰るときは残り2台のみ。皆さんよくご存知なんですねえ。蛍といえば思い出すことがあります。その昔、地元の新聞に、鶴見崎にヒメホタル乱舞という写真入りの記事が出て、昆虫博士のなれの果てである者としてはこれは行かないといけないと思い、当時つづら折りの岬への道を佐伯の勤務のあと走ったものです。どのくらいつづら折りかというと、自分で運転していて酔ったほど。着いてみると、広い草原に2箇所くらい光る点があるだけ。このことで疲れたのと脱力したのがあって、その翌日予定していた雲仙普賢岳を見に行くのをやめました。その3日後例の大火砕流があったのです。新聞の方はというと、蛍の写真はガセでしたと訂正記事が出ていました。
5/22 先週の土曜日、艇を出す準備を夕方していたら、知り合いのT社長が話があると電話。じゃ、港においでと誘って二人で別府湾に漕ぎ出しました。風も落ちてセールを上げても船は動きません。すると沖の海面が真っ黒に変わりました。Tさん、これから吹くよと伝えて、風にそなえます。どーんと風が来ました。艇がぐーっと傾きます。Tさん「先生、大丈夫ですか?こんなに傾いてますけど・・・」「船べりが水に漬かるまでは大丈夫ですから」「先生、船べりが漬かってますよ!」突然20ノット以上の北西が吹き込んできたわけです。波も高くしぶきがかかります。Tさん、あと少しの辛抱だよ。別府に近づいたら風は落ちるからと励まし、我慢してセーリングを続けます。話したとおり、別府の港の手前でほぼ無風になりました。セールを降ろして入港します。知り合いのヨット乗りたちがビールで談笑しています。T社長を車で大分までお送りしてから皆さんと市営海門寺温泉へ。名前がええなあ。ヨット乗りのための温泉みたいな名前やと、先日湯当たりして救急車で運ばれたMさんが言います。その裏筋の、電気がついてなければ絶対潰れていると思える中華料理屋に皆で入りました。おとーさん一人で出前から料理まで頑張るそのお店は「がほう」。私のお勧めで入りましたが、皆さん満足されたようです。今はまだ暑くなく、こういう楽しみ方ができるのもヨットならではです。
5/11 ムール貝。黒いやや扇型をして、岸辺の桟橋などにびっしりついている貝です。ベルギーあたりを旅行された方は、バケツ一杯のムール貝の白ワイン煮が名物だというのをご存知ではないでしょうか。日本のムール貝はもともとは地中海イガイで、ベルギーのそれ(ヨーロッパイガイ)とは近縁種です。もっともイタリアで出されるムール貝料理はまさにこの地中海イガイのはずなのでもちろん食べれます。しかもとても美味です。砂をかんでいることもありません。4、5年前、港においているヨットの係留ロープにびっしりとこれがついていて、一本掻き落とすだけでバケツ一杯手にいれることができました。ただでこんなに美味しい貝を好きなだけいただけるのは、ヨット冥利に尽きるなあと思っていましたが、その後毎年不漁です。とくに今年は全くロープについておらず大分では全滅の様相です。でもこの連休で立ち寄った佐伯の漁港では、結構ついていましたね。なぜ大分港が全滅してしまったのか謎です。水温の変化があるのでしょうか。しかし南の方はついているのだから温暖化ではないですね。ただこのイガイというもの、歴史的には大きな食中毒災害を出しています。貝毒です。周辺でこの警報が出ていないかどうか確かめてから食してください。大分県でも県南のこれを食べた宮崎県のご婦人が発症したというニュースが10年前くらいにありました。
4/23 さて、我々世代の認知症予防薬たる、サンダーバードについて、その後の悪戦苦闘を記しておかねばなりません。このブログの読者に興味がある方がいるかどうか不明ですが、自らの覚書として残しておきたいと思います。
結論からいうと、これは初心者がPOP設定で扱うというのは困難だと思います。デフォルトではIMAPになってしまいますが、これを後でPOPに変えるというのは、まず無理。つまり同一アカウントで新しいアカウント設定をするということになるのですが、これを手動設定でやろうとすると、何が悪いのか不明なまま、つねにアドレスかパスワードが違いますというエラーが返ってきます。アドレスもパスワードもあっているわけですから、誤ったエラーメッセージと言わねばなりません。あれやこれや3時間奮闘しましたが手動設定では結局通すことができませんでした。
最終的にこれなら可能という方法は、こうです。まず、既存のIMAP設定になっているアカウントを削除します。次に新たなアカウント設定で、デフォルトのまま自動検索させます。自動接続が完了したというような表示が出ますので、そこで受信サーバーの設定を、IMAPからPOPに変えてやります。これで受信は可能になります。問題は送信で、このままではエラーが出ることがあります(私の場合、IMAPのときはできていたのに、エラーが出たんですよ)。その場合は、アカウント設定から送信サーバーの設定に入り、そこでポート番号などを確認したうえで、認証方式を平文での認証(安全でない)を選びます。接続の保護は、なし にします。私はこれでPOP3での送受信が可能になりました。疲れました・・・
さて、WIN8で使えるメーラーとなるとこの忌々しいサンダーバードの他には、Sylheedというフリーソフトがあります。山本さんという方が作られたようです。これはPOPでの設定がたいへん簡単です。外見もOutlook Expressによく似ていますので、これまでOEを使っていた方は移行がしやすいと思います。ただし、HTMLメールの扱いがいまいちなんですね。新たにブラウザ画面が立ち上がって、そこでメールが表示されるわけです。そこはやはりサンダーバードの方が一枚上。どちらを使うかなかなか難問です。
4/21 知り合いからのPCレスキューのご要請。どうもメールがサーバーで一杯になって受付不能みたいなメッセージが届いたとのこと。そう、WIN8ですそのパソコン。8.1へのアップグレードは自力でやったみたいです。だけど、それまで使っていたOutlool expressが使えないという皆様共通の悩みがあったわけです。サンダーバードがいいんじゃないとお教えしたのですが、最近のサンダーバードは厄介なことになってますね。サーバーの設定でIMAPになってしまったようです。これまでのOutlool expressはサーバー設定は、POP3で、つまりサーバーにアクセスしたらちゃんと郵便を引き取ってくれていたわけ。だからサーバーが満杯になるなんてことは起こるわけがなかったのです。これまでも複数のPCを使う場合、メインのPC以外でノートを使うとかは、サーバーにコピーを残すというような設定で使い分けることが可能でしたが、このIMAPという設定は、すべて子機扱いになってしまうような設定です。だからサーバーにメールがたまり続け、満杯になってしまうこともありうるというわけです。新しい環境になじみたい方はそれはそれでよいのです。しかし、システムの安定性において大切なのは、過去の資産を引き継げるということでしょう?WINがわけが分からんところは、この部分を無視していることですよ。なぜ、Outlool expressを残さないのですか?WINが更新されても以前と同様に使うことが可能だ、という安心感がこのOSには今やまるでないですね。これが多くの方が(私も含めて)XPから移行しない大きな理由ではないでしょうか。OSが更新されるたびに、新しい環境になじまねばならない。大変な勉強をして移行するというような高い壁を作る意味がどこにあるのでしょうか。あ、我々世代の認知症予防のためか!
4/14 4月10日から12日まで台湾の台北にアジア太平洋ALS/MND国際カンファランスに参加のため行っていました。以前は毎年ALS/MNDの国際会議に出ていたのですが、院長職になって時間もとれず、ここ6年くらいは全く出れておりませんでした。今回は週末の2泊3日という比較的行き易い日程であったことと、台湾のALS協会(あちらでは漸凍人協会と言うようです)からJALSAを通じて自動吸引のプレゼンをしてほしいという申し出があり、これは行かねばならんでしょう、となったわけです。台湾は暑いよ、という事前の予測が外れ、雨の毎日で20度くらい。でもその前は35度もあったそうです。これは涼しくてよかった。カンファレンスは英語。私も20分のスピーチをパワーポイントを使い英語でやりきりました。今回は原稿を持たず、手前の方にオーストラリアのご一行がいましたので、彼らの反応を見ながら、通じているなと自信をもって、ゆっくり、はっきりを心がけてプレゼンいたしました。頭のなかでは何度も練習したのですが、いざ舞台に立つと頭が真っ白になるんじゃないかと心配しましたが、意外に落ち着いてできました。プレゼンの後で、台湾のDrから是非使いたい、どうしたら輸入できるのかと相談を受けましたので、一応通じていたと思います。気切人工呼吸をしない欧米系からは無反応でしたけどね。
さて、台湾といえば食。驚いたのは、皆さんビールを飲む習慣がないそうで、食堂にもビールが置いていないのが普通でした。宴会もテーブルのピッチャーにはオレンジジュースが注がれていました。なんとも我々にとっては物足りない宴会でしたが、台湾の方はこれが普通だそうです。酔っ払いがいないから、夜も安全なんだよと教えていただきました。街も歩いてみました。道路は大きな常緑街路樹がずっと植わっています。夏場の日よけ対策なんでしょうね。なかには火炎樹もあって、赤い花を咲かせていました。
3/30 ニュースで、副操縦士の意図的な墜落の一色で報道されているのに違和感を持ち、今回の「主張」はこれを書きました。やはり、呼吸音以外のなんらの物音もしないという状況は、意識があると考えにくいからです。まして山に突っ込もうかというときに、人は自発的であれば平静でおれるはずがありません。この副操縦士は、意識がないというのは、医師が判断したら、ほとんど一致すると思います。その状態で平静を保つなど、よほどの高僧でもなければ不可能と思われるからです(おそらくそんな高僧など存在しないと思います)。運転中に急な意識喪失という事態はさほど珍しくなく、記憶に残っているのはJR四国の終着駅突っ込み事件がありますが、バスなどでもよく発生しています。一人が1年間に突然の意識喪失の発生する確率が、例えば10万分の一だとすると、一人で運転をしている状態ではときに発生することがわかります。だからバスなどでは時々起こるわけです。飛行機でも全機が一人操縦なら結構起こるはずです。世界では10万以上の運行がなされていますから。でも、二人が同時にそのような事態を起こす確立となると、ものすごく小さくなります。10万×10万分の一という極めて小さな数になります。だから、リスク回避のために、複数乗務が必要なのです。たとえ話ですが、これは10の10乗分の一というまず起こりえない数になります。では、逆に10の10乗分の一で起こる二人乗務での意識喪失事故発生確率が、一人になるとリスクはどうなるのか?倍になる?違います。10万倍リスクが上がるのです。この単独乗務のリスクを、航空業界は、もっと真剣に考えねばなりません。人は滅多に意識喪失などしないと思われるかもしれませんが、医師ではそのようなことはない、よく起こるというのが常識的です。
3/16 雨の日曜日、近くのシネコンで「博士と彼女のセオリー」を鑑賞してまいりました。映画は、スティーブン・ホーキンス博士とその周りの人々の人物描写です。出だしは1960年代ケンブリッジ大学の、まさにブリティッシュ・グラフィティ。ルームメイトの落ちこぼれ、ブライアンがいいですね。博士の理論の何が人々を圧倒し、現代最大の宇宙論者になったのかは映画を見てもさっぱりわかりませんが、そんなことはストーリーのなかでで説明する意味がないと明確に割り切った映画だと思います。それは一般人対象の娯楽映画ですから正しいと思います。でも、もう少し説明してほしかったようには感じます。まあ、それはコズミックフロントで、ホーキング博士の宇宙論3部作がありますから、そちらで勉強しましょう。でも、品のよい描き方がいいです。たしかに理論だけでなく、夫婦の問題もわざと表層を描くだけにとどめた方法を用いています。微妙な熟年離婚にいたる経過が霧の中でした。それでもいい映画を見せてもらったという印象が残りました。私の仕事の関係から見ると、この時代の英国人は、気切も、人工呼吸器にも今より抵抗がなかったのかと思わせます。コンピュータ音声が、コズミックフロントで登場したホーキンス博士のそれと同じだと思ったら、博士から貸してもらっていたそうです。シニア料金になって映画見まくるぞなんて去年思っていたのですが、なかなか見たいという映画がなく、せっかくの特典を使えずにいました。ひとつつけ加えると、なぜ、博士は無神論者なのですかという問いに対し、物理法則に神を介在させると複雑になりすぎるとの答えは、大いに納得がいくものでした。
3/10 重症患者に学会論文提出、国際カンファランスへの対応と2月は目が回るような忙しさで、このブログもまったく更新できないままでした。なんとか一段落して久しぶりに書いています。さて、フクダさんから久しぶりに新機種出ましたね。アストラル(クリーンエア・アストラル)で、フランスのRESMEDの製品です。なかなか格好いいです。大きさもコンパクトで、なによりインターフェイスがよくなりました。これまでフクダのウルトラは、私たちの研究ではタービン型のなかで最も酸素効率がよく、条件によっては以前のピストン型にも匹敵する能力があったのですが、いかんせんインターフェイスが悪く、正直言って触る気がしませんでした。私も40例近い慢性期管理のなかでわずかに1例のみこれを使っていました(転院前からのご使用でしたので)。アストラルなら大丈夫そうです。設定の変更もとても簡単そう。さらに、FiO2の表示や呼気弁なしのダブル回路(電磁弁での管理でしょう)もあって新機能満載です。早く性能評価したいものです。しかし思いますね。どうしてフランスはこのように優秀な人工呼吸器を次から次へと出せるのでしょうか。それなりの技術大国であるはずのわが国で、まったくこの分野が乏しいということはどうなんでしょう。使用台数ではおそらく世界有数です。しかし人工呼吸器を作れない。少し悲しくなってきます。そういえば東九州メディカルバレーで、国産人工呼吸器を作るプロジェクトがあり国から2億くらい引っ張っていたはずですが、どうなっているんでしょうかね。年次報告出されているのでしょうか。私たちが厚労省の研究費をいただいたときは、この時期その報告書作りで毎晩病院に泊り込んでいたものですが。今日は久しぶりの雪が舞う朝になりました。今期は12月が寒かったわりに1,2月が暖かく、もう雪などずっと見てませんでしたから少し感動です。
1/28 1月も今週で終了。もう一年の1/12が過ぎようとしています。それにしても暖かい1月です。12月が寒かったので、もう春になってしまったかのようです。ラジオも、ここ数日は3月の陽気なんて言っています。スキーヤーの端くれとしてはつらい暖冬です。もう一回寒くなってくれ〜とニューヨークの大寒波をうらやましく思っているのです。
さて、私は自他ともに認めるうどん好きです。この大分にも全国展開の丸亀製麺はありますし、一度ポシャたものの最近わったん内に復活したはなまるなんてのもあります。このはなまるは、以前大分では古国府で潰したことがあり、その「反省」もあってか、他の系列店では決してしない麺をとろとろになるまで茹で続けるという暴挙に出ており全く感心しません。大分では、なんといっても鳴門うどんと博士うどんという地場の有力2系列があります。鳴門は、麺の量が3倍でも値段同一という体育クラブ系中学生が泣いて喜ぶメニューが売りです。博士系は、麺は柔めで、汁が甘めなもろ九州うどんで小生は苦手であります。鳴門は大分では無敵ですが、福岡ではなぜか失敗して撤退したという過去があります。まあこういう大手はともかく、私としてはなくなってしまった名店が残念です。少し古くなりますが、萩原の中村うどん、最近では高田の千生庵、戸次の口福うどんなどです。私がいいなと思ううどんが長続きせず残念です。私が行きだすと潰れるなんていう陰口までたたかれております。そういう意味では、大在の蔵羅八さんは、激安設定にもかかわらずがんばっておられますね。潰さないようあまり頻繁には通わないようにして見守っております。
1/8 はやくもお正月から1週間が過ぎてしまいました。今年の正月は、最大9連休とかいう方も結構おられたらしくゆっくり英気を養われた方も多かったと思います。私は29日までが勤務で、この日に一週間分の全往診をこなさねばならなかったため往診が終わったときは病院の納会などとっくに終了していましたが、その残り物をいただきながら一年がなんとか過ぎたことをかみ締めておりました。お正月少し前からインフルエンザもぽつぽつ出始めておりましたので、2日の夜間当番は患者が来るぞと薬剤師出動のシフトを組みましたが、的中しました。さて、私が英気を養うといえば、ヨットかスキーです。はい、どちらもこの期間やってきました。ヨットは、30日に軽風かなとセールを目いっぱいセットして沖に出したところでどーんと強風に。3時間風との格闘を楽しみましたし、3日はいつも冬になると行っている九重のナイタースキーも楽しんできました。冬は風が落ちないので、ヨットにはいい季節なんです。寒いのはウエアでカバーしたらまあしのげます。寒いといっても日中ですから、ナイタースキーに比べたらどうってことありません。問題は風が強すぎることが多いことですかね。別府湾が白波でうまると、港から船を出すのも困難になってしまうのです。
さて、難病と在宅ケア1月号に拙論が掲載されました。PULSARと自動吸引の併用による積極的排痰について論じております。肺疾患を併発して多量の患者さんや、COPDの末期などの患者さんの排痰コントロールはとても難渋します。それがこのシステムによってどれほど安定したか。当院での昨年の成果です。呼吸療法医学会や難病医療ネットワーク学会で報告させていただいたものをまとめてみました。そのような状態でお困りの患者さん、医療者にご一読いただけると幸いです。

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