Dr Makotyの近況報告2016

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12/27 クリスマス連休でした。9月から平日アルコール抜きを実行し、約2kgやせておなか周りが少しすっきりしていたのですが、この4日間は連日飲んでしまいました。23日はチューリップのコンサートがグランシアタであってこれは楽しみにしてチケット取っていたので夕方会場へ。大きな会場が人で埋まりましたが、特筆すべきはその年齢層の高さです。ほぼ老人会状態。財津さんも、かつての黄色い声援からやや茶色に変わりましたが、と語られましたが、見渡すかぎりのはげ頭、白髪頭。私など若手の方。これはいつものヨットレースのアフターパーティみたいな風景だなあと感慨。前方の一部を除いて静かに聞き入っておりましたが、後半かつてのヒット曲のオンパレード、そしてみんなで大きな声で歌ってと促された曲は、心の旅。僕が大学に入った年の歌です。全員総立ちで声の限りに熱唱。生チューリップを見れて幸せでした。24日は医局大改造。この1週間黙々と私物整理などしてきて持ち帰ったダンボールは7,8個。ついに完全明け渡しで日曜機材の入れ替えとなります。実は来年から新しいDrが着任されるのです。それをばたばた済ませて愛艇で別府へ。西大分は結構時化ていてスプレー浴びまくり。キャビンに逃げ込んで別府に着くともう真っ暗でした。ヨット仲間の企画した餅つき大会は既に終了し、お餅食べたり豚汁いただいたり。佐伯のヨット仲間が持ち込んだハマチも出てきて元魚屋が捌いて皆で楽しく宴会。山口の仲間はピザを持ち込みピザパーティ。ハマチも刺身に飽きたところで焼いて塩コショウにするといくらでもいただけます。ハーバーから別府冬の花火大会眺めて、最後は仲間の大型艇で深夜まで語り合い。これが楽しいのですね。沿海艇という航行区分がありますが、これは宴会艇であります。翌25日はクリスマスレース。近頃になく8艇も(笑)参加していただき北浜から日出一文字までの往復レース。スタートからはほぼ無風。ない風を何とか拾ってしばらく首位を独走。このまま風が吹かなかったら完全優勝だ、しかしゴールできそうもないぞなどとクルーと話をしていたら沖から風が来ました。レース艇、大型艇に抜かれ3位に後退。そのまま日出を回ってゴールでしたが、優勝は4着の小型艇。元佐伯セーリングクラブの疾風でした。私たちは修正で大型艇を抜いて3位。あと一歩で2位を逃しました(修正16秒差)。とまあ楽しく遊んだ連休になりました。患者さんが落ちついていてくださったおかげです。最初の話に戻りますが、この4日間で体型戻してしまいました。悲)
11/27 26日の土曜は別府で鍋パーティするぞという話があって、翌日はレースの予定もあるため夕方艇を出してフルセールで出航。ほどなく暗くなりましたが、なかなか別府に近づけません。ちょうど別府の方向から風が吹き込んできているのですが、別府から離れるとより遠い方に外されるという嫌な風位になっています。別府の夜景を望みながら2時間粘りましたが一向に近づけずあきらめてエンジンをかけて別府入港。ヨット乗りたちと鍋を楽しんで終えたころには予報どおり雨。翌朝もかなりの雨で、皆さん年寄りに雨のレースは無理と参加なし。では、先日再開したうどんツアーとしましょう。この前走った国東を再度縦走して中津へ。今回は駅にある弁慶うどん。エキナカうどんのレベルを超えるというのが多くのブロガーの皆さんのご評価です。駅の駐車場に車を止めて駅の表側の南端にありました。出されたうどんは濃い目のだしとコシありめの出来合いのうどん。まあヘタな手打ちより好感がもてます。ごぼう天は太めで歯ごたえあり。値段もごぼう天うどんが420円とエキナカ水準でした。うどんツアーの効率が悪いのは遠くまで行っても1食しか食べれないことかな。無理したら2食いけるけど血糖値高めのわが身としてはそういう無茶はできないのです。まあじっくり行きましょう。
11/24 九州大学神経内科の吉良教授がはじめられた日本難病医療ネットワーク学会、今年はまだ第四回と新しい学会ですが、それまで10数年、難病医療ネットワーク研究会という形で実績を積まれています。その何回目かに私も博多の九大100年講堂で講演をさせていただきました。大分の難病医療というテーマで、まだ自動吸引をする前の話だったように思います。今年は名古屋で開催され、私は教育講演をさせていただきました。難病患者への人工呼吸導入というテーマです。近年急性期医療での人工呼吸設定が、意識がある状態ではとても苦しいものになっていて(痛んだ肺を温存するためですが)、長期にわたり続ける神経疾患での人工呼吸としては適していない、という観点を説明させていただきました。内容は、近日中に難病と在宅ケア誌で公開されますので、それを参考にしていただければと思います。エッセンスとしては、モードはPSVを使うこと、PEEPは出来る限り下げること、ということに尽きます。講演終了後、若手のDrたちから、自分たちも普段から疑問を感じていた。今回講演を聞いて安心しましたというご意見を聞かせていただきました。急性期人工呼吸と慢性期人工呼吸は全くの別物であることに気をつけましょう。折角人工呼吸に移行した患者さんたちが後悔しないように。さて、昨日の勤労感謝の日、空は晴天ところどころ雨という冬のような景色。ひさしく行っていなかったうどんツアー再開しました。本日は宇佐でまだ残していた祐貴や。国東半島を縦走して紅葉を見て、お店にたどり着いて、注文はごぼう天うどんの大盛り。すみません、血糖値高いのに。出てきたのが、おおおーと内心驚く麺の量。ごぼうはきれいに揚げられ、おつゆはかつお出汁の上品な感じ。そして麺は細め、柔らかめですが、ちゃんとこしはあります。硬いのをコシと間違えてはいけません。しかしその細めな麺が大きなうつわ一杯どっちゃり入っております。残したら失礼にあたると一心不乱にいただきました。こちらでは大盛りにするのは控えた方がよさそうでした。
11/8 今年の冬は寒いなどという予報が出てきています。ぬか喜びにならないようお願いしたいものです。さて、先週の土日は、わが病院に気鋭の先生方をお招きして小研究会を行いました。看護科学大の先生がたからは、麻酔深度計(BIS)を用いたALS患者さんの脳波レベルの報告。そして私からは今度学会の教育講演で行う難病患者への呼吸管理の導入についてです。東京からは難病関係の看護分野の研究者にも来ていただいて貴重なご意見賜りました。BISの知見と、頭部CTでの所見、そして現在の最先端の各種研究を俯瞰してみると新しいものが見えてきそうです。一同、今後の研究の進展を誓って解散しました。日曜昼、東京からのお客様を空港までお届けしたら目の前に広がる青い海。空港前の砂浜ではウインドのレースなどやっています。そういえばもう1ヶ月もヨットを放置しています。大分に戻って港に行くと、2艇沖から戻ってきたところ。10月のレースのままになっていたので、セールのリセットをしてシングルハンドで沖に出ました。16〜18ノットのちょっと強めの東風です。波もやや高め。メインセールのみ上げて別府の沖まで上がったところで、空が急に暗くなり冷たい風が強くなってきました。25ノット以上、ときおり30ノットも出るようになり引き返しです。その後さらに風は上がり、シングルハンドでは抑え切れないような波と風になってきました。まわりを見ると白波だらけ。セールを下ろすのも大揺れの艇上のうえ風に流されままならなりません。なんとか取り込んで港に逃げ帰りました。やれやれ。
昨年の呼吸療法医学会誌の論文がリンク切れになっていると連絡がありました。修正しておきましたので、閲覧可能です。メインページからアクセスしてください。
10/26 山間部の湖が、もう一つ増えるくらいの隕石の衝突があって、そこが見える近くの高校に避難したら助かる、というのはあまりにセオリーを無視した話ではないかと思うのです。いや、もともとファンタジーなんだからそんなことはどーでもいーんだっ、という声が聞こえますが、私としてはいくらなんでも納得できないところです。そのくらいの衝撃であれば、少なくとも半径50キロは壊滅するでしょう。ツングースカ爆発をどう考えているんだ、となってしまうわけです。はい、君の名は、のことです。先週の土曜に行ってまいりました。人格入れ替えか。また大林監督のふたりの二番煎じですかねと放置していたのですが、なんかものすごい観客動員だそうで、これはちょっと動員されておきましょうかと。単なる人格入れ替えじゃなくて、時間差のある人格入れ替えなんですね。このアイデアを新海監督が考え付いたというのがポイントなんでしょう。ジブリだったら、過去の思いが現在に蘇ったというような筋書きで止めるでしょうね。幽霊の見せた夢だったんだ、というのがオチになるんだと思います。千と千尋の物語がまさにそうでした。だから最後のどんでん返しの部分はなし、ということで。でも新海さんは無理やりスペクタクルをそこにぶち込んできた。それも新規性のあるアイデアだと思います。でもそこがあまりにリテラシー違反じゃないかというのが小生の感想でした。まあ、ファンタジーなんだからあくまでファンタジックな気分で終わらせてみんなを安心させたい、というのが今回の爆発的な商業的成功の秘訣なのかも知れません。見終って、なんかよかったね〜というのがいいんでしょう。なかなかの策士だと思います。
10/5 2週間ほど前、土曜の仕事を終えて院外に出て、ちょっと涼しさ感じようと野津原から大野へ走りました。警察学校の交差点から大野町の手前までかなりよい道が整備されているのです。そこから県道41号線をたどって大分市に戻るルート。20数年前、まだ2代前の車で大分からこの道をたどり、一体いつ到着するんだろうかという道でしたが、その後どうなっているんだろうかと。ふるさと体験村を通り、さあこれから難所というところに立て看板が立っています。幅員狭小、離合困難。大型車進入禁止です。確かに車幅ぎりぎりの山道です。対向車来たらかなり大変だろうなと思いながら、そういう部分もあまり長くなく、こんなもんだったかなと思いながら、途中で河原内川河川プールに抜ける道を通って竹中にショートカットいたしました。残りをどうしようか。で、2日の日曜日に残りに入ってみたのです。竹中から安藤へ。そこから県道41号を田尻方面に入ります。想像以上の難所です。しばらく走ってもGPSでほとんど進めておりません。しかも道は路肩がところどころ崩れ、車を山側ぎりぎりに寄せて側面こすりそうになりながら微速でやっと抜けれるというカーブの連続。もし進めなくなったときどうやって戻るんだと不安になったところでえらいものが出てきました。倒木です。山側から谷に向かって道をまたぐように斜めに倒れています。ぎりぎり抜けれるかどうかのスペース。もし戻るとなると3,4キロバックで戻らねばなりません。方向転換できるようなスペースが全くないのです。山側の路肩にタイアを乗せながらやっとの思いで越せました。ますます退路を絶たれた思いです。かなり後悔しながらそのまま進み、峠を越したらそこそこ整備された道まわりになって青年の家の裏に出ました。そこから田尻まで、これも難所ですが、それまでの道に比べたらかなりのペースで走れます。霊山のふもとのトンネルに着いて、戻れた〜と少し感激。空は美しい夕焼けでした。結論。この道はお勧めできません。
9/29 このまえ今年が始まったばかりというのに、もうあと3ヶ月少々でお正月か。なんて感嘆されている方多いと思います。本当に一月が経つのが早いこと。私にとっても7月から、学会発表、フォーラム参加、研究会、地元での講演とかメジロ押しでほとんど自由な週末がありませんでした。お盆のみ少し休みをとれて、佐伯のヨットレースに参加できたのが唯一のレクだったような気がします。さて、昨年から取り組んでいるのが、ALS患者の呼吸管理、とくにその導入の問題です。実は人工呼吸器の設定はコツがあって、これはうちに来たら楽になるよ〜というような秘伝のたれだったのです。販売業なら門外不出の奥義ってことになりますが、医療の場合は対象がどうしても見渡せる範囲の患者と限定されています。秘伝のたれを、隣の県の患者さんに味わっていただくことはできないのです。北九州の有名病院に勤務する友人のMEさんが、それはもったいない、是非私たちに話してほしいと言ってくださったのが一昨年です。昨年5月には、彼のおかげで日本臨床工学会総会のシンポジウムで初めて公開させていただきました。それ以後、積極的にセミナーの講師や講演会でお話するようにしています。さわりを書きますと、私たちは2000年以降高めのPEEPと小換気量が標準となった急性期呼吸管理と、真逆の観点からALSの呼吸管理をすすめてきました。私たちは2000年に多目の換気量による管理である、High Volune Ventilation*を世に問いましたが、以後も正常肺の呼吸管理であるALSの呼吸管理は、意識下呼吸管理との観点で苦しくない呼吸管理を目指しました。ほぼ全ての項目で急性期と真逆の観点となります。たとえば高炭酸ガス、アシドーシス許容に対し低炭酸ガスとアルカローシス許容のほか、短期と超長期、鎮静と覚醒などです。従って、急性期とは異なり、PEEPはゼロ、換気量は十分にとなります。今年11月の難病ネットワーク学会の教育講演でこれを説明することになりました。また、この分野での有名誌である難病と在宅ケアにも掲載することになりました。昨日脱稿し、今ほっとしているところです。
山本真:High Volume VentilationによるALS患者の長期人工呼吸管理.日呼管誌10(3):417-421,2000.
9/16 旗艦デリカD5の初回車検となりまして、三菱がお貸しくださったのがek spaceの最新型。代車はいつもわくわくします。知らない車を楽しむチャンスですからね。仕事が終わって乗り回し開始です。おや、ステアリングの動きがなかなかいいね。戻りもよいし、柔らかい当たりだし。そして高座高の軽にしては足回りの安定感もとてもよくて、何か軽ではないようなどっしりした感覚です。CVTも加速こそいまいちですが、空転感が少なくてよろしいです。おかしいなスズキのOEMのはずなのにと思っていたら失礼しました。スズキのOEMだったのはデリカD2で、日産のルークスも今は三菱製なんですね。外観がパレット、フロントがD2とそっくりなので勘違いをしていました。地味なインパネなどもとても好感が持てます。こりゃオトナの軽ですよ。一晩しか借りれないので、シャワーを浴びたあと深夜にFMのジェットストリームを聞きながらもう一回走りました。三菱さん、いい車作っているじゃありませんか。なんで燃費偽装とかに手を染めたんですかねえ。少々燃費が悪くても、これだけ質感の高い車なら十分商品価値高いと思いますのに。
9/9 卵にスプレーで塗料を吹きかけると、卵の強度が増して、高いところから落としても割れないとかTVでやってますね。かなり違和感ある映像なのでびっくりされた方も多かったと思います。塗料で卵の殻の強度が増した?卵の殻の内部に塗料が入り込み殻の強度を増したのならそう言えましょう。でもそんなことにはなっていない。これは単に塗料の強度と粘着力が高いということであって、卵の強度が増したわけではないことに注意が必要です。塗料の内部で殻はこなごなにひび割れていても塗膜が破れなければ、割れないというように見えるからです。いえ、もちろんその強度自体はすごいと思いますよ。でもあのデモンストレーションは人間の感覚に訴えた錯覚を誘発するものであるということは考えておいた方がよさそうです。たとえばお豆腐はそのままで上から落としたら飛び散りますが、スプレーを塗った豆腐があったとしてそれが飛び散らなくなったとしても、それは豆腐の強度が増したわけじゃないでしょう。塗膜の内側では豆腐はぐちゃぐちゃになってしまいます。見た目のショーの世界と科学の世界の違いとでもいうのかな。塗料の強度のデモンストレーションとしては優秀ですが、錯覚をもたらすという点でやや問題ありかな、と私的には思います。
8/5 昔母たちが暮らしの手帳を購読していたことを思い出します。当時子供の私は、こんなでっかい本がどうして手帳なんだよと疑問を持ったものです。確か母は定期購読していたなあ。ばあちゃんのところに行ってもやっぱりあって当時の主婦の間で絶大な人気の雑誌だったことを覚えています。テレビではあなたの暮らしという名前に変えられていますが、この変名はちょっと変えすぎのように感じました。せめて暮らしのノートとかにできなかったのでしょうかね。実態は知りませんがあなたの暮らしのお話を聞くと、直線裁ちで創刊をかざり、その後低迷し、料理の分解写真というアイデアで軌道に乗った、ということなんでしょうか。広告を載せないというのは当時から有名だった記憶がありますが、潰れかけて載せたことがあったんですね。朝ドラ見ていて、直線裁ちで評判をとったことは分かりました。でもこれは単一のアイデアです。新たなアイデアを毎号出せるわけがない。これでは続かないぞと心配しておりましたが、なるほど料理の分解写真かぁ。これはアイデアではなく方法論ですから何度でも繰り返し使えます。アイデアから方法論に変更して後世に延々と続くクオリティマガジンに仕立て上げたというわけなんですね。暮らしの手帳というとふっと亡くなった母を思い出すのですが、その始まりを見せていただいて「とと姉ちゃん」に感謝です。
8/4 本格的な夏の暑さです。もう雨が降ったのはいつなのか思い出せません。さて、夏といったら焼きそば。夏祭りの屋台の定番ですね。そして即席の世界でも焼きそばは大きなジャンルを形成しています。各社競い合うように多様な商品を出しています。昔はUFOあたりがカップ焼きそばの代表でした。前に焼きもしないのになぜ焼きそばだ、と疑問を呈しましたが、この発想の転換はすごいと思います。実はヨットでセーリング中の定番はカップ焼きそばなんですよね、とくに私は。なぜか?汁物だと船が揺れたときにこぼれてやけどしてしまうのですよ。最近はソース味だけではなく、塩味とか、エスニックとかジャンルがさらに広がりました。また麺も中華麺だけではなくてパスタ系にも広がっています。だけど私は是非注文したいことがあるのです。それは、具です。ほとんど乾燥キャベツの細切れくらいしか入ってないではないですか。カップ麺だとたとえばカップヌードルなど卵風のかやくや、干しえびとかありますが、カップ焼きそばの具はそれに比べても極めて貧弱なのです。さて縁日の鉄板焼きそばの具で一番美味しいのは何か。私は安物のかまぼこだと思うのですね。細かく切ったやつ。なぜにカップ焼きそばに乾燥かまぼこ入れてくれないのでしょうか。日清さんご考慮お願いします。
7/22 連休は、呼吸療法医学会総会に参加してきました。梅雨明け直前の名古屋は蒸し暑い。それでも友人たちと飲んだ名古屋の夜は記憶がなくなるくらい楽しくて、一時ですが普段の仕事の厳しさを忘れました。さて、今回私は二つの演題を持って行きました。一つは2年前の続報であるブロア型人工呼吸器の特性についての調査で、アストラルを評価しました。400以下の小換気量であれば現在最も酸素使用量は少なそうです。しかし600の大換気になるととたんに悪化。ここは筐体内の酸素濃度が上がると危険防止のために酸素を放出するという独特のプログラムが作動するようです。もう一つが、これがメインで、ひょっとするとレンガなのですが、ALSなど非呼吸器疾患患者の人工呼吸導入についてという演題です。ポスター発表でしたが、座長や参加者とかなり活発なやりとりとなりました。呼吸困難を消すために、PEEPはゼロが望ましい。それでpHが7.7になっても問題はないという主張をしてきました。最近の導入はPEEP=5が標準のようになっています。しかしこれは意識のある患者にはとても苦しい設定なのだ、というのが論点です。近いうちにペーパーにいたします。
6/7 スズキの新型普通自動車のTVコマーシャルが始まりました。バレーノだそうです。いやはやスズキも燃費偽装していたことがバレたからって、新型車をバレーノなんて名前にせんでもなんて思ってしまいますけどね。ここ最近いろいろ言われる燃費の件で、三菱はすっかり評判落としましたが、ここ20年以上三菱車オーナーとしては残念です。たとえば今乗っているデリカなんて公称燃費が13.8とかですが、その程度はちょっとした遠乗りで出てしまいます。ただし別のところに実は仕掛けがあって、スピードメータが5%ほど甘いのです。これも偽装なんでしょうか。笑)ハイブリッドカーなんて、わが国では37キロとか40キロとか燃費うたっていますが、アメリカでは公称20キロちょっとらしいですね。日本なんていいたい放題なのか、あるいは日本独自の測定法に特化した設定なのか。まあ、20キロなんていうのも一昔前ならとんでもない値ですが、それでもリッターカーは16くらいはいっていたから、膨大なバッテリーを積むことのCPは果たしてあるのかどうか疑問です。小生、三菱車オーナーであるだけじゃなくて、長男が三菱系にいますので、こころから頑張れ三菱、の思いです。過去にはギャランやシグマ、ラリーはランサー、4駆もパジェロだけじゃなくてデリカスペースギアとかチャレンジャーからミニパジェロ、パジェロイオなど一杯あってにぎやかでしたのに。スバルがわが世の春を走っているのを見ると、かつてのライバルの凋落振りがつらいです。
6/4 北海道のサバイバル少年発見のニュースは、金曜朝に飛び込んだ本当に嬉しいニュースでした。1週間も見つからず、これはもう無理かとか、クマに食われたか、誘拐されたか(誘拐なら生存の可能性があがりますが)、極端には親が殺したのではないか(残念ながらここ大分ではそういう事件がありました)など、半分あきらめムードとなっていましたし、現に金曜から捜査は縮小という報道もありました。見つかったのは失踪場所から5キロ離れた自衛隊施設だったようです。1週間も不明なら確かに生存の可能性はなさそうですが、見つかった状況からはなるほどと納得できるものでした。この坊や、よくさびしさに耐えたものだと思います。マスコミの論調もよかったよかったの繰り返し。しかし、これでいいのでしょうか。おそらく捜索方法についての冷静な検証が今後なされると信じますが、今回の捜索失敗(見つかったのはほぼ偶然で捜索の結果ではない)を見ても、そのことがなされる必要があると考えます。もし、この少年があと数日発見されず、餓死状態で施設内で発見されたらと思うと寒くなります。おそらくそうなれば非難轟々で捜索方法が検証されるはずですが、助かってよかったよかったで終わらせて、検証は必要なしにしてしまってはいけない。でないと次のケースにまた同じことを繰り返してしまうと思うからです。もちろん現場を知りませんから、実際とは違うかも知れませんが、闇雲に森の中を捜索することは、一生懸命さは伝わるものの、果たして効率的な捜索なのかという点があります。それと思い込みで捜索範囲を限定することも問題でしょう。もちろんこう言えるのは結果論です。しかし今回のケースは、論理的な方法論を求める大きな材料になると思いませんか。まず森の中の捜索。子供が森のなかに逃げ込んだというわけではないはずです。普通道路を歩きますよ。わざわざ歩くのも大変な森の中に自ら入るというのはそれ自体不自然な設定です。置き去りにされた子供は、人家や他のクルマを求めて道路を歩くのではないでしょうか。ですから同心円で森の中を捜索するのではなく、道路ぞいに捜索すべきであると考えられます。そして徹底して道路から見える施設をチェックすること。雨露や寒さから免れるため、あるいはクマなどの野生動物から避けるためにもおそらく建物があれば入ろうとするでしょう。今回まわりの別荘などを調べたようですが、のぼりの道は歩かないだろうという思い込みから自衛隊施設内のチェックがきちんとなされていませんでした。親を追いかけるのならそもそも不明になるはずがないのですから、反対方向に戻るということを当初から否定するのはどうかと思います。闇雲なシラミ潰し戦略ではなく、より理論的な捜索方法の確立をお願いしたいものです。
5/25 ホタルは今年は早そうだよという話を聞いて、野津原のホタルの聖地入蔵に行ってきました。まず県道の橋からのぞきこむと、数匹光っています。車を停めて七瀬川の方に歩き出しますと、視野のなかに2,3匹が光りながら飛んでいます。少し歩いて七瀬川のほとりに着くと、聞こえるのはかじかがえるの歌うような鳴き声だけ。ほとんどホタルはいません。数年前、川の両ほとりに無数の光のウエーブを見たあの地がこれです。一体どうなってしまったのでしょう。昨年も少なかったのですが、今年は全滅に近い状態です。所変えて同じく野津原は下原のダム工事現場の少し下流の川は、例年と同じくらいの数。そう多くはありませんが、こちらはこの数年変わっていないようでした。ホタルは、人類がこの地に入り、耕作など始めるずっとずっと前からここ山中に住んでいたはずです。何万年まえから変わらず光り、繁殖してきた昆虫です。それがこの数年での激減ぶり。驚かざるをえません。この原因は何なのでしょう。数年でさほど環境が激変したとは思えません。一定の増減も自然のなせる業で、これまで何万年も繰り返してきたのでしょうか。
5/23 土曜の夕方は、はじめての試みでしたが、呼吸管理訪看セミナーというのをやらせていただきました。市内から人工呼吸器の訪看実務に携わっておられる方を対象に当院で開催しましたが、50名の参加を賜りました。従量型管理と従圧型管理の違いと着目点など基礎的な部分から、ALSなどの意識下の人工呼吸はどうあるべきかという持論を展開させていただきました。結論としては、PSVでPEEPをかけないという設定がベストとなります。多少の過換気は許容しそこから生じるアルカローシスも許容することで、日中息苦しくない、夜間は良眠できる管理が可能であるということになります。日曜はALS患者会県支部の総会。特筆すべきは、佐賀の有名な患者さんである中野玄三氏を講演に招いていただいたことです。小生座長を務めましたが、多くの皆さん本当に感動されたのではないでしょうか。いかにしてALSをこころで乗り越えたか、いかにして現在の素敵な笑顔を獲得したか。表に表れない壮絶な自問自答があったと思われますが素晴らしい講演でした。講演のあとで多くのDrたちに感想を求めましたが、皆さん胸が一杯で言葉に詰まっておられました。ALSになって初期のころ、関東のホスピスのような病院に入院し、そこの末期がんの患者さんたちからあなたはALSでよかったね、と言われたことが転帰だったそうです。ALSなら死なずにすむものね、と。ALSは手や足をうばうが、こころまでは奪えない、そしてそう思えたときから病気は進行を止めた、と言われていました。経口で食事をされる姿の実演もしてくださり、会場は感動につつまれました。
5/5 連休は二日ほど休みがとれたので、うどん巡りツアーをしてみました。3日は南へ、4日は北へ。2,3年前に佐伯にやま信といううどん屋がありました。割と大きな箱で、麺やスープはまあ普通で、駅の立ち食いうどんのレベルという話もありましたが、私的には意外にあっていて、とくにトッピングのちく天はなかなかの出来でファンになっていたのです。月1回佐伯への往診に出かけますので、そのときの楽しみにしていました。ところが2年前の2月に突然廃業。廃業を伝える紙切れのまえで立ち尽くしたものです。ところがこの「やま信」さんは、実は延岡のお店だったようで、延岡では2店が営業しているようなのです。3日はメイストームで大荒れ。車も少なく延岡に行き、大雨のなか店に入りました。そうですあのうどんでした。わかめうどん大盛りにちく天のトッピング。これで500円。かなり大きな器で出されたうどんは、あの佐伯でのうどんの味でした。ねぎの量や麺の固さはできるだけご注文を受けますという張紙がありました。大分のうどんチェーンも見習ってほしいものです。4日はうってかわってピーカン。でも強風は残っています。今度は北へ。宇佐方面に向かいますが豊岡から日出の渋滞につかまりました。宇佐に着いて探しました、よつやうどん。ネットで下調べした場所に向かうと四ツ谷醤油の工場。まわりを丹念に探しましたがそれらしいお店はありません。工場の近所にいたお兄さんに聞いてみました。うどん屋は違う場所でやっているとのこと。場所を聞きだし早速そちらに向かいます。おいGoogleしっかりしろよ。柳ヶ浦の駅の少し先にその店はありました。「よつ屋うどん」が店名。まさに昭和のたたずまいでした。ただ、四ツ谷うどんでもなく、よつやでもなく、よつ屋なんですね。少しネーミングに違和感を覚えます。そういえば店の駐車場にある四ツ谷醤油の看板には、4本の矢が描かれています。四ツ矢ならわかりますが。さて、早速肉ごぼう天うどんを注文。ほぼワンコの520円。やや小ぶりな器で出たそれは見た目決して美しくはありませんが、よく味のしみた肉に大きく切られてしっかり食感があるごぼう天。麺も独特な作りですがふやけてはいません。だしは透明感があるものの本家が醤油屋さんであることをうかがわせる余韻がのこるよい味でした。とまあ今年の連休はそれなりに意義あるものになりました(かな)。 締めに夕方、西寒多神社へ。藤棚が有名なこの神社ですが、今年の藤はもう全く花が残っていません。桜は遅かったのですが藤は例年よりだいぶ早かったようです。
4/26 熊本大地震があって、保存食確保しておかなくちゃとカップ麺探し。これまで食べたことがないモノもこの際購入。余震も減ってきたので少しずついただいております。カップ麺のなかで独特のジャンルを構成しているのが、即席ちゃんぽんですが、これまではマルタイの長崎ちゃんぽんが有名じゃなかったですかね。今回、テーブルマークの野菜たっぷりちゃんぽんを食べてみました。しっかり食感のあるキャベツともちもちの太麺で、これはいけます。おまけにノンフライ麺で279カロリーだそうです。スープはややパンチに欠けますのでコショーは必需品ですが、これはお勧めです。テーブルマークってあの冷凍麺のカト吉さんですよね。値段も98円とお手ごろです。テーブルマークのカップ麺というのがあるのは知りませんでしたが、メーカーのサイトを見るとそこそこあるんですね。ただそのサイトに上記の品が見つからないのはなぜ?
4/19 まず14日夜。突然携帯のヒュ、ヒュ、ヒュという警報音と、地震です、地震ですの音声メッセージ。テレビの画面に突然赤いテロップがながれ、九州地方で地震、×マークが熊本に描かれていました。とその状態で揺れ。わりにゆっくりゆさゆさと揺すられる感じの揺れでした。益城町ではなんと震度7。震源は10キロと浅く、ごく狭い範囲の直下型地震です。翌日は平穏で、徐々に余震もおさまるだろうという状態となり、まさかこの後本番が来るとも思わず、かねて予定していた友人との飲み会を遅くまでして帰って眠りについてほどなく例の本震でした。その後ほぼ1時間おきに緊急速報。ほとんど眠れず迎えた朝には、今度は湯布院、別府で地震。これはこっちに来るなと緊張しました。湯布院、別府は震度6弱ということもあって家が壊れたり、家具が散乱したりの被害が出ていますが、ここ大分は揺れはしても物が落ちてくることもなく平穏です。大分市の最大震度は5弱となっていますが、病院に近い野津原は4でこのあたりが体感に近い感じがします。多くの人工呼吸器の患者を診ているのでとにかく停電が怖い。なんとか停電を来たすような大きな地震は来るなと念じるしかありません。座っているとゆらゆらと体が揺れます。下は地面のはずなのに、なにか海に浮かんでいるような感覚で、その後熊本や阿蘇で震度3とか表示されます。震度1以下でも揺れは体感できるのだとわかりました。熊本、阿蘇の惨状は目を疑うばかりです。あの地でも多くの難病患者が病院で、在宅ですごしているはずです。彼らの無事を願わずにはおれません。そして夜。つけている民放のコマーシャルがACジャパン一色でした。東日本大震災のころを思い出す情景です。思えば私たちが子供のころは大きな地震などは歴史だけでした。関東大震災とか、宝永地震とか。それが阪神大震災のころからしょっちゅう大きな地震が起こっています。列島の歪がそういう時期になっているのでしょうか。
4/10 土曜の午後、午前の外来を終えて別府で上架作業が終わった愛艇を大分に回航しているときに携帯が鳴りました。土日の当直予定のDrが急病で入院したと。あわてて船を大分に繋いで別府にJRで戻って車に乗り換え病院へ。なんとかぎりぎり当直に間に合いました。さて、久しぶりの土日当直です。以前はよくやっていたのですが、病院当直を基本外注に出してから休日当直はなくなっていました。ただ平日は有休、年休ゼロなので、土日当直になると2週間休みなしという拘束感は強めです。休日当直は、ほぼ入院生活みたいなものですから考えるのは食べることばっか。入院患者さんと同じものを食べて感想を書かねばなりません(検食といいます)。病院食もモダンになってまして日曜朝は洋食。小ぶりなコッペパン2個が主食になっていました。空腹で目が覚めてこれじゃつらい。トースト2枚ならいいけど、これは軽すぎじゃない?1個はパンでいいけど、も一個は小さなおにぎりに変更してよと検食簿に注文つけたりしました。わがままで食いしん坊の院長のおかげで栄養士さん困るでしょうね。
さて、暇なのでちょっとクルマのことでも書いてみましょう。軽自動車の歴史というと、スバル360が有名ですが、ヤマモト家は一生マツダだったものですから、わが家初代のクルマはR360クーペでした。ついでキャロルに進みます。これは4気筒でした(たしかR360クーペは2気筒)ので、軽らしからぬ重厚なエンジン音がしたものです。もちろん私は子供でしたので運転してませんから操縦性などはわかりません。スバル360も知りません。私が最初に運転したのはホンダN360です。廃車置場のN360を1万5千円で譲ってもらいました。当時軽は車検もありませんでした。ローに入りにくいドグクラッチ。ダブルクラッチやらヒール&ツウなどを練習したのですが、1年持たずにエンジンがブローしてしまいました。ボンネット開けたら、オートバイのエンジンが鎮座してたっていうあれです。そういう軽自動車のなかで感動したのは次の2台。初代660のミラJと、二代目ジーノ。ミラJはVWジェッタを使っていた時期にかぶるので、そのサスの安定性はドイツ車なみと思えました。トヨタあたりの1000cc車よりよほどしかりしてるぞと。最後に岡山まで陸送したのですが、100キロより120キロの方が振動が少なくて走りやすい。しかしエンジン音はものすごく、ミーという高周波音が耳に残像として残りました。このころからダイハツのファンです。さてジーノ。初代ではなく、二代目の方を購入。丁寧なつくりと品のあるたたずまい。いまだこれを越える軽はないと思っています。ジーノが打ち切りになってココアとかいう女子車になって真剣落胆したものです。いや、ココアが後継とかじゃない、後継はラテじゃないか思いましたが、これも無駄に間延びしたデザインでがっかりでした。ジーノの後継は途絶えたのかと思っておりました。たぶんイギリスあたりからミニのパクリとかクレームがついたのかなと。ところが妙なのがダイハツさんから出てきました。キャストでしたっけ。少しジーノ顔しています。でも無駄にマッチョで品がない。コペンも思いっきり品がなくなってしまいましたし、ダイハツさんどこへ行くぅ〜?
4/1 連ドラ、あさが来たもいよいよ明日が最終回です。NHK大阪も久しぶりにいいものを出しました。私はカーネーション以来の出来ではないかと思っています。しかし、気になることも私が医者のためですが、いくつかありました。主人公の朝さんや、元大番頭の雁助さんはかなり長期間意識を無くしていたようですが、この間の水、栄養管理はどうやっていたのでしょう。まだ点滴などはなかった時代のはずです。そのような時代にあって10日間も意識不明で経口摂取ができなければ、まず助からないのではないかと思うのですがいかがでしょうか。ひょっとして太い胃管とか入れていたんでしょうか?もうひとつ。4月1日の最終回イブで新次郎さんが亡くなるのですが、この死に方がおかしい。かなり前から体調不良を匂わせていますが、最後は一瞬で意識を無くし、しかしまた意識を戻して皆に見守られて亡くなる、というストーリー。いったいどういう死因なんだと頭かかえてしまいます。ドクターGで解明していただけないものでしょうか。
3/22 お彼岸の連休は、久しぶりに海に出てみようと考えていましたが、日曜は強風。月曜は異様に空気が澄んで風もさほど強くなし。空気の澄み方が最近ないほどで、大分市内のすぐ向こうに対岸国東の山が立っているように見えるほどです。となりのメンテナンスをされているヨット乗りにご挨拶して午前中から港を出ました。風は北東。しかしうねりがひどい。1.5mくらいのうねりが次々打ち込んできます。ヨットの上にフリーハンドで立てないほど。メインセールはあまりに船が上下するので上げるのをあきらめ、ジブセールのみで航行です。別府湾は北東の風のときが一番波が高くなるのです。北東からの風、それはシベリアからの直行便です。空気が澄んでいるはずです。サングラスをしていても眩しい。風は強くないのでスピードは出ないのですが強いうねりの上下で何やら船酔い気分。これも久しぶりの感覚でした。2時間ほどで港に戻りあとは船内で校正作業。家でやるよりよほど進みます。でももうすぐ船内におれないほど暑い日々がくるかと思うと憂鬱です。大分はいまだ桜咲かず。私の予想は18日だったので大はずれとなりました。
3/1 昨夜12時前に外に出てみました。無数の大きな雪がふわふわと舞い降りてくるという大分では滅多に見られない景色でした。すでに車の屋根には雪が積もり始めています。今年の冬は暖かくなったり冷え込んだり。三寒四温といいますが、極端だったですね。先週土曜はラストと考え九重のナイターに行ってまいりました。この土日がラストナイターなのです。その日の大分市の気温は17度。生暖かい。午後から雨という不吉な天気予報でしたが、昼過ぎても晴れ間があって、これならなんとか持つかなと期待して。スキー関係の掲示板などで出ていますが、西日本の今年の冬は平日最高、土日最低という気象条件でした。土日が雨で月曜から寒波。着いてみると意外や意外。今年最もよい雪なのです。アイスバーンなし、適度な湿り。今年マスターした後傾で滑る、というテクニックが、荒れた雪面におけるファンスキー(スキーボード)の有効な滑り方であることを再認識しました。思えばスキーを本格的に始めたときに、元イントラのコーチから、前傾、前傾と怒られました。ただ彼も新雪は後傾ですけどね、と言っていました。今はその当時の長い板ではありませんが、短い板では、後傾で落ちるように滑るというのは実に爽快なのです。前傾だとアイスバーンから雪だまりが続くと抵抗が突然変わるので足に衝撃が来て楽しく滑れません。そこを後傾でやると実に楽しく滑れるのです。西日本の荒れた雪面は、後傾だ!などと叫んでまいりました。ただし7時半を回ると雨。ウエアが水浸しになって撤収でした。
2/23 明星鉄板やきそばという袋麺があります。最近滅多にスーパーなどで見かけなくなっています。日清の焼きそばや、ペヤング、香港やきそばなんてのはあるのですが、なぜか有名メーカーにもかかわらず明星さんのがありません。もひとつ言うと、明星さんのはあっても5個入りセットだけで、個売はないんですね。しかし以前から私これが好きでした。といってももう何年もいただいておりません。5個入りを買わねばならないからです。今回思い切って5個入りを買ってさっそく作ってみました。おや?味が薄い。まるでペヤングさんのやきそばみたい。ペヤングが例の事件で有名になったので味を寄せたのでしょうか。ソース入りの小袋が明らかに昔より小さい。いやまてよ、昔は一度粉末に変わったのじゃなかったけ。ということで二回目はウスターソースを多少追いかけして焼いていただくことにしました。話は違いますが、この袋麺のタイプは確かに焼くので、焼きそばですよ。それを焼きもしないのに焼きそばをうたうUFOとかの焼きそばタイプのカップ麺は凄いですね。よく焼きもしないのに焼きそばと名乗ったと、これまた開発者のご慧眼に敬意を持ってしまいます。
2/5 お正月が来てもう1ヶ月経ちました。新年のご挨拶もせずにこのブログを放置していてすみません。さて、冬といえばウインタースポーツ、まあ私の場合はスキーですが、ここ数年九重オンリーのスキーライフです。週末か日曜のナイター専門で通ってまいりました。しかし今年は、正月でエアコン入れなくちゃいけないかってくらい暖かく、この分では今年はなしかって思っていましたが、やはり来ました冬将軍。30年来の大寒波が来るぞとTVは警告。3日分の食料を備蓄せよとまで叫んでおります。おかげでスーパーやらドラッグストアからパン類が消滅。そして迎えた1月17日。確かにうっすら白くなっていました。日中でも気温は1度から2度。ライブカメラを見ますと、花公園のあたりは真っ白。こりゃスキーヤーの端くれとしては、行かなくちゃいかんだろうと気持ちを奮い起こし、昼過ぎに大分を出発しました。野津原までは全く雪なし。しかし今市あたりから道路もまわりも真っ白に変貌。クルマの外気温計はマイナス8度なんて数値を出しています。花公園を過ぎて三愛レストハウスのあたりでレッカーに引かれていく顔を潰したCX5に出会います。そこから筋湯への林間道路。雪の壁面に張り付いているクルマが何台か。四駆のプラドまで車輪落としています。わがデリカは、最後の上りで四駆ロックモードにも関わらず尻を振りましたが無事九重スキー場に到着。ゲレンデに出てみると異様な寒さ。一本滑ってみると、頭痛がします。何本か滑るとゴーグルとネックウオーマの隙間の鼻がちぎれるような痛み。頭痛もさらに増して吐き気までします。それに暴風と吹雪。ここは九州かと思える状態。ナイターに入ると滑っている者はほんの少数に。頭痛と吐き気のため、この苦行を続ける気力も失せて、19時には撤収です。クルマに戻って外気温計を見るとマイナス15度。フロントガラスはびっしり雪が付き、書き落とすのも大変。いやー疲れました。

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