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2011年10月20日 大分日赤人工呼吸器事故に思う

先日私はATMのカードを変えた。それまで単なる銀行のATMカードであったのだが、それまで入っていたクレジットカードが別の銀行の事情により扱えなくなり、クレジットカード機能つきのATMカードに変更したのだ。で、預金を下ろそうとしたが、はねられてしまう。3回やってみてやっとわかった。ATMカードとしてではなく、クレジットカードとして預金を下ろそうとして(というよりキャッシングしようとして)いたのだった。幸い、キャッシングは無効に設定していたのでエラーで撥ねられただけであったが、キャッシングを有効にしていたら、自分は預金を下ろしたつもりでキャッシングしていたかもしれない。少し怖ろしいことだ。このことは、キャッシングにおいても、画面のパスワードの案内などがATMとほぼ同じであるので、ATMカードとして思い込んでいると、疑問を持たず進んでしまうことに原因があるのだ。そういう事例が医療現場に起こったと思えるのが、今回の大分日赤人工呼吸器事故なのである。

10月初旬に起こったこの事件は、全国ニュースに都上りした。40代の患者は亡くなり、異常死として警察に届けられ、事件となったのである。一体何が起こったのか。当方からの関係者などへの聞き取りに基づくため、精確とまでは言えないかもしれないが、大きな外れではないと思えるその実態とは、以下のようなことである。

日赤の救急病棟に低酸素脳症で搬入されていた女性患者のICUでのケアにおいて、看護師が痰の吸引をしようとして、@人工呼吸器をサクションモードのスイッチを入れ Aディスプレイの確認画面でOKとし B人工呼吸器の呼吸管を外して吸引操作を行い C呼吸管を元にもどした。なされたことはこの一連の作業であった。そして数分後(8分後と言われているが確実ではない)、患者が心肺停止となっていることが発見されたが、DNRの取り決めがなされていた患者であったので蘇生処置が行われなかった。そのため事故死亡ということになり警察に届けられた。確実ではないことだが、その病棟では、痰の吸引の際にはサクションモードにして人工呼吸器を一時停止させることになっていたようだ。サクションモードであれば、短時間で人工呼吸は復帰する。止まっている間はアラームは鳴らない。しかし、人工呼吸器のログには、サクションモードではなく、スタンバイモードに入っていたことが記録されていた。私自身は、そのICU用の人工呼吸器を扱ったことはないが、ディーラーによれば、スタンバイモードもサクションモードも、ワンタッチではなく、確認画面が表れるとのことであった。そしてその両者は、聞いてみると、極めてよく似ているということであった。地元の報道では、看護師が吸引のときにスタンバイモードにして、吸引後その解除を行わなかったとしているが、おそらく事実はそのような簡単なことではない。なぜなら当該の看護師は、スタンバイモードになどはしていない、サクションモードにしたと主張しているらしいからだ。

医療関係者なら、何が起こったかだいたい想像できるであろう。それは、@看護師は、サクションモードを押したつもりであった。A確認画面もサクションモードの確認と思った。Bスタンバイモードにしたつもりはないので、吸引が終わったあとも機械を復帰させなかった。だいたいこういうことであろう。私がクレジットカードをATMカードと思い込んで操作したあの状況と同じなのだ。10年位前に、PLVの呼吸停止事件というのが全国的に何件も発生し、看護師が業務上過失を問われた事案もある。これは、PLVのアラーム消音ボタンとメインスイッチが隣あわせにあり、消音ボタンを押したつもりがメインスイッチを押したのではないかと疑われている。しかし、当時の機械にはどういう操作がなされたのかという記録は残らず、結果として議論は水掛け論に終わってしまった。しかし、今の人工呼吸器はPCの能力を持っているため、操作記録が残り、検証が可能である。ここで何が問題になるのか。看護師が勘違いしたことが問題なのであろうか。フェイルセーフという概念がある。何か勘違いしても、気がつくようにして事故を防ぐというプログラムである。スタンバイモードへ入ることと、サクションモードに入ることの違いは大きい。同じように入れてしまうと、それは確認画面があったとしてもフェイルセーフが非常に弱いと言えるのだ。この重大な勘違いを防ぐためには、違うプロセスにする必要があったのだ。両者で全く操作系を変える。たとえばサクションモードはワンタッチで入れるが、スタンバイモードは長押ししないと入れないとか、爆弾マークが出てきて、先に進むためにはサクションモードとは違う操作をしないといけないとかである。

担当の看護師の業務上過失を問うことはたやすいであろう。しかし、勘違いや思い込みというのは絶対に起こるのである。勘違いのまま素通りしてしまうプログラムこそが本質的な問題であり、改善せねばならないキーなのだということを理解しなければならない。今回DNRの設定とのことで、メーカーは民事訴訟を被るということはおそらくないだろう。それはメーカーにとって幸運ではある。しかし、この事件を奇貨として、今後同様の事故が起こらないよう早急にプログラムの変更をせねばならないと思う。PLVのときのように、同じ事故は必ず起こるからだ。次に起こったときは、メーカーは大きな責任を課せられることになるのである。