『ウッドデッキができるまで』
は じ め に
故郷福岡にUターン後まもなく訪れた
1999年春の日
古いアパートの階段(2階)踊り場に置かれた、何の変哲もない縁台で
おばあちゃんたちと猫が仲良くくつろぐのを見て
心が和んだのがきっかけ。
ああ、
こんな風景が我が町にもまだ残っていたのね
そして
その光景は
こころの過去ログリンクボタンを押し
1993年頃
農業見習いで住み込んでいた農家(熊本県)で体験した
「縁側コミュニケーション」の回想に至る。
・・・
田舎の縁側は多目的スペース。
ご近所さんとの密な日々のコミュニケーションはもちろんのこと
同業者同士が仕事のノウハウを情報交換したり、
自慢の手作り食品を物々交換したり
あるときは乾物スペースとして、庭作業中のくつろぎスペースとして
またあるときは行商人との商談室として、
梅雨時は洗濯干しスペースとして、春と夏は昼寝と読書ポイントとして
日々の暮らしに無くてはならない場所のように実感しました。
なのに....
最近の住宅はセキュリティを重視するあまり
縁側という日本ならでわの社交と和みのオープンスペースが姿を消しつつあるようで。。
都会の集合住宅においてはきっと仕方ないこととは思いますが、
田舎暮らしを半年経験直後、再び戻った大都会で
閉鎖的な建物の中に単身者や核家族が暮らしている光景は大変奇異に感じました。
・・・
通算15年ほど住んでいた都会での暮らしは楽しくもありましたが、
お勤め人時代なんて特に
お隣さんの顔すら知らないまま短期間で引っ越しを繰り返したりもしてました。
そんな私も独立して自宅SOHOを始めたものの、いきなりどのようにご近所の方と交流をしたらよいのか?
子供やペットでもいないことにはなかなかとけ込むきっかけがありません。
・・・
1998年秋
諸事情で実家のある福岡にUターンことになりました。
都会暮らし中には想像もできなかったほどの
膨大なゆとり時間が一気にもたらされ、途方にくれました。
ずっと長年
マンションのベランダや屋上でくつろぐのが何よりの楽しみだった虹色ですが、
虹色の実家にはベランダも縁側もありません。
幸いにしてちょこっとだけ駐車スペースに取った庭がありました。
ここにテラスがあるといいなぁ
と、冒頭のきっかけから
日々イメージするようになりました。
・・・
1999年春に話を戻しますが
さっそく市内各所にある主要ホームセンターや、エクステリアの大手メーカーショールームをリサーチ、
ガーデニングショーを見に行ったり、インターネットで検索したり...しかしどれも見積額以前に
私が望むような構造を作れる素材と業者が存在しないことに気づく。
そんなわけでそのまま計画は保留。
時は流れ....
2001年GW中、事務所用の棚を3つ自ら設計制作したのがきっかけで
毎日のように足を運んだ近所のロイヤルホームセンター(吉塚店)で理想的な新素材
「サザンイエローパイン」2×4木材を発見!
そして店頭の施工例の写真と見積金額を見て感動!
専門スタッフに相談、作り方等の詳しい説明を受け、
同素材の端材で作られた木煉瓦をサンプルに買って帰る。
それから、
あらかた自分で寸法を測ったメモを持参し+父母連れて施工相談に来店(2001.5.20)
そして現地で実測(2001.5.24)見積をFAX頂き、家族で会議をする(2001.5.末)
再度打ち合わせ来店(2001.6.8)を経て、施工契約する(2001.6.13)
ということで
前置きが大変長くなりましたが
2001年6月24日、虹家の庭改造計画がついにスタートしました!
虹家の庭2001年大改造計画