かわら版 平成24年4月11日号


第36回都城市特別攻撃隊慰霊祭について


平成24年4月6日(金)定例となっている上記の慰霊祭が、今年も場所は同じ
都城陸軍墓地の特攻慰霊碑前で奉賛会主催で行われた。
私も福岡県偕行会長・陸士57期生会九州代表として参加をした。

昭和20年4月1日、米軍の沖縄上陸攻撃に合わせて第1特別振武隊(隊長・
林少尉以下8名)が4月6日都城西飛行場から沖縄方面敵機動部隊めがけて
特攻突入したのを始めとして、計10隊が17次に分かれて85名が当時最新鋭
であった四式戦闘機(疾風・はやて)に乗って特攻を行ったのである。
10隊共指揮官(隊長)は私共同期の陸士57期生である。10名のうち8名は
陸軍航空士官学校卒、1名は陸軍士官学校入校後1次で航空転科、残る1名
金丸亨君は陸士卒業と当時に戦車兵から航空に転科したのであるが、いずれ
も優秀な猛者揃いであった。私は歩兵科であり、陸士卒業後会津若松の155
聯隊の聯隊旗手を勤めていたが、航空兵を志願して転科して、当時は千葉習志
野の偵察学校で航空兵としての再教育を受けていた。
金丸君とは陸士本科では同じ8中隊での隣区隊で、起居を共にした仲である。

私事であるが4月6日という日は私にとっては昭和13年に母を、昭和24年に
兄をそれぞれ病で亡くした命日であります。その墓参の為当初は同日である
都城の慰霊祭には失礼していたのであったが、都城市で建てられた慰霊碑に
加えて我が57期生会での慰霊碑も建立したので、それからは毎年慰霊祭に
57期生として参加をしてきたのであります。
この行事では特攻で亡くなった方に合わせて、特攻を掩護して作戦した各飛行
戦隊からも64名の方が戦死殉職(この中には57期生も含む)されました。
当日は奉賛会(各地と同じ様にここも会長は市長さんです)から予め要請があり、
会長の祭文に続いて私が追悼の詞を述べる事となりました。

当6日は朝5時に起床して福岡空港から宮崎空港へ、ここから8時30分発の
バスで西都城駅着、毎年の事ながら特攻隊長生き残り(金丸君より早く突入
の予定が命令の具体で後となり終戦となった)である大阪からの藤井君と一緒
になり、タクシーで現地着。我々57期生も段々と減って本日は僅か6名の参加
となった。
式典は予定通り進行し、私も追悼の詞を(5分内)少し早口ではあったが無事
申し納めました。我々57期を始め偕行会員で校歌を唱い、少年飛行兵出身者
と共に「海ゆかば」「加藤隼戦闘隊」「同期の桜」を合唱した次第でありました。
当日は晴天で、且つ満開の桜(去年は大分散っていた)の下で昔の勇士を偲ぶ
事が出来た有意義な日であり、我々57期生は芝生の中の亭で宮崎57期生会
世話人緒方君の好意による弁当をいただき乍ら昔話に花を咲かせた。

終わって私と藤井君とは地元の世話人であったが3年前に亡くなった同期生の
伊黒君(居合道10段範士)の霊前にお詣りして宮崎空港に向かった。
宮崎空港では滑走路北端にある陸海軍の爆撃機による特攻の慰霊碑(明日が
慰霊祭らしく、その準備をしてあった)に参拝してから夕方の航空便で帰福し、
一日を終えたのであった。


 
               追悼の辞

平成二十四年度 都城市特別特攻隊戦没者慰霊祭にあたり、ここ都城より発進
され、或いはその掩護の任に当たられ、それぞれ戦死一部殉職された方々に対
し、かつて共に戦ってきた同級生・戦友として謹んで追悼の辞を申し上げます。
昭和十六年十二月、ABCD包囲網を敷く米英等に対し、自存自衛の為立ち上
がって始まった大東亜戦争でありましたが、当初二ヶ年の破竹の勝利進撃も、
海軍のミッドウェー作戦の思わぬ大失敗を境として次第に形勢は逆転し、南海
の孤島や硫黄島の玉砕が続く事となり、遂に昭和二十年四月一日、敵は沖縄
本島に大艦隊の掩護のもとに上陸を開始するに到りました。
ここにおいて群がる敵艦舶に対し海軍のみならず陸軍も友軍の急を救うべく必
殺の体当たり特攻を行うの止むなきに至ったのであります。
本土各地は言うに及ばず遠く満洲・支那戦線からも連日勇士が重い爆弾を吊っ
ての不自由な操縦をし乍らの特攻が繰り返されたのです。
当都城に於いても所在の第百飛行団から第一特別振武隊が編成され、昭和
二十年つまり六十七年も前の本日、西飛行場から出撃して沖縄近海の敵艦船
に突入したのに続き、計十隊十七次八十五名の方が当時最新鋭であった四式
戦(疾風、はやて)によって特攻散華されました。更にこの特攻を掩護する各戦
隊からも六十四名の戦没者が出られた事も忘れることは出来ません。
特攻各隊の隊長は、陸軍の伝統通りわが同期陸軍士官学校五十七期生であり、
隊員もすべて前途有望な若者です。貴方がたは国の為、家族の為にと、この
難局に身を挺して殉じられたのであり、その崇高な精神とすざましい行動力とは
末永く我が日本人の魂に感動を与え続けるものであります。
昨年三月十一日 突然東日本大震災が発生し、今尚行方不明を含め約二万名
近くの方が亡くなられ、多数の方が被災される大損害が生じ、未だ仮設住宅生
活の方も多く、瓦礫の処理もままならない状況です。然し乍ら、災害発生時から
の現地の方々の行動は世界賞賛の的であり、国民の協力も得られつつありま
す。その底流にあるものはこの特攻慰霊にも通じるものがあると思います。
更に目を転じて近隣諸国を見ると、尖閣諸島、竹島、北方四島等々の領土問題
や支那の軍備大増強、北朝鮮のミサイル発射等々油断のならない状況が続い
て居ります。貴方がたに守られて出来た平和を守り続け、在天の英霊が安じら
れる様、私共も努力を重ねる所存であります。
終わりになりましたが当奉賛会を組織され、永年この慰霊祭を主催され顕彰さ
れてこられた都城市及び市民の方々に、私共は軍人として且つ偕行会として
心から感謝し御礼申し上る次第であります。

                  平成二十四年四月六日

                  陸軍士官学校第五十七期生会
                   福岡県偕行会会長
                      菅 原  道 之





 主翼下面に250s爆弾、左主翼下面に200リットル入落下タンクを懸吊し、九州の
  都城飛行場と思われる基地から出撃する陸軍特別攻撃隊の四式戦。 陸軍の最新
  鋭戦闘機にもかかわらず、戦況の悪化とともに、四式戦も多数が特攻機と して投入
  された。




 特別攻撃隊戦没者(特攻戦死者79名)

 ※ ●隊長 ○副隊長
               【氏名の並びは出撃順】

 第一特別振武隊          第六一振武隊
 ●林       弘 (20才)     ●岡 本     勇 (20才)
   林    玄 郎 (25才)      若 杉 潤二郎 (24才)
   田 中 二 也 (24才)      長谷川 三 郎 (19才)
   友 枝 幹太郎 (23才)      田 中 英 男 (20才)
   浜 谷 理 一 (22才)      請 川 房 夫 (18才)
   上 津 一 紀 (20才)      篠 原 穗津美 (18才)
   石 賀 兵 一 (20才)      香 川 俊 一 (18才)
   ヲ 谷    毅 (26才)      橋 本 初 由 (23才)
   伊 藤 二 郎 (26才)      山 本 隆 幸 (19才)
   斉 藤 信 雄 (20才)      沖 山 富士雄 (18才)
                        新 井 武 夫 (19才)

 第六〇振武隊           第五七振武隊
 ●平 柳 芳 郎 (21才)     ●伊 東 喜 得 (21才)
   柴 田   治  (22才)       唐 沢 鉄次郎 (24才)
   田 中   治  (20才)       吉 川 富 治 (24才)
   吉 永 成 明 (19才)       戸 沢 吾 郎 (22才)
   若 杉 正 喜 (19才)       西 田    久 (18才)
   永 田 利 夫 (19才)       小 林 昭 二 (18才)
   堀 元 官 一 (18才)       山 下 孝 之 (19才)
   倉 元 利 雄 (30才)       高 埜    徳 (19才)
   荒   正 彦  (18才)       志 水    一 (18才)
   向 井   忠  (19才)       青 木 清 二 (19才)
                        棧    武 夫 (19才)

 第五八振武隊           第五九振武隊
 ●高 柳    隆 (20才)      大 竹 s 一 (22才)
   高 田 光太郎 (26才)      小 川    栄 (18才)
   上 田    徳 (26才)      永 添 照 彦 (19才)
   西 村 潤 二 (23才)     ●野 口 肇太郎 (21才)
   宮 尾 克 彦 (24才)       芦 刈 茂 金 (23才)
   富 永    靖 (21才)       田 中 平 一 (23才)
   国 吉 秀 俊 (21才)       御宮司 秀 雄 (23才)
   今 村 岩 美 (19才)       近 藤 一 一 (19才)
   藤 山 恒 彰 (18才)       増 岡 武 夫 (19才)
   栄    龍 志 (20才)
   紺 田    博 (20才)
 
 第二六振武隊           第二七振武隊
 ●相 良 釟 郎 (20才)     ○川 村    勝 (21才)
   木 村 清 冶 (22才)      奈 良 又 男 (25才)
   永 島 福次郎 (21才)      原 田    栞 (26才) 
   西 宮 忠 雄 (22才)      矢 口    剛 (25才)
                        熊 沢 弘 之 (22才)
                        高 橋    毅 (22才)

 第一七九振武隊          第一八〇振武隊
 ●金 丸    亨 (20才)      新 田 祐 夫 (18才)
   江 副 保 郎 (21才)      宇佐美 輝 夫 (18才)
   太 田 外茂行 (20才)
   松 尾 秀 雄 (22才)
   浜 田    斉 (19才)




第百飛行団 戦没者名簿
 (※ 都城特攻隊の出撃期間中の戦没者を一白会名簿より抜粋)

飛行団司令部

氏名 階級 年月日 場所
松井 清志 軍曹 20.04.29 都城西 敵機飛行場攻撃 戦死
山下 正雄 伍長 20.04.29 都城西 敵機飛行場攻撃 戦死
鎌形 徳治 伍長 20.04.29 都城西 敵機飛行場攻撃 戦死
野原 由雄 曹長 20.05.11 沖縄上空 戦死



飛行第101戦隊

氏名 階級 年月日 場所
田中 二也 少尉 20.04.06 沖縄特攻 戦死 【都城特攻隊員】
友枝 幹太郎 少尉 20.04.06 沖縄特攻 戦死 【都城特攻隊員】
浜谷 理一 少尉 20.04.06 沖縄特攻 戦死 【都城特攻隊員】
ヲ谷  毅 軍曹 20.04.06 沖縄特攻 戦死 【都城特攻隊員】
上津 一紀 伍長 20.04.06 沖縄特攻 戦死 【都城特攻隊員】
斉藤 信雄 伍長 20.04.12 沖縄特攻 戦死 【都城特攻隊員】
柴田 宗太郎 中尉 20.04.12 奄美大島 戦死
児玉 正美 中尉 20.04.15 沖縄飛行場攻撃 その後地上戦闘で戦死
佐々木 福男 少尉 20.04.15 沖縄飛行場攻撃 戦死
白川 銀三郎 伍長 20.04.17 都城東飛行場上空 戦死
末永 正夫 大尉 20.04.17 奄美大島東方海上 戦死
小田  博 大尉 20.04.28 沖縄上空 戦死
永井 真古刀 少尉 20.04.28 沖縄上空 戦死
小松  繁 少尉 20.04.28 都城東 戦死
奥井 俊宏 少尉 20.04.28 沖縄上空 戦死
下條 誠道 少尉 20.04.28 沖縄上空 戦死
稲富 謙治 准尉 20.04.28 沖縄上空 戦死
河津 有吉 准尉 20.04.28 沖縄 戦死
鈴木 達雄 少尉 20.05.04 沖縄上空 戦死
白川 文雄 准尉 20.05.11 沖縄上空 戦死
渡辺 忠義 沖縄 戦死



飛行第102戦隊

氏名 階級 年月日 場所
金沢 武要 少尉 20.04.06 沖縄特攻 戦死 【都城特攻隊員】
林   弘 少尉 20.04.06 沖縄特攻 戦死 【都城特攻隊員】
林  玄郎 少尉 20.04.06 沖縄特攻 戦死 【都城特攻隊員】
伊藤 二郎 少尉 20.04.12 沖縄特攻 戦死 【都城特攻隊員】
石賀 兵一 伍長 20.04.12 沖縄特攻 戦死 【都城特攻隊員】
藤江 徳夫 軍曹 20.04.15 沖縄戦死
永倉 寛二 中尉 20.04.17 奄美大島東方海上 戦死
太田 政義 少尉 20.04.17 奄美大島東方海上 戦死
野口 裕文 少尉 20.04.17 奄美大島東方海上 戦死
本多 正一 准尉 20.04.17 奄美大島東方海上 戦死
福島 和彦 軍曹 20.04.29 都城 戦死
清水  保 中尉 20.04.11 沖縄飛行場攻撃 戦死
石井  清 少尉 20.05.11 沖縄飛行場攻撃 戦死
東山 岩男 曹長 20.05.11 沖縄飛行場攻撃 戦死
山崎 正男 少尉 20.05.11 沖縄飛行場攻撃 戦死
森山  衛 少尉 20.05.11 沖縄飛行場攻撃 戦死
田中 義一 少尉 20.05.11 沖縄飛行場攻撃 戦死
山谷  進 少尉 20.05.11 沖縄飛行場攻撃 戦死

〜〜第百飛行団(第101・102戦隊)の特攻隊員について〜〜

飛行部隊が都城に配置された当初は、特攻作戦の準備が十分整っておらず、
特攻隊員が少なかったため、掩護隊である第101・102戦隊から10名が志願
して特攻隊員となりました。はじめから特攻隊として編成された隊ではなく、都城
において第101・102戦隊の人員や飛行機を用いて急遽編成された隊であった
ため、隊の名も特別振武隊と命名されました。



飛行第103戦隊

氏名 階級 年月日 場所
杉山  林 少尉 20.04.15 沖縄北飛行場攻撃 戦死
和田 純雄 伍長 20.04.15 京都 殉職
羽山 庫之助 少尉 20.04.17 奄美大島東方海上 戦死
西本 日出男 少尉 20.04.17 奄美大島東方海上 戦死
古橋 鐸男 軍曹 20.04.17 奄美大島東方海上 戦死
出口  守 少尉 20.04.22 諏訪瀬島上空 戦死
田中  健 伍長 20.04.22 沖縄 戦死
松本  啓 少尉 20.04.28 喜界ヶ島から転進時 戦死
加藤 利佑 少尉 20.04.28 喜界ヶ島転進時 戦死
畔上 春彦 少尉 20.04.28 喜界ヶ島から転進時 戦死
沖中 健市 少尉 20.04.28 喜界ヶ島から転進時 戦死
村尾 正臣 少尉 20.04.28 喜界ヶ島から転進時 戦死
沢田 清作 曹長 20.04.28 喜界ヶ島から転進時 戦死
上村 長年 少尉 20.05.11 沖縄飛行場攻撃 戦死
山崎 秀一 少尉 20.05.11 沖縄飛行場攻撃 戦死
稲田 光男 伍長 20.05.11 沖縄飛行場攻撃 戦死
山下 磯一 軍曹 20.05.14 鹿屋上空 戦死
平山 英二 伍長 20.05.14 鹿屋上空 戦死
遠藤 正弘 少尉 20.05.25 沖縄 戦死
中島  戌 少尉 20.05.25 沖永良部上空 戦死
沢近 太郎 少尉 20.05.25 沖縄 戦死
稲原  茂 少尉 20.05.25 沖縄 戦死
坂元  巌 少尉 20.05.25 沖縄 戦死
豊田 五郎 曹長 20.05.25 伊江島上空 戦死
丸子 久一 軍曹 20.05.25 沖縄 戦死
高橋 武次 伍長 20.05.25 沖縄 戦死
新田 豊蔵 伍長 20.05.25 沖縄 戦死
渡辺  滋 伍長 20.05.25 沖縄 戦死