かわら版 平成25年5月15日号 その2



第42回 萬世特攻慰霊碑慰霊祭について
     

      日時 平成25年4月14日(日)
            ここは毎年4月の第2日曜日開催である
      場所 鹿児島県南さつま市(旧 加世田市)
            萬世特攻慰霊碑前


1.経過
ここの慰霊事業は萬世特攻慰霊碑奉賛会と南さつま市市役所とを中心に実施
されて居り、奉賛会は歴代の市長が会長を兼ねて居られ、事務局は
〒897-1123 鹿児島県南さつま市橋1955番地3 萬世特攻平和祈念館内
(電話0993−52−3979) にあります。
本年もご案内をいただいたので、田中福岡県偕行会事務局長と二人での参加
の返事を申し上げました。

ここも知覧同様、鹿児島中央駅西口より10時に現地までの特別バスを、(帰り
も式終了後現地より出発地点まで)無料運行してくれて助かります。
当日は博多駅を7時53分の九州新幹線で出発したが、速いもので9時30分に
は鹿児島中央駅着、特別バス10時発で現地には11時頃着きました。

鹿児島県57期生会長兼県偕行会長であった矢崎君が昨年12月に亡くなって、
今年の対応に一抹の不安もありました。というのは57期同期生会としては、この
基地からも4名の同期生が特攻して居りますので、毎年花輪・その他を捧げて居
たのですが、全国同期生会本部が昨年度で解散しました。その為、事前に本部
と交渉して鹿児島県には知覧と萬世との2ヶ所分、宮崎県には都城1ヶ所分毎年
3万円づつ納める為、永代神楽料として各30万円づつを鹿児島分は矢崎君に、
宮崎分は緒方君に送金しておいたのです。都城の場合は緒方君は毎年3万円
づつ奉賛会に納めて居るが、矢崎君の場合は一括して30万づつ2奉賛会に納
めたと報告を受けていました。その矢崎君が亡くなったので現地でどう対応して
いるかという心配です。
案の定、萬世では陸士57期生会の名前も花輪も出ていませんでした。早速事
務局に「30万円納めたのは永代神楽料なので花輪等は毎年出してください」と
掛け合ったところ、会も理解して、すぐ陸士57期生会の花輪も追加して下さり一
安心したのでした。

13時までの間ゆっくりと記念館1・2階を廻り、同期生や知人の遺品や写真等を
ゆっくりと拝むことが出来ました。
中食は仮設テントで例年現地の婦人方がうどん・そばを提供して下さるので感謝
しつついただきました。今回は57期生も特攻戦死者中島君の妹さんの代理として
大阪57期会の東井伍郎夫妻・藤井君、地元の石神君・萩原君も出席したので、
花輪と「よろずよに」碑の前で記念写真も撮ることができた。

13時の開会時には総勢400名位となった。ここの元特攻隊員で生き残ったという
縁で慰霊顕彰に努力され、この平和祈念館や「よろずよに」碑等の建設の原動力
とし、毎年出席されていた苗村七郎氏が昨年亡くなったという事であって、ご遺族
として息子さんの苗村夫妻(大阪在住)に感謝状の贈呈式が行われた。



2.式次第

              慰霊祭式次第

式中に例年通り慰霊飛行が海上自衛隊鹿屋基地から飛び立った自衛隊機により
行われた。
そして遺族・旧隊員等の紹介もあった。

 1. 開式のことば     奉賛会副会長
 2. 国旗掲揚        陸上自衛隊音楽隊(国分駐屯隊より)の演奏のもとで。
 3. 黙とう           同
 4. 追悼のことば     奉賛会会長
 5. 慰霊のことば   遺族代表・旧隊員代表として飛行第66戦隊員 上野辰熊氏
 6. 祭電披露
 7. 献   詠       錦城会 加世田道場
 8. 献   花 (菊)   遺族及び各会代表に続いて全員行う
                 (菅原も福岡県偕行会長として行った)
                  (陸上自衛隊音楽隊演奏のなか)
 9. 献   酒       旧隊員代表・遺族代表
 10.献   奏       陸上自衛隊音楽隊(「国の鎮め」他)
 11.感謝状贈呈
 12.南さつま市長あいさつ  
 13.若者の誓い      学生代表 皇学館1年生 星サチエさんが立派に
 14.合   唱(全員で) 陸上自衛隊音楽隊(「同期の桜」「加藤隼戦闘隊」)
 15.遺族挨拶       飛行第66戦隊 勝本多資氏(タスケ)の妹 勝本光子さん
 16.国旗降納       陸上自衛隊音楽隊演奏のもと
 17.閉式のことば     奉賛会副会長               15時



終了後15時20分発のバスにて鹿児島中央駅に送ってもらい、九州新幹線に
乗車。夕方には無事帰福した。



3.現地状況
(イ)慰霊碑建設は昭和47年5月29日であるが、平和祈念館建設に伴い平成5年
5月23日移設された。
萬世基地から出撃して戦死された特攻振武隊120柱、飛行第66戦隊72柱、飛行
第55戦隊6柱、海軍第一正統隊1柱、通信聯隊1柱、計200柱の部隊名・氏名・
及び出撃・戦死年月日が副碑に刻まれている。


(ロ)平和祈念館
建物・・・鉄筋コンクリート2階建、延818u(1階418u、2階400u)
    完成 平成5年4月30日
    開館 平成5年5月23日(落成記念式の日)


(ハ)萬世基地について
我が国三大砂丘の1つに数えられている吹上浜の南端に位置し、大東亜戦争が
急をつげる昭和18年の夏から昭和19年末にかけて本土防衛・沖縄決戦の陸軍
航空基地として、急ぎ建設された。
昭和20年3月より燃料を集積し始め3月末から陸軍飛行第66戦隊が配置され、
更に4月には第6航空軍の作戦計画によって特別攻撃隊及びその援護と防空の
飛行第55戦隊も配置されて特攻の基地となった。沖縄作戦の激しさと共に、飛行
第66戦隊及び特攻振武隊の諸隊、これを援護する飛行第55戦隊の若い勇士が
祖国護持の礎たらんとして、勇躍出撃し、南海の大空に散華したのです。
今ではその面影としては営門と水槽とを残すのみとなりました。この松風の中に
往時を偲び我が国の為にと散って逝った紅顔の英姿を偲びつつ多数の有志が協
力されて碑が建てられ、続いて祈念館が建設され、以来毎年4月の第2日曜日に
慰霊祭が行われて居るのです。