湯の街士業日誌 執筆者 田邊誓司
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| 081113号『風景と法令』 街並みを見ると、ビルや道路、公園、交差点、鉄塔などなど、いろんな光景が調和をなして見えます。 それらはすべて、それを創る段階において意志を結集し、 「これが最善だ」 と判断され、実行(建設)された結果の成果物であり、換言すれば、 〈社会のイデアの具体である。〉 ということになるでしょう。 このように考えるとき、社会の内的理念たるイデアは真であり、しかして善であり、結果として美となり 具現するとも言えます。 そして、かかる完成した風景の中の個々の具体物と、その全体としての風景自体が、社会のイデアの 具現たる文化であると考えられます。 一方、この考え方を法令に適用するとき、法が成立する前、すなわち法以前の内的理念としてのイデ アがあります。 これが前者と異なるのは、社会の構成因子たる個人あるいは法人の意志、及び意志具現のための 行為に、主に限定的作用を及ぼすにあると考えることもできます。 しかしながら、前者にしても「善い」の反面の「不善」に限定的作用を及ぼしつつ善が具現されてくる 側面を捉えれば、両者は全く接近してきます。 あえて両者の差異を挙げるとすれば、 〈前者は、イデアが物として具現した総体であるのに対し、後者は、イデアそのものに不善が混入しな いように作用する、内的秩序の総体である。〉 と言えるのではないでしょうか。 風景と法令、一見何も関係がないようなものの間にも、重要な共通点が眠っているのであります。 |
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| 081112号『包括承継と農地の時効取得』 いま、標記のような相続と時効の錯綜した事案がよく見受けられますので、いま時点で私の学習して いる主な内容をまとめ、今後の参考に供したいと思います。 例えば、父が自分の名義にしていないまま農地を平穏かつ公然に占有している。客観的にみて、時 効取得は明らかだという状況においてです。 さて、その父が死去し、登記はそのままの状態で息子が包括承継(=一般承継)のかたちで相続する とした場合、どんな法律関係になるのでしょうか。 では、いま時点での私の見解をまとめます。 ■包括承継した場合、時効取得を援用する権利までも承継したと解される。したがって、息子は時効 取得を援用し、当該農地を自分名義に保存登記することができる。〜平成13年に最高裁の判例が 出ている。 ■包括承継につき、単独で申請できる。 ■土地が農地であるため、父は当然に農地法第3条の許可を受け農地を占有すべきであり、そこに 過失が認められる。したがって、善意の10年以上20年未満占有の時効は認められず、悪意の20年 以上の占有による時効ならば認められる。〜これは、私が農地担当をしていた平成13年度にまとめ た「農地事務処理指針」のなかに、そのように取り扱われるべきとの通達を収録した記憶がある。 つまり、法務局に農地の時効取得を原因とする保存登記を申請しますと、法務局は現地を統制する 農業委員会にその可否について意見を聴くこととなっており、農業委員会ではその照会に対し、先の 見解に基づき20年未満の占有なら不適当、20年以上の占有なら適当との意見を述べるはずであり、 農業委員会の不適当とする事案を法務局が登記するはずがありません。 以上により、同じ土地とはいえ、山林と農地では、時効取得の取扱いに大きな違いがあるので注意 を要します。 いずれにしても、実際にこうした事案に対しどのような判断が下るかは、法務局次第でありますが。 |
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| 081111号『行政書士田邊法務事務所 会社設立推奨事業ビジョン』 今後、起業を目指す多くの人々に、採算性に見合う会社の設立を推奨する機会が多いと思います。 そこで、当所として設立に対する明確なビジョンを持つことがまず肝要だろうと考えます。 このたび、そのビジョンをまとめ、会社設立相談時に活用していきたいと思います。 [行政書士田邊法務事務所 会社設立推奨事業ビジョン] 会社を設立するケースは、概ね起業(新規)と既存個人事業の法人成りの2つに区分できます。よっ て、その区分によりまとめます。なお、その前提として、比較的投資コスト及び経営リスクの小さい事業 を主体に考えます。 1 起業(新規) (1) 高齢者福祉型 ■地域密着型小規模多機能居宅介護事業の経営 〜通所中心の事業で、国の方針では、通常の民家を賃借して運営することも想定されており、 社会福祉士や介護福祉士、看護師等の資格をもつ独立志向者に推奨したい。 (2) 遊休農地利用型 ■花卉栽培等施設型農業の経営 〜脱サラにより農村部での生活を目指す方たちに対し、農業生産法人たる合同会社の設立を 推奨したい。なお、市民農園法や特定農地貸付法に基づく貸し農園等の経営なども、併せ て選択肢に挙げていきたい。 (3) IT文化・事業普及型 ■家庭内IT普及推進事業 〜高齢化により、パソコンを利用した商品購入も増加していく傾向にあることから、家庭内パソ コンの活用を促進し、かつメンテナンスを行う事業はニーズが見込まれる。このほか、着メロ の制作販売やブログ作品の出版支援なども新しい事業として会社設立を促したい。 (4) 環境適応事業型 ■自然エネルギー利用製品普及事業 〜風力発電や太陽光発電やナノ銀など、開発には高度な技術と大きなコストを要するが、今後 は身近な小型製品などにもこの傾向が及んでくると考えられ、この関連の販売事業等には、 積極的な提案をしていきたい。 (5) 地域振興型 ■産直加工農産品・同手工芸品 〜地場産業振興を通じて地域振興に寄与するため、積極的に会社設立を促したい。 (6) その他 ■地域生活サポート事業 〜身近なところで活躍する種々の事業、例えば貨物軽自動車運送事業などはリスクが小さく 有望と考える。会社組織になれば事業領域も著しく広がるので支援していきたい。 2 既存個人事業の法人成り (1) 商店街活性化事業 ■ネットショップシステム導入事業 〜商店街の活性化に向けて法人化による事業の近代化、及びネットを利用した遠隔地の顧客 確保などを併せて推奨していきたい。 (2) 地域福祉推進事業 ■独居老人見守りシステム普及事業 〜こうした時代的ニーズに対応したネット或いは訪問等の事業を行う会社の設立を積極的に 推奨していきたい。 以上、ごく大まかですが、現時点での当所のビジョンとしてまとめ、会社設立支援を通して少しでも 安心して暮らせる町づくりに貢献できれば幸甚であります。 |
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| 081110号『新医療法人制度』 昨年より始まった新医療法人制度について、備忘のため、ここにまとめておきます。 新医療法人制度は、次のようなものです。 国はこれまで、現在38万床ある慢性期病床を15万床に削減する方針をとり、削減分23万床は 介護老人保健施設や特別養護老人ホーム、有料老人ホーム等に転換させようとしてきましたが、 新制度は、これを担う主体の一つ、医療法人を積極的公益を追求する社会医療法人に脱皮させ、 活用しようとの意図に受け取れます。 また、ほかにも医療法人に対して、大きな変化が求められたことも驚きです。 というのは、これまでは出資時より資産の増加した医療法人が解散する場合や、出資社員が退社 する場合は、その増加分について出資比率に応じた配分を受けられたのですが、今後は出資額の みの配分に限られ、増加分の配分はできなくなりました。 また、資産の持込は、社団では「出資」、財団では「寄附」というのがこれまでの常識だったのです が、「出資」改め「基金」ということになりました。 このことは、これから医療法人は、公益法人の側へ、かつ財団の側へとシフトさせられたということ であり、結果として、社会福祉法人の性格に、より近づいていくことになったのだと、言ってよいかと 思われます。 私は、以前から、 〈医療は、福祉の最たるものである。〉 との見解に立つ者でありますが、結果として今後、国はその方向を目指していくことでしょう。 もともと、法的には同等の中間法人であるべき「社福」と「医」を官僚たちは分離し、「社福」に予算 を傾斜配分しながら自分たちの支配下に置いていたのですが、財政破綻によりとうとうそんな状況を 維持できなくなった、との穿った見方もできます。 いま、医療・介護再編劇はますます不透明感を増しています。病院での居場所を失った慢性期患者 がリハビリを基本とする老健へと流入しているとの情報もしばしばきかれています。 果たして、国の思惑と現場の考え方との乖離は、これからどのように調整され、収束されていくので しょうか? 一方、 〈過酷な犠牲を強いられてきた医療現場が、いま産科をはじめ全般的な救急医療体制の崩壊を来し ている。〉 など、時代が逆戻りしている状況もあります。こうした状況のなか、今後、そのような不安な状況が ますます助長されていくのではないかと、私にはそんな気がしてならないのです。 |
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| 081108号『私の企業経営論』 以前事業現場で私のとっていた手法は、次に挙げる概ね3つに絞られます。 (1) 新しい風吹かし作戦(マンネリ感を感じ取ったらすぐに組織行動開始) (2) 災い転じて福となす作戦(他力的収益減が見込まれたら自力的に発動) (3) 正直者は報われる作戦(疑心暗鬼を抱かない楽しい職場づくり) このうち、(1)はたびたび発動し、各部署の責任者がムードメーカーになって、約100人の職員全体 への普及を図りました。 (2)については、国の制度改定により、一方的な収益減を余儀なくさせられた時、二度ほど発動し、 大変でした。放っておくと、年額で2、3千万円も自然減となるのですから。 ぎりぎりの知恵をしぼり、事業組替え、それに伴う人事異動、組織変更などあらゆる手だてを講じ、 各部署ごとに具体的な数字を見込んだ改革案を出してもらい、ただちに実行しました。要は、そういう 行動を起こすこと自体が、すでに職場の活性化となっているのであり、その結果、自然減を上回る額 の実績を勝ち取るのです。 (3)は、職場の最も大事な条件、しかも、 〈幹部職員が、幹部職員自らの襟を正す。〉 といった、理念的な側面もあり、その効果は目に見えないが計り知れないと思います。そして、この 作戦では、幹部が部下に対しいつも礼儀正しく、親しく意思疎通を図っていないと、情報も入らず、正 しい評価ができなくなる難しさもあります。 また、最も気をつけないといけないのは、 〈幹部自らが私的独断に陥れば、職場のよいムードがたちまち吹っ飛んでしまう。〉 という点です。 これから、事業経営は、どんな分野であろうとも、国の政策動向とも相まってますます複雑、困難な 局面を迎えることでしょう。 そんな時、この3つの戦略が危機を救うことになるかもしれません。 |
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| 081107号『湯の街士業応援歌』 湯の街士業応援歌 平成20年11月7日 Sei作詞 さながら高く鶴見嶺の ふもとに掲ぐこの理想 悲喜こもごもの人びとと ともに暮らして支へあふ ああ信頼と絆信じて 未来へ歩む士業道 事業を起こす若者の 気概と汗を支援して 平等互恵の国際を ひたすら求め進みゆく ああ安寧と福祉の夢を 花ひらかせん湯の街に 信じることの一歩より 堅き絆は結ばれん 国を支ふる中小の 事業者と手を携へて ああこの行政書士業を 暮らしの中に根付かせん |
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| 081106号『企画・検討・実行・評価サイクル』 私流にいえば、どんな事業でも企画・検討・実行・評価が円環的になされるべきだし、多少の差は あってもそのように行われていると思います。 だが、一口にいってしまっても、まず前段の企画と検討がすこぶる難しいのです。 〈果たして、このプロジェクトで採算性が見込めるのだろうか。〉 との、ぎりぎりの疑問に悩まされるからです。 たとえば、新商品を開発しようとするとき、 ・顧客層はどの年齢層・どのレベルの収益層・どの職種層等々におくのか。[標準顧客層の絞り込み] ・既得エリアでいくのか拡大するのか、当該エリアに顧客はどの程度見込まれるのか。[エリア及び エリア内ニーズの検討] ・新商品と同格以上の商品のシェアーはどうなのか。[競合商品の有無等の検討] ・どのような販売法で、月当たり顧客層の何パーセントに売上可能なのか。[売上見込み] ・投資規模と稼働開始後の収益との見合で、投資は効果的といえるのか。[投資規模の妥当性(P/L のB/Sの両面からの検討が必要)] ざっと考えてみても、これらの検討が必要で、粗利ベースで投資額と比較し、稼働3年以内で順調 な事業運営を見込めるかどうか、ということが問題になるでしょう。 すべての事業に共通する標題のプロセスが、自然なかたちで組織内に定着していないと、時に、見通 しの甘い企画によりそのプロジェクトが既存の事業も巻き込みピンチをもたらすことになりかねません。 また、それとともに、新商品の斬新さと効用が、果たして顧客層に受け入れられるのかどうかが問題 なのですが、それは事業者側のパワー次第であり、その面で「リスク覚悟の運頼み」ということになる でしょう。どこかで聞いたことのある、 〈企業は、常に変化をしていくものだ。変化していなければ新たな価値を生む可能性さえないのだから。〉 という主旨の言葉が実に重く響いてきます。 |
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| 081105『会社組織論5−新しい風を吹かすこと』 はじめに 個人の集合体である職場、そこにはさまざまな考え方の人たちがそれぞれのプライドをもって働い ている。そして、その考え方はほとんど異なっているのが通常である。 したがって、そこでは必然的に種々の軋轢が生じたり、気の合う者どうしグループ化したり、或はい わば「総すくみ(萎縮)」状況になる素地が潜在している。出る杭が打たれたりもするからである。 こうした状況のなか、もし職場が沈滞状況、つまり仕事の活力を失った状況に陥ったときは、役職 員としては何らかの策を講じる必要がある。それをここに、「新しい風を吹かす」と概念化し、その意 義等を検証し提起するものである。 「新しい風を吹かす」とは 新しい風を吹かすとは、一体どんなことなのであろうか。それは上述の「総すくみ」のような状態に 一定の考え方を注入し、その方向へと波及させていくことである。 しかし、言葉でいうほどそれは容易いものではない。なぜならば、先ほど述べたように職場は種々の 意見のるつぼであるからである。 リーダーが、どんなに良い意見や誰にも負けないやる気をもっていたとしても、それを〈風を吹かす ように〉敷衍(普及)できなければ、何の効果も期待できない。実は、ここにこそ、職場運営の難しさ が潜んでいるのだといっても過言ではないと思う。 どのようにして風を吹かすのか それでは、一体どのようにして風を吹かせたらよいか、その方法について私見を述べてみたい。ま ず、図解して考えたい。 ■ねずみ算と同じだ A→(B、C)→(D・E・F、G・H・I)→(a,b,c、d,e,f、g,h,i、j,k,l、 m,n,o、p,q,r )→(各3人) 1人→2人→6人→18人→54人→計81人 このように、4段階の意志伝達を経て、いわばねずみ算式に考え方が普及していくことになる。しか し、それはあくまでも理論上のことであり、伝達意志の受入れ(理解)がスムーズにいかなければ、 途中で停滞することとなる。 ■念仏が有効? この停滞を無くするのは、伝達者の丁寧かつ合理的な説明が必要なことは言うまでもないけれど、 これに加え、理解者の同調が効果的である。 かつて、ある政治家が「自分は偉大なるイエスマンだ」と言ったように、理解したらそれを示すよう に、 「そうですね、そのとおりです、今からやりましょう」 と同調して言うのが効果的である。そこに、大勢が受入れ始める傾向、いわば流れが生まれるか らである。 これがなければ、周囲にこうした意志が届きにくくなる。会議において課長から「各部署部署で新し い風を吹かす努力をしましょう」と提起したのを受けて、翌日係長が係の会議で同様の提起をするな ど、こうした積み重ねがまさに、新しい風を〈現実に〉吹かせるパワーとなるのである。 新しい風には何度も繰り返す念仏のような行為が必要だ、と言ってもいいくらいである。 ■風吹かしは絆づくり 風を吹かすことは、職員間の信頼関係がなければ成り立たない。ということは、逆に言えば、 〈新しい風を吹かす取組は、職場の人間関係を良好に構築する取組とイコールである。〉 ということになる。その意味において、この取組の秘めた効果は無限大である。 ムードメーカーとなれ 以上、新しい風を吹かすことの意義について検証してきたが、これを実現するには職員相互の信頼 関係が必要である。またこのこととともに、 〈一人ひとりが明確な意志をもち、いわばムードメーカーとして行動する必要がある。〉 ということが言えると思う。ムードメーカー、旗振り役、偉大なるイエスマン或は演出家等々、何と言 われようが、そこに職場に活力を生もうとする強い流れが必要だということである。 さあ、みなさん、 今日から貴社においても新しい風吹かし作戦を開始してください。 冬しぐれ未明の部屋に稿を書く 風信子(ふうしんし) |
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| 081104号『会社組織論4−秘策;主客均衡組織体型診断法』 はじめに 組織がいま、どのような性格をもち、どの程度の活性度をもっているのか判断しようとするとき、その 尺度は極力科学的かつ客観的である必要がある。 その一つの方法として、“社員を『自己対他人』の重視度の差により分類し、その分析結果から組織 の体型及び活性度等を診断する”「主客均衡組織体型診断法」を考案したので、その適用について 提起したい。 それは、次のようなデータ分析に基づくものである。 診断法の分析指標及び評価 まず、社員を次の7つの項目にて分類する。 1 主>客 積極 ・独善 ・不従順 2 主≧客 積極傾向・独善傾向・不従順傾向 3 主=客 普通 ・誠実福祉・協調 4 主≦客 消極傾向・意志不足傾向・従順傾向 5 主<客 消極・意志不足・従順 6 主?客 曖昧 ・策謀傾向・日和見傾向 7 ? データ不足 の7項目である。この項目は、 〈3型を分岐点に、積極型と消極型の対照的カテゴリーを想定する。〉 との考え方に基づき構成しており、どの項目に分類された社員が優秀なのかなど、社員の個別の 優劣を判断するものではない。 適材適所という言葉があるように、各部署の活性度に応じて、1から5のタイプの人材を効果的に 配置し、活用すればよいのである。 目的は、冒頭にも少し触れたように、会社の体型が現時点でどのようなものかを科学的に示す、 一種の組織体型論である。 改革は「1〜3型」の結集が鍵 部署が沈滞ムードにあるとき、まずは3型を中心に、パワーの有り余っている「1〜2」型を説得しう るかどうかが鍵である。 それができれば、一気に「4〜7」型は動き、改革は加速するに違いない。 なぜ3型を中心にするかというと、3型の社員はすでに述べたように“顧客はもとより、他の同僚の ことにも配慮できる”信望ある社員だからである。 「1〜2」型は、積極的ではあるものの、独善的・自己中心的傾向があるので、3型のコントロール がなければコンプライアンスから逸れるような望ましからぬシナリオを引き起こさないとも限らないの である。 「4〜5」型の潜在能力は秘めたパワー この型の社員は、いわばイエスマン型のグループであり、ルーティンワークなら無難にこなす多くの 社員たちである。 これらの社員は、潜在能力を秘めているので、それを引き出してやれば強力なパワーを見せてくれ る可能性がある。 部内研修等により、3型にまで能力アップすべく指導すべきである。 「6〜7」型には要注意 日和見的発言の多い6型、どんな性格かさえつかめない7型社員が職場内にいることは、大きなマ イナス要因である。 職場に“陰日向のある社員”が多くなると、集団心理はたちまち疑心暗鬼を惹起し、事業に対する 由々しきブレーキ要因となるので要注意である。 機会あるごとに、倫理面の研修を行い、信望獲得の重要性を認識させるほかはなかろう。 まとめ ここに提起した診断法により、まず自社の組織体型がどのようなものかを把握してみてはいかがだ ろうか。 遅々として進まなかった懸案が、その分析過程におけるひょんなアイデアから、思いもかけぬ展開 をみせるかもしれない。 |
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| 081103号『会社組織論3−理念について』 はじめに 理念は、英語ではイデアという。では、イデアとは一体何か? 私の見解を会社に即していえば、 〈会社の本質であり、当然にしてその存立意義と進むべき方向性をも包含した意志である。〉 ということになる。 したがって、あらゆる会社は独自の理念をもたなければ、その本質を曖昧にしたまま経営されることに なり、ときに修羅場において行方を見失うことにもなりかねないのである。 理念たる社訓が社風を創る 理念たる社訓は、社員にとっての精神的支柱であり、また行動の企画書でもある。社員は、これをもっ て自己の所属する会社に誇りをもつと同時に、飛躍へ向けて汗を流すのである。 企画書が次第に具現化されていくように、社員各自の行動は一つの理念のもとに凝縮せられ、社風を 形成し、良質の仕事へと実現していくことになる。 顧客を呼べるかどうかは理念次第だ! 福祉を標榜すれば、福祉の方向性での社風が形成せられるであろうし、営利優先を掲げれば、たちま ちに売上至上主義が社内に蔓延するであろう。 顧客は、会社のムードを肌で微妙に感じ取り、信頼できると評価したうえで会社を訪れることになる。 だから、顧客を引きつけられるかどうかは、理念次第だといっても過言ではないだろう。更にいえば、 社風は顧客層まで限定していくのだと思う。 ゆえに、会社を設立したときは、真っ先に社の理念を練り上げるべきだと思う。 筆者が前に所属していた介護老人保健施設では、「いつもいきいき」をモットーに掲げ、職員全員が常 にそのモットーを大切にし、行動していた。それにより職場はいつも活気にあふれ、いわばネアカな施設 として、常に人気度ナンバーワンであった。 そして、そのことが多くの利用者の感謝の発言により実証されていたことを鮮明に思い出す。 まとめ 会社は、人と同様人格をもつといっても、それは法律上のことであり、これに血を通わせるには優れた 理念により、優れた意志集団を構築する必要がある。 優れた理念を得てこそ、あたかも良血流れるごとく、健全で統一的、組織的な協働が始まるのである。 多くの会社が、優れた理念をもち、社会において良質のサービス、良質の商品を提供してくれるよう願 わずにはいられない。 巣立ちたる会社思ふも日向ぼこ 風信子(ふうしんし) |
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| 081101号『会社組織論2−コンプライアンス』 はじめに 昨今、あらゆる企業においてコンプライアンス(遵法)ということが叫ばれている。このことは、当然とい えば当然な、法令に適合した公正な活動、営業をしようとの潮流である。しかし裏を返せば、これを叫ば なければならないほどの由々しき現状が、いまの社会、経済界に蔓延していることを意味している。 なぜいまコンプライアンスか 会社はこれまで、厳しい不況下での生き残りを模索するなか、リストラ等あらゆる手だてを講じつつ、い つの間にか会社優先、利益優先の波に流される状況に至っていた、というのが実情ではあるまいか。 そして、本来最も重視すべき顧客への配慮を怠ってしまっていたのであろう。 例を挙げれば、乳業会社の品質偽装及び表示、耐震偽装による建築確認及び建築、さらには和菓子 老舗から地鶏名産品店に至るまでその流れに流されていた。 一方、官公庁においても職員による年金着服問題や防衛装備機器の水増し請求等々、枚挙にいとま がないほどである。 いまや、契約社会、法治社会の根幹を揺るがせかねないほど、善管義務及び信義則を無視した不法 行為が蔓延し、国民の不信感は極限に達したのである。 だからこそ、コンプライアンスはいまや、会社であると官公庁であるとを問わず、必要不可欠な時代的 要請となっているのだと言えよう。 主客均衡の崩壊と今後 サービスを提供する側(会社、官公庁等)を「主体=主」、サービスの提供を受ける側(顧客、住民等) を「客体=客」と定義すると、本来会社等は顧客等が満足できるサービスを受けられてこそ、社会的存 在価値を認められる関係にあり、その意味において、 T 〈 主体(主) ≡ 客体(客) 〉 の図式、すなわち主客均衡が正常なあり方である。これが、 U 〈 主体(主) > 客体(客 〉 のように、主すなわち自分側の都合のみを重視し、相手側の客を軽視して行動するとき、営業(官公 庁においては行政措置)は当然にしてコンプライアンスから乖離する。 したがって、今後はこのUの状況を本来的なあり方Tの状況に戻す必要があるし、組織内部にコンプ ライアンスを重視する意識を根付かせなくてはいけないと思う。 話は変わるが、かつて歌謡界の重鎮であった三波春夫氏は、 〈お客様は神様です。〉 との名言を残した。これは上記Tの図式を遙かに超えた、自己の誠意のすべてをお客様に尽くすとい う、 〈 主体(主) < 客体(客 〉 との全き誠意であり、この境地にまで到達し得ないにしても、せめてTの主客均衡のあり方を組織は 追求していくべきではあるまいか。 まとめ 私なりの所見としては、 〈コンプライアンスとは、過程の理論構成を抜きにして、ただ「法を守れ」と強要しても、真の意味におい て組織に根付くものではない。〉 と、そのように思う。法を遵守せよというのは、法益たる、顧客或いは住民の権利を保護せよ、という のがその本旨であり、表面的で、must not 的なコンプライアンスを組織に投げかけるだけでは、本旨に 届き得ぬ距離感を残すのみである。 つまり畢竟は、 〈福祉の精神をもって行動せよ。〉 ということに尽きるのではないかと思う次第である。なお、討論に関し改めて付言しておきたいのは、 これは空理空論ではなく、筆者自らが実践し売上効果を得られた体験に基づくものであるので、ご了知 おき願いたい。 年いよよ暮れて理屈も先行す 風信子(ふうしんし) |
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| 081031号『会社組織論1−ゼロの解明−』 ゼロの均衡 組織においては、しばしば活動意欲の停滞した状態に陥っているのを目の当たりにする。 こうした状況では、ルーティンワークは惰性で行われるものの、業務改善など攻めの業務は沈滞し、 新たな発想などは到底望めない。 この、いわば無風状態をこの論にて組織運営上望ましくない意味での“ゼロの均衡”と定義する。 ゼロの解明と脱却法 ゼロの均衡は、まずそれを見出す感性が必要である。それがなければ、 「この職場は、雰囲気が穏やかでいいですね」 ということで片づけられてしまうからである。このゼロの均衡状態を誰かが見出さないと、速やかな 対策も立たず、企業の売上はみるみるうちに下方傾向へと転じてゆくことになるだろう。 では、その望ましくない安定状況から脱却し、組織を活性化する“新たな風吹かし作戦”を遂げるた め、その原因を究明したい。 〈ゼロの均衡は、「(+1)+(−1)=0」の図式だ!〉 職場には、改善意欲のあふれる人(以下「+1」という。)がたくさんいる。また、これらの人が改革を 為そうとするとき、保守的に作用する(かつては抵抗族と呼ばれた)人(以下「−1」という。)もいて、 互いの軋轢を避けんがために均衡・安定している、というのが、上述の“ゼロの均衡”だと思われる。 つまり、正と負が相互作用的に拮抗しているのである。 打開策について 対策は、簡単な理論であるし、当然にして実行可能である。それは、次の2通りの方法に集約でき る。 (1) 「−1」を他の部署に異動させ、替わりに普通にルーティンワークを無難にこなす人(以下「0」 という。)をもって充てる。 (2) 「+1」を部署に配置し、替わりに「0」を他の部署へ異動させる。 ということである。もちろん、人事異動なく、組織内での研鑽により社員全員が「+1」に回るのが理 想的だと思うけれど、そうそう上手くいかないのが世の常だからである。 ここで、上記2方法について図式で説明したい。 (1)については、「(+1)+(−1)−(−1)+(0)=+1」であり、(2)は、「「(+1)+(−1)+(+1) −(0)=+1」ということになり、“ゼロを一に転ずる”のである。 以上の対策は、ただの絵に描いた餅ではなく、どこの組織でも軽重はあれ行われていることであろ うし、筆者も現実に実行してきた経験によっている。 まとめ 以上の方策から手を打てば、必ず組織は活性化すると確信する。大切なのは、上述の“ゼロの均衡” に気づくか否かであろう。ここで述べた二種のゼロに留意し、「新たな風吹かし作戦」を是非とも各会社 で実現していただきたいものである。 焚火せし日の遙かにて代書人 風信子(ふうしんし) |
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| 081030−5号『書士のつぶやき』 …、わ、た、し、は、い、き、て、い、る、… この一文字一文字を不連続とすれば 私は、まさに、西田の言ったように 不連続の連続として生きている 生命というのは文字の連続のように 継続することを言うのであろう 友だちと酒を飲んだ 31歳が60歳となり 28歳が57歳となり そして、27歳が56歳となった O部長とN部長とT書士 みなかつての同僚である ほとほと人間たちには 成長というものがない だから安心なのである 成長なるものがあって 人格がまるで変わってしまったら ジキルとハイドで大変だ 優しさのある日溜まりへ歩み寄る 風信子(ふうしんし) |
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| 081030−4号『気分転換』
士業の堅い話ばかりが続いたので、今日は息抜きに私のもう一つのライフワーク、短歌の作品をご
紹介します。 以前、戯れに「いろは歌」なるものを作ったものがあるので、興味のある方は楽しんでください。 【いろは歌】 田辺誓司(歩道) (い以) いつしかに夏行きしかば移ろひをわが嘆かひ て夜を更かしむ (ろ呂) 路傍はやあら草に穂の立ちにけり時の流はす べてを統ぶる (は波) 働くは自他のためとふことはりを説く人もな し世の乱れしか (に仁) 担ふべき未来おもけれどひたぶるに介護現場 に己を捧ぐ (ほ保) 星ふるといふ日も雨と過ぎゆきて寂しき夜を けふも重ぬる (へ部) へこみたる心にてあれば気を入るるごとくに 拳握れよをのこ (と止) おのれ そんざい 問ふべきはまづは己の存在の意味としながく 迷ひゐたりき (ち知) ちりぢりに旧き友らの去りゆきて老づきし身 は理想に燃えず りうちやう (り利) 流暢なる弁よしとする風潮はテレビメデイア の理念を腐す(くたす) (ぬ奴) ひとひ ぬめぬめとせる納豆を朝ごとに食ひて一日の 力やしなふ る り (る留) 瑠璃色のつゆ草咲けりふるさとの道を歩めば 父ぞしのばゆ (を遠) をりふしに思ひいづるは幼き日川原にをりて ききし水音 (わ和) かど 若き日はたちまち過ぎて愚かにも食卓の稜に 腕打ち当つる (か加) かなかなの鳴けば寂しも明らかに時代に遅れ たる者のこゑ (よ与) なれ よすがらに夢みて眠れをとめごよ汝の未来は わが生きの糧 (た太) たたなづく両子の嶺はみどりして雲流れゆく 空にそびゆる (れ礼) 連結の音次々にうちひびき夜行列車のうごき 始むる そろばん(そ曾) 算盤の練習にして百六十五をいくたびも足し し日々し思ほゆ (つ川) つばくろのひるがへり飛ぶ故里の空の明るさ 山のしづけさ ねむ (ね祢) かつ 合歓の花おぼおぼと咲く村のみち嘗て裸足に て遊びたる道 (な奈) 何気なくいひし言葉を恨みたる人ありしとぞ 人は悲しも (ら良) こぞ 落胆をせし去年のこと過ぎし日はなべて美し き記憶に変はる むい (む武) 無為といふこといつしかにわが内に幸ひを生 む家ごもりつつ (う宇) うすむらさきの朝顔ひらく苑の庭にわが親し みて一年が経つ (ゐ為) きゆうり ゐなかうどを超え得ぬ吾はささやかに胡瓜揉 みにて酒を楽しむ のびる (の乃) 野蒜さくかたはらに水いきほひてその音きけ ば心やすらふ おいびと(お於) 老人はみな健かに暮らすべし慈しみくれし祖 母いまは亡し (く久) やけぼとけ くにさきの寺に安置せる焼佛ふるき戦をいま に伝ふる (や也) つちか 山ふかきわが故里や七島藺を培ふ人をいまは 見かけず さお(ま末) ま青なる海としなりてこの秋は深まるらしも 寂しけれども けんそく(け計) ふしど 検束のなき夜の時をゆかしめて臥床にひとり 未来をおもふ (ふ不) 不可思議なことにて物と心あり物はこころの 中にもありや (こ己) 越え来たる修羅の数々おほかたは吾の欲りた る故と気づきぬ (え衣) えごの花をちこちに散る山の道かかる処に寺 は栄えつ (て天) 手にとりし龍の玉いくつ青々と初冬の朝の光 を反す (あ安) あさまだき窓の外より目覚めたるばかりの雀 かすかに声す (さ左) しやうよくちそく さしあたり欲る物のなく日々が過ぐ少欲知足 の教へしたしも (き畿) 黄にあふれ菜の花の咲く川端にわれ生れしが その家知らず (ゆ由) みなも はや 夕暮るる川の水面に跳ねたりし鮠の命の音ぞ かなしき (め女) めくるめく世の移ろひに疎くゐていつか故郷 に住まんとぞする (み美) 見つめたる眸と眸わが妻を愛しし頃は妻若か りき (し之) しづかなる昼過にして道のべの鳳仙花また実 の弾けたり (ゑ恵) まなこ ゑひ醒めの重き眼に明けてゆく海の渚に寄る 波がみゆ (ひ比) ひすがらに福祉の理論おもひしが無意識にも つエゴイズム知る (も毛) おいびと 悶々とせし日々過ぎて老人とともに生きつつ 心救はる (せ世) せせらぎの音はいまだもわが内にありてをり ふし故里を恋ふ (す寸) 過ぎし日や立つ虹のごとうつし世に生くるわ れらを浄からしめよ |
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| 081030−3号『包括承継と農地の時効取得』 いま、標記のような相続と時効の錯綜した事案がよく見受けられるので、いま時点で私の学習してい
る主な内容をまとめ、今後の参考にしたいと思う。 例えば、父が自分の名義にしていないまま農地を平穏かつ公然に占有している。客観的にみて、時効 取得は明らかだという状況においてである。 さて、その父が死去し、登記はそのままの状態で息子が包括承継(=一般承継)のかたちで相続す るとした場合、どんな法律関係になるのか、といった事案である。 では、いま時点での私の見解をまとめる。 ■包括承継した場合、時効取得を援用する権利までも承継したと解される。したがって、息子は時効 取得を援用し、当該農地を自分名義に保存登記することができる。〜平成13年に最高裁の判例が 出ている。 ■包括承継につき、単独で申請できる。 ■土地が農地であるため、父は当然に農地法第3条の許可を受け農地を占有すべきであり、そこに過 失が認められる。したがって、善意の10年以上20年未満占有の時効は認められず、悪意の20年以 上の占有による時効ならば認められる。〜これは、私が農地担当をしていた平成13年度にまとめた 「農地事務処理指針」のなかに、そのように取り扱われるべきとの通達を収録した記憶がある。 つまり、法務局に農地の時効取得を原因とする保存登記を申請すると、法務局は現地を統制する農 業委員会にその可否について意見を聴くこととなっており、農業委員会ではその照会に対し、先の見 解に基づき20年未満の占有なら不適当、20年以上の占有なら適当との意見を述べるはずなのであ る。したがって、農業委員会の不適当とする事案を法務局が登記するはずがないのである。 以上により、同じ土地とはいえ、山林と農地では、時効取得の取扱いに大きな違いがあるので注意 を要する。 いずれにしても、実際にこうした事案に対しどのような判断が下るかは、法務局次第であるのだが。 境界とふイデアの線か曼珠沙華 風信子 |
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| 081030−2号『ロバート・アダムスさん』 彼の人徳を顕彰するために敢えて実名で書きますが、ロバートさんは米国ネバダ州の山間部
(と彼は言っていた)の小さな街、カーソンシティの出身と聞いている。 彼は、上智大学の比較文学科で倫理学(哲学?)を教えていたが、自己研鑽のためということで、 石川県の宇ノ気町(西田幾多郎の生誕地)で開催されていた夏期哲学講座に受講生として参加し ていて、いわば私と同門で4年間ともに学んだ。 私はもともと、短歌論から西田学に近づいた者であったので、彼のように専門家ではなかったけ れど、年上だということからか親しく付き合ってくれた。 三泊四日のセルフサービス兼雑魚寝でただただ勉強しっぱなしのゼミナールは、体にずしーんと 応えた。 ただ、毎夜自治会主導の討論会兼懇親会があり、そこではしこたまお酒を飲めたので楽しかった。 ロバートさんとは、一度一晩中お酒を飲んで、一緒にビートルズの歌200数十曲を歌い尽くしたこ とがある。あんな楽しい時間はもう二度とないだろう。 そんな、ほんとに楽しい友人のロバートさんであったが、4年目の時、 「田邊さーん、来年は僕は訳があって来れないかもしれないよ」 と言ったのが、彼との最後の会話だった。 彼の教え子に当たる方から連絡が来て知ったのだが、若くして癌を病み、闘病生活に入ったので あった。 彼は、古里のカーソンシティに帰省したり、湘南のサナトリウムでも療養されていた(時々葉書をく れていた)が、最後は古里でその生涯を閉じられた。 平成12年のことで、享年37歳くらいだった。 その頃から、私は、親しい友人や恩師、父と次々に大事な人を失い、何か大きな力に押されるよう に、転職にまで至ったのであった。 ロバートさんは、私にとって大切な永遠の友人である。彼が病床にあった時、私は彼を励まそうと 「ROBBY FOR YOU」という曲を作詞作曲し、テープに吹き込んで送った。そのテープがもし彼の耳に 入ったとすれば、彼の亡くなる10日くらい前のことになる。お恥ずかしながら間違いの多いであろう 私の詞を掲載し、彼の功徳を称えたい。 曲番18 ROBBY FOR YOU(For Mr.Robert.Adams in Carson city,Nevada) 平成12年9月23日 Sei作詞・作曲 Your town, your land. Now I wanna fly to. Don't know why it sends me dear sounds. I believe your honesty's been originated there. Near the mountains,sky's blue everyday. River flows gently like your mother's voice. Now I'm feeling you're alright, because you're in hometown. But now I wanna ask you one thing. If you remember the days or not, when we have been friendly and seeking for ourselves. Your town, your land. Now I wanna fly to. Don't know why it sends me calm sounds. I believe your tolerance's been originated there. In fresh and green fields, birds are singing songs. Gentle breeze invites you to The Lullaby's Land. Now I'm feeling you're alright, because you're in hometown. But now I should promise you one thing. We'll wate for you here everyday, so please make sure to see us again. like the other day. [Refrain ] Your town, your land. Now I wanna fly to. However, I could say but only words now. We will wate for you, seeing you again. Like the days when we were here. かなかなと韻の限りを尽くしをり |
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| 081029『農業・農村の今後の展望について15』 エ 遊び及び生活の融合文化 特色のあるものを三つに分類し挙げたいと思う。これは、遊びが直接に家の食料の確保であり、ま たそのことを通して子供たちは自然とわが家を大切に思う心を涵養していった。 一つ目に、川魚漁を挙げる。川狩は、農業用水路に水をあてる準備のため堰堤部の清掃(泥の除 去)を集落総出で行う時などに行われ、干上がった川底の魚を捕った。その際、捕れた魚は参加者 に分け隔てなく分配された。また、俳句の季語にもあるように瀬干しや火ぶりなどは、農村に古くから 伝わってきた川魚漁と考えられる。それらは、庶民文芸へもつながっていった一つの文化の原点で あったといえよう。 二つ目に、種々の罠がある。瓦落としという罠では、主に雀を捕り食したし、ウッツメ(表記不詳)は、 櫨や南天の実を餌にして山に仕掛け、小綬鶏やヒヨドリを捕った。貴重な蛋白源である。また、この ほか針金で仕掛けた罠により野ウサギも捕った。基本的に、自分たちの食料は自分たちで確保する のが当然だったのである。 三つ目に、野草摘みがある。特に春には、芹や独活(ウド)を摘み、秋には自然薯を掘った。これは、 季語で「芹、芹摘み」、「独活、独活掘り」や、「じねご掘り」ともいわれており、古くから多くの人々に親 しまれていた証でもある。 オ 農機具の文化 農村に暮らす人々の知恵を最もよく表すものの一つに、農機具がある。そこには、伝統的な人々の 知恵の凝縮が見られる。 例えば、唐箕や砧打ち、大ザル(テボ)による豆類の殻の除去等々に顕著な「風選」が挙げられる。 それは風を利用した、 <軽い物は吹き飛ばし、重い物を飛ばさず、選り分ける。> 頭脳的な農作業である。「風選」は、中国等においてもやり方は大柄(シャベルで高く放り上げ実だ けを筵に落として集めるなど)でも同じ原理の作業が行われているそうだ。 むかしから、自然の力をうまく利用してきた農業の歴史がこうしたちょっとした作業の中に込められ ているのである。 |
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| 081028号『どうする?金融危機からの脱却』 金融危機は、銀行の収支を悪化させ、貸し渋りというより、いまは貸し止まりの状況にあります。 これにより、会社の倒産件数が急増しているのに加え、一方で国の人為的医療費抑制施策により、 医療機関の経営悪化も相当数に上るといった状況が見えています。 これまで、大企業に経済を牽引させてきた国の施策は、もはや限界の状況を来しており、今後は何 らかの方向転換が必要だと考えます。 私としては、全く逆の施策がよいのではないかと考えます。つまり、真の中小企業基盤強化策によ り、地方に雇用機会を増やし、底堅くきめの細かい事業基盤を確立していくべきだと思います。 そうはいえ、経済の構造はピラミッド構造になりやすいし、相当部分がピラミッド構造に組み込まれて いますので、今後は大企業依存率を抑え、かつ大企業と対照性のある分野へと機能分化していくことを 模索すべきではないかと考えます。 いずれにせよ、ここらで大胆なビジョンの転換が必要ではないでしょうか。その発想の一つに、 〈地方は、都市の対立概念ではなく、したがって東京も一地方である。地方の集積が国なのであるか ら、地方はすなわち国である。地方の発展なくして国の発展はない。〉 となりますし、この考え方は大企業と中小企業にもあてはまると思います。 双方は、お互いの安全弁でなくてはならないのです。国はこれまでの発想を転換し、底堅い経済構造 の確立に向けて、まず中小企業と地方の支援を始めるべきだと提起するものです。 コスモスの嗚呼美しや過疎の村 風信子(ふうしんし) |
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| 081027号『在留資格認定の推進について』 当地別府は、APU立命館アジア太平洋大学及び別府大学が3千人を超す海外留学生を擁しており、 卒業後本邦残留を希望する人は相当数に上ると思われます。 したがって、当所としては、その円滑な在留資格認定手続や、公正な就業確保の支援を行い、みな さんのニーズに的確に対応していきたいと考えています。 よく耳にするのですが、 「別府には入管手続取次資格者がほとんどいないので」 という認識が定着しているようであり、私たち資格者はもう少し広報活動に力を入れるべきだと思い ます。 私が、県東京事務所で当時の運輸省巡りをしていた昭和60年頃、別府は既に国際観光都市として の指定を受けていると同省観光部の人からきき知っていました。 このような、国際都市の経緯をもつ別府ですから、なおさら国際化都市の充実を推進しなければなら ないと考えます。 そのようなわけで、今後、在留資格認定等の事務に力を注いでまいります。 まさに来しアジアの時代天高し 風信子(ふうしんし) |
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| 081026号『三麩羅(さぶぷら)物語(続の3)』 紙片と化した“お得な福袋 三麩羅”は、その後も変わらず一両を大きく割り込んだままでした。 両替商にお金を預けた例の富裕な町人たちは、いまではその紙片に興味もなく、買い戻す気もあり ません。 そのことは、両替商たちは瓦版で取りざたしている“含み損”を抱えたということで、商売の景気は冷 え込む一方、商売人に貸しているお金の取り立ては望めず、藏にお金の戻らないことは明らかでした。 幕府は以前、 「両替商は、焦げつきそうな証文の金額に見合い、貸倒引当費を記帳せよ」 とのおふれを出していたので、多くの金貸し屋たちは更にその分貸付に回すお金がなくなった、とい うことでした。 今回の騒動ではすでに、ある豊後松平藩の両替商が、16両見込んでいた利益を、貸倒引当費に費 用として記帳したこともあって、83両もの赤字となったと嘆いています。 このように、三麩羅騒動は、まだまだ底しれぬ動きを見せているのであります。 さて、幕府の評定は相変わらず続いています。 「両替商の焦げ付き負担を帳消しにする令は、うまくいきおるのか」 「それがー、これといった効果を上げておりませぬ。何せ彼らの藏にはあの紙片のほか、貸倒引当費 相当の金子と、番頭手代らの給金ほどしか残っておりませぬそうで・・・」 「町人に貸すまでには至ってないというのか」 「町人の証文を幕府で肩代わりする手も打ちましたが、一向にその・・・。良い風の吹くのを待っている としか申し上げられませぬ」 と、老中たちは眉間にシワを寄せてぶつぶつ言っておりました。 三麩羅騒動の成り行きは、まだまだそんなところでありました(つづく)。 未曾有の秋雷にして藏を焼く 風信子(ふうしんし) |
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| 081025号『ビジネスチャンス7〜回帰も進展のうち〜』 前に少し触れましたが、回帰といっても一概に後退ではないと考えます。自家撞着して全く元の木阿 弥に帰すのではなく、回帰のかたちで新たな付加価値を求めていくのが、いまの私たち事業者の進む べき最善策ではないかと、提起した次第です。 そのことは、つきつめて考えれば、至極当然で根元的なことでもあります。一例を挙げるならば、“行 政庁は住民を指導する立場にあるのだ”との固定してしまった考え方も、一気に本来の“住民全体の 奉仕者”に引き戻すほどの、柔軟かつ健全な発想と企画が求められる時代だといえるでしょう。 住民と行政とが、よりよい社会の仕組みをともに創り上げていくシステムの構築が、これまでのような 形骸化したかたちとは別のものとしてできればよいと考えます。 硬直化して底をついた事業費予算を効率的に組んでいくには、もっと大胆に住民の意見を吸い上げ ていくしか方法がないと、私には考えられるのです。 この記述は、ビジネスチャンスに即して書いているつもりですが、なぜビジネスチャンスなのか? それは、変化があるからこそ、その変化のなかにビジネスチャンスがあるのだと提起したかったので あります。 行政、住民、事業者、消費者・・・が変化していく、その潮流を生み出し、或いはつかみ取りながら、そ こにビジネスチャンスを見いだしていきたいものです。 先日、テレビで久々にロバートゴーン社長の姿を見かけました。社長は、既に新しい取組、電気自動 車の開発に取り組んでおられました。 こうした事業現場の状況を目にするたび、くり返しになりますが、 〈回帰は後退ではなく、進展である!〉 との思いを新たにします。 秋光の行く手を人は未来と言う 風信子(ふうしんし) |
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| 081025号『オイルマネーはどこ行った?』 何か得体のしれない、オイルマネーの荒稼ぎ屋たちは、いまはどこに行ったのでしょうか。 ありもしない需要を作り上げて、燃油高騰をもたらし、世界の貧しい人々を食糧不足に追い込み、諸 物価の高騰を招き、いま世界は未曾有のカオスにはまっています。 投資というと聞こえはよいですが、一般のささやかな投資家とは別で、彼らのやり方はまるで大バク チです。 大バクチで世界を引っかき回し、巨万の富を手にした、まさに拝金主義のエキスパトたち。 しかも、これに連動するかたちでサブプライムローンが焦げついたのですから、たまったものではあ りません。 〈一般庶民は、こうした虚構の津波から、どうして身を守ればよいのだろうか?〉 もはや人任せではなく、真剣に自分で自分のみを守る方法を探さなくてはなりません。オイルに依 存しない生活をささやかでも始めようかと思います。 さながらに金融嵐冬隣 風信子(ふうしんし) |
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| 081025号 これまで、ブログでやってきた『湯の街士業成長日誌』を、ここで第二期の『湯の街士業日誌』として 継承します。のんびりと気の向くままに書かせていただきます。 |