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●風水別館 Annex version 2009

年末恒例故障品修理のナゾ(電話、車、レーダー探知機)のナゾ
温故知新ディスクブレーキ整備のナゾ
緊急指令!!伸縮式1本ワイパーを修理せよ!!のナゾ
怪しいマルチメディアスピーカーリローディッドのナゾ
マッサージマシンフェニックス計画のナゾ

怪しいマルチメディアスピーカーのナゾ
山本式ピアノマスクver.2のナゾ
怪しいマルチメディアスピーカーのナゾ
難航せるラフマニノフのナゾ
ピアノ教習大系変遷のナゾ


年末恒例故障品修理のナゾ(電話、車、レーダー探知機)のナゾ

更新が遅いとのお叱りもあり、今年も年末恒例の修理特集をお送りしたい。依然としてWebmasterの最大の関心事はピアノである。以前弾いていた革命のエチュード、幻想即興曲のリハビリが終了した。

このショパンの2曲の評価は古来より様々であるが、個人的にはいい曲だと思う。特に革命は左手が、また幻想即興曲は右手がいそがしいので、これらを非常ーーーにゆっくり弾くことで、重要性はわかっているものの昔からキライでトラウマが固着したハノンの代用としている。ただし、練習一発目からの激速は腱鞘炎の元である。

35年間未完成でトラウマとなっていたスケルッツオ2番がほぼ完成、これまた頓挫していたバラード1番に脳卒中になる前に再度着手できたところで、今年の課題は完了した。スケルッツオに3ヶ月を要したのでバラードには3ヶ月以上は見込まないといけない。その後はクラシックは小品に留めて、一度ジャズピアノを学びたいとおもっている。

ピアノを弾くのは実に快感であり、それに比べると他の趣味は優先度がぐっと低下し低調である。それに老化がすすむWebmasterとしてはジャンクの身辺整理を進めなければいけないのだが、好むと好まざるとにかかわらず生活に必要な機械はどんどん壊れるので、それなりの修理が必要だ。

最初の修理は携帯(W44k)である。オマケ機能に乏しいもののスリムなのが身上だが、器具の角にヒットしてミラーが芸術バージョンになってしまった。すぐに飛散防止フィルムを貼ったので使えないことも無いが、有機ELの時刻が見えないのは困る。

ちょうど合う樹脂部品を探していたが、サイズが顕微鏡のスライドグラスに近いことに気づき、ダイヤモンドカッターで長さをあわせ貼ったところである。強化ガラスより弱いが飛散防止フイルムを貼ることで実用は問題なかろう。

ミラーガラスは女性のアイメイク用であろうが、やはりハードコートの樹脂を使うべきではなかろうか。この電話は通話専用になっていて使用頻度は減っている。というのはネットで入手したWillcom03に、新つなぎ放題契約込みのUSBデータ端末のW-SIMを挿すことで(通話も可能)自由度の高いネット接続が可能になったからだ。これでAUのデータ料金をW定額の最初のステップに留めることができ、端末代を含めてトータルの出費は減った。

Willcom03は通信速度こそWINより劣るものの、youtube(英語)、Google Map、殆どの圧縮動画と音楽の再生、自由な着メ○、モービルオフィス、IE+Operaフルブラウザ、ワンセグ、デジカメ、フルキーボード、WVGA液晶と、パソコンに近い機能がある。唯一の欠点は液晶が解像度に見合う大きさが無いことか。

2番目のメジャーな故障はメルセデスである。ある日家を出発したところ、100m先でエンジンがストンと停止した。家族総出で家まで押して帰ったのだが、それ以後”なんでまだ十分に走る車をプリウスに買い換えるのか?”という家族の苦情は聞かれなくなった。

機械式燃料噴射(KEジェトロ)の定番故障はオーバーボルテージリレーであろう。これは3年前に対策品(赤)に交換したが、対策品はオリジナルより品質が悪く故障が多いとの風評なので、以前の交換品の接点とハンダ付けを強化したものに交換することで、直ったかに見えた。

しかし、2日後に今度は仕事先付近でエンストが再発し、今回はヤ〇セにレッカー移動となった。故障は燃料ポンプであった。家にはストックがあったが、ヤ〇セは純正品しか扱わない。プリウスが1月に来る見込みなので無用な出費が心配だったが、整備状態が良いとのことで、レッカーや部品すべて込み込みで諭吉数枚ですんだ。やはりヤ〇セ組から足抜けするにはそれなりのお布施が必要なようである。

さて、この車と廃車補助金25万円+エコカー満額減税で交代となるプリウスであるが、ナビは現状のゴリラの引越ですませ、オーディオとスーパーウーハーは購入済みである。純正スピーカーのデッドニングは面倒なので、純正スピーカーには低音をまかせずにスーパーウーハーで稼ぐ予定である。問題はレーダー探知機である。

これはソーラーパネルの充電式であるが、電池劣化のため昼間しか動作しなかった。写真右側のように7805+ダイオード減圧のバッテリー電源で動くように変造したが、プリウスに載せ変えるのには配線を減らしたいところである。

充電池が欧州のVOLTA製のボタン型で何箇所か通販の部品屋に当たったが入手困難であきらめていたが、なんと福岡のカホ無線にまったく同じ仕様ものが売っているではないか。品揃えも変質した秋葉原よりもむしろ良いくらいで、灯台もと暗し、さっそくソーラー式として復帰した。

ソーラー式は日の当たるところに置く必要がある。この製品はシルバー塗装でウインドーに反射して煩わしいのでつや消しの黒に塗装していた。シルバー塗装は充電池の温度上昇を避けるためだったのだろう。そこで今回はゴールドに塗装したが、品が無い仕上がりとなり不評である。

ところで、一生乗ることになるかも知れないと思っていた190Eを廃車してプリウスに買い換えることには忸怩たる思いがある。まったく関係無い話だが、小惑星探査機“はやぶさ”は満身創痍の状態ながら、母なる地球を目指している。一方でWebmasterはまだ走る車を廃車しようとしている。

これは正しいのだろうか。確かに190Eは1980年代を代表するの傑作車であるが、プリウスとは燃費効率において2倍以上の差があるし、サイドエアバッグや走行安定装置など安全装備も魅力的ではある。

これも時代の流れであるし、ハイブリッド車は自動車の歴史上のインパク度は190Eを上回ると考えられる。ところで、我が家の190Eのトラブルが最小限であったのは、電子装備が少なく、上級車と部品を共有するために設計に余裕があったことなどが理由であろう。

とすれば電子装備てんこ盛りのプリウスも壊れるところが少なく、軽量化のために最もエンジニアリングコストがかかっているLグレードを何の疑いもなく指定した。軽量化で化石燃料逼迫に対するサバイバルをめざすのがエコ時代では吉であろう。190Eの補修部品ストックやSSTも内蔵脂肪とともに整理して軽量化も進めたいところだ。

プリウスは軽く作るためにむしろコストをかける設計となっている。一方、昨今のメルセデスはトヨタ車に到底及ばないレベルまで品質が低下していることを考えると、190Eのような重厚な小型車は人類の歴史上二度と出現することが無いであろうし、またWebmasterがメルセデスを買うことも二度と無かろうと思うのである。

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温故知新ディスクブレーキ整備のナゾ

更新がしばらくぶりなのは一生懸命ピアノの練習をしていたからである。最近は時々お座敷がかかることもあるのだが、相変わらず指が脳内イメージについていかないのが歯がゆい毎日である。

ショパンはエチュード、幻想即興曲など中途半端だった何曲かに目処がつき、スケルッツォ2番に着手したが、脳卒中になるまでバラードに辿りつきたいものである。人生は短く、一方弾きたい曲は山のようにあるから、自分の技術と残った時間をハカリにかけて選曲する必要がある。

以前、ショパンアルプスは険しく多くのピアニストは山中で遭難し近代音楽まで辿りつけない、と書いたが、なるほどショパンはあまりにも甘美であり、ショパンと心中してもかまわない、と思わせる陶酔を味わうことができる。これがいわゆるショパン〇カというヤツだろうか。

さて、W201のワイパー故障を契機として長い長いプリウスの予約待ちに加わったwebmasterである。W201もドナドナされる運命を悟ったのか、酷暑のなかでもやけに調子が良いのが不気味である。プリウス納車は年を越す見込みなので、それまで元気で働いてもらう必要がある。

ところで、我が家のビッツは車検で近日ディスクパッドが無くなるとの指摘を受け、T社第二純正のパッドを用意してブレーキ整備をしたところである。なるほどパッドの溝が無くなっている。

このビッツは平均の半分程度の低走行車なので、おそらく初めてのパッド交換であろう。ブレーキ形式はW201と同じで、ネジ一本ゆるめてキャリパーを上にハネあげるだけでパッドを取り外すことができる。

良く見るとキャリパーサポートがパッドを挟む所にアンチスクイーズシムと別に小さな板金部品(パッドサポートプレート)があり、パッドの動きを良くすると共に、ブレーキをかけるたびに僅かにパッドが動くような遊びを作っている。

今回は動作が怪しい水ポンプ(アイ〇ン)も新品に交換したが、依然としてエンジン騒音は大きい。聞くところによるとこのエンジンはタイミングチェーンまわりに欠陥があるらしく(リコールはシカトされている)、騒音もそのせいであろう。

ところで、そんな板金部品がW201のブレーキにあったっけ?無かったような気がするのだが。

我が家のW201は前回の車検後、右前ブレーキに軽いジャダーを感じるようになっていた。個人的には、ブレーキのジャダーはディスクプレートの偏磨耗によるもので、ハードブレーキで熱負荷をかけた訳でも無いのに、車検整備後に突如ジャダーが出だしたのは不思議であった。

ひょっとしてパッドの座りが悪いのだろうか。そういえば前回パッドを交換した時に、内外のパッドに著しい片減りがあり、パッド警告等が点く前にベースの鉄板を擦る音が出たのである。その際は、いかなるパッドも在庫しているというT社第二純正本舗(タ〇ティー)の店で交換したが、メカニックもスライドピンに異常は無く、片減りの原因は不明であると言っていた。

ビッツの板金部品にピンときたWebmasterはさっそくW201のパッドを点検した。まだ片減りの兆候はなかったが、キャリパーサポートの切り欠きにビッツのような板金部品は無く、直接パッドを支持している。

詳しく見ると、切り欠きの隅にパッドの粉が堅く蓄積して僅かに浅くなっていた。ひょっとしてこんなわずかなデポジットが原因なのか?この部をワイヤーブラシで丁寧に清掃し、ブレーキグリースを丁寧に塗布して組み上げた。

するとどうだろう。しばらくジャダーを感じたが、その後数日走行するうちにジャダーは消えたのである。パッドが正しく当たることでディスクのわずかな偏摩耗が均されたのだろう。

それだけでなく、ブレーキの踏み応えも剛性を感じるようになった。一方、アンチスクイーズシムをブレーキグリースで処理して丁寧に組んだにもかかわらず、止まる寸前だけに僅かなブレーキ音が出るようになった。

現時点の解釈としては、以前からパッドとキャリパーサポートのパッドとの摺動部にパッド粉が蓄積して摺動が悪くなり、パッドの動きが渋く、歪んでディスクに当たったために偏摩耗した可能性がある。

おそらくドイツ的な精度管理のためガーリング社のパッド支持部にはミニマルな遊びしかなく、丁寧な清掃とグリース処理が前提なのだろう。逆に丁寧に整備すれば、鉄板を踏むような剛性を感じる一方、パッドの摺動が良くなるために振動してブレーキ音が出るのだろう。

一方国産T社のパッドは小さな板金部品で回転方向に僅かに浮いており、それがサポートとの摺動を助けるとともに僅かに撓み、その際にパッドの粉を遊びから逃がす働きがあるようだ。そのせいで、ブレーキの剛性感は劣る一方、パッドの振動が板金部品でダンプされてブレーキ音も出ないのだと思われる。

要するにブレーキ設計とその整備の哲学が国によって違うのだろう。どんな整備でも一応は止まることは止まるのだが、清掃や給脂方法でブレーキのタッチが変わるということである。

昔はキャリパーを原始的なスライドプレート(ストッパプラグ)で支持するF型ブレーキ(Bendix)が一般的で、この部の清掃と給脂が悪いとキャリパーの動きが渋くなってブレーキのタッチが悪かったり、パッドが片減りするのが常識であった。

その後キャリパーはメンテフリーで摩擦の少ないスライドピンでフローティング支持されるように改善されたが、依然としてパッドとサポートの間の摺動にはメンテの善し悪しが影響するので、依然としてブレーキのメンテには温故知新というべき細かい配慮が必要なのである。

ということは、W201のブレーキはタッチに関して本来の能力をしばらく発揮していなかった訳であり、いよいよ廃車が近くなって本来のタッチを回復したことになる。フローティング式のキャリパーのタッチに不満がある向きは、対抗ピストンに変える前にこのような細かい整備でタッチが改善する可能性がある。

さて、来るプリウスは軽量化のためにナックルやキャリパーはアルミ製、ピストンは樹脂製だと言う。若干不安があるが、ブレーキのエネルギーの大半は回生(発電)され、パッドは止まる寸前しか働かない。つまりハイブリッド車ではブレーキパッドは主役ではなく脇役なのである。

そのせいでパッドは10万キロ持つという。一方、ブレーキの整備には決まった儀式と手順を守らまいとトラブルを招くらしい。

要するに、今後の車は一般のユーザーは手が出せなくなるのである。正確には、パッドが減らないので、ユーザーがたびたびメンテする必要も無いのであって、ユーザーはひたすらリアルタイム燃費計を見ながら、おとなしく走りなさい、ということなのである。

”何、つまらないですか?その場合はパワーモードで1分間だけモーターの加勢でトルクを感じることもできますから、楽しんでください。”

と、実に有難いエコ時代のご配慮である。

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緊急指令!!伸縮式1本ワイパーを修理せよ!!のナゾ

それはものすごい土砂降りの夕方だった。あまりの豪雨に思わずW201のワイパーを最速にしたときである。

ガッチャン、ガッチャン、ガッチャン!!

ワイパーからものすごい音がしている。丁度ドライバーの視野の部分でワイパー先端がAピラーにあたって歪むので前が良く見えない。あわてて車を横道にいれて停止した。

このパノラミックワイパーは1本式でほぼ180度回転し、中年男性の生え際のように左右45度付近でワイパーアームが伸びてより広い面積を払拭する凝ったシカケだ。

Webmasterは知っていた。このワイパーは壊れやすい(中の歯車が割れる)ことを。また部品は20万円近いということも知っていた。従って、頭の中に廃車?という文字がよぎった。今なら13年超の旧車をエコ車に買い換えると補助金が付くからである。

Webmasterも、この車にもついにお迎えの時期が来たのか、と思った。しかし梅雨の季節に使えないのは困る。とすれば一晩中に緊急修理するしかない。この際伸縮しなくすればいいのでは?。その間にプリウスかインサイトの長い予約リストに加わればよいのだ。

さっそく分解である。W201ではウインド下端のゴム、金属サッシ、プラスティックの網をはずす必要がある。ワイパー自体はネジ5個で固定されるが、構造上脱着にかなりムリがあることは以前エアコンのメンテで知っていた。右ハンドル車では何かと設計にムリがあるものだ。

そして、ワイパーの中央を裏からみたのが左上の写真である。内部を分解するには表の厚いアルミカバーをはずす必要があるが(ネジ3個)、ネジ2個はケースの内部にあるので、ワイパーの軸をリンケージからはずす必要がある。実にマズい設計だが理由がありそうである。

その前に角度がズレないように軸とリンケージに合わせマークを打っておくことをお勧めする。Webmasterはそうしなかったのでしばし悩んだ。軸はテーパーのセレーションなので、タイロッドエンドを抜く要領である。軸が露出したら、C字リング、2枚のワッシャ、Oリングをはずせばワイパーの回転部分がケースから抜ける。

右上の写真がワイパーをケースから抜いて裏返したところである。表のアルミカバーを固定するネジ2個が右側に見える。アルミダイカストなのでカバーのノーズを受けに噛み合うように設計しておけばネジが減るのだが。

ワイパー全体は中央の軸で回転するが、左の小さな歯車がケースに固定されている樹脂製の歯(左の環状のラック)と噛み合い回転する。180度の間に歯車が約2回転する。

そして樹脂の歯(上方の白い部分)が欠けていた。これは10年もしくは10万キロ以降に良く壊れるらしい。ここに軟質の樹脂を使う理由が理解できないが、ケースへの固定方法が樹脂を想定していない所を見ると、金属製だったものを騒音対策で樹脂に変えたと推測される。歯が折れたのは遠心力に対抗してアームを縮める負荷の高い部分である。

やっと3個のネジをはずすことで、ビスマルクの砲塔天蓋のようなカバーがとれる。カバーがごついのは、おそらく剛性不足の対策だろう。凝った設計が余計な補強を必要とし、増加した重量がさらなる補強を要求し、余計なトラブルを招く頭の悪い設計なのである。

その砲塔の内部が左下の写真である。右は伸縮するワイパーアームに結合し、左側の2個のローラーが平行なレールを滑る。このスライド部分の下には、右上写真の歯車の軸から小さなクランクアームが生えており、それがアームを左右に伸縮させる。

このスライド部分に給脂できれば歯車の寿命が伸びるハズだが、ここまで到達するのに事実上全てを分解する必要があり、慣れた人間でも30分はかかるだろう。おまけにフタにはOリングが無く内部に水が入る。なんと頭が悪い設計なのだろうか。

今回は破損した樹脂製ラックを撤去したが、アームを縮んだ状態で固定する策が必要だ。頭を絞った結果、有るものだけで固定したのが右下の写真である。レールの先を狭くすることで緩く固定している。念のためネジにはロック剤を塗っておいた。

あとは組み立てるだけである。ワイパー軸に合わせマークをつけてなかったのでしばし悩んだが、ワイパーはケースとの噛み合いで180度しか回転しないので、リンケージが伸びきった状態でワイパーの物理的動作リミットからセレーション一つ分の遊びをとったところで正しい位置となった。

さて組み込みだが、ワイパーモーターがステアリングポストと干渉してなかなか収まらない。ヒントはワイパーアームをはずしておくこと、板金の切り欠きを利用すること、エンジンルームとの隔壁を少し引っ張って(一時的に歪ませて)ワイパーアッセイの前側の鼻をうまくもぐり込ませることである。

ワイパーまわりの板金はベンツらしくなく精度も剛性も甘いが、これは一種の騒音対策ではなかろうか。ワイパー方向転換時のショックをボディー数カ所に分散して逃がす設計のようである。

ということで、伸縮しないワイパーの出来上がりである。余計な伸縮の負荷がなくなったのでワイパーの動作はより円滑で早く、シャカシャカ騒音も折り返しの振動も無くなった。このワイパーは払拭の時間的間隔が長いので、豪雨の視界に難があったものが、速度上昇でかなり改善したのである。さらにいきなりワイパーがぶっとぶ恐れも無い。実際、故障するとブレードがピラーに衝突して吹っ飛ぶ可能性もある

問題は斜め部分の払拭が狭くなることだが、シールドが立ち気味のせいか視野はケラれていない。そもそも、1本ワイパーの車は欧州車高級車やスポーツカーに多いが、ベンツ以外はどれも伸縮しないのである。国産にも過去シルビアやコスモに似たワイパーがついていたがそれも伸縮しなかった。それより殆ど無音になったことと壊れる恐れがないことが実に安心である。

現在ベンツはこのパノラミックワイパーを廃止し2本式となっている。廃止の理由はコストや故障、騒音や振動などであろうが、そもそも払拭性能が低いこともあるのではなかろうか。

確かに払拭面積は最大級だが、往復に要する時間が長く間隔が開くのである。従って最速でも雨の高速や豪雨では怖い思いをする。となりの軽自動車が楽々走行するスピードについていけないのである。

もうひとつは、このワイパーがトラブルで吹き飛んだときにスペアが無いことである。2本あれば助手席側の視野は保たれるし、片方をスペアとして使える可能性がある。

もうひとつ、このワイパーは横にいる歩行者に雨水をかける悪いクセがある。45度の角度で急に伸びる時にブレードに付着した雨水を斜め上方向にかなりの距離飛ばすのである。あるいは信号で並んだ隣の車にも飛ばしてしまう。

歩行者や隣のドライバーにしてみれば、晴れた日にウォッシャーの青い水が突然飛んでくるのは青天の霹靂に違いない。やはりムリが多い設計なのである。

個人的には、比類なきボディー剛性や塗装や防錆、重厚な乗り心地、快適な座席など、この車の是とする部分は多いのだが、電装品、ゴム、樹脂の品質や耐久性がお粗末なことに毎回悩まされる。またワイパーのようにバイタルな部分に無用に無用に凝った設計が多いのは困ったものである。

W201は200番台の車種の雛形であり、その後の多くのベンツ車でW201の部品をそのまま、あるいはモディファイして発展している。たとえば1本ワイパーのメカは全車種殆ど同一で、窓のサイズの違いはワイパーアームの長さで吸収している。

ということは、W201より窓が大きい車種ではワイパーの負荷はさらに重く、さらに壊れやすいということだ。だから一本ワイパー車のオーナーはチャンスがあれば内部メカに給脂することをお勧めしたい。その手順にはこのトピックが役に立つと思うが、普通のユーザーにはちょっと荷が重い思う。というのはワイパーユニットの脱着は他の車種ではトリム類が増えてさらに厄介になっているからだ。

Webmasterはこの車を更新すべく、候補となるEクラス(W210、W211)を2代に渡って子細に観察してきたが、あまりの品質や信頼性の低下に恐れをなして買いそびれたしまった。そしてハイブリッドカーが一定のシェアをもつ今となっては、ベンツに品質感や先進性を感じなくなった。例えば新Eクラスが誇る安全機能の多くが大衆車プリウスにも設定されている。

時代の流れは冷酷だ。中長期的に原油価格は上昇に向かい、車のトレンドも燃費とエコに向かっている。ハイパワー車の大口径ディスクやブレンボは過去の遺物となり、今や電気ブレーキがエネルギーを回収して次回の加速をアシストするのがかっこいいのである。気の早い欧米のチューナーは既にプリウス用の電気チューンアップを販売している。

ドイツ製高級車に本年度搭載される予定のマイルドハイブリッドは電池がリチウムイオンである以外はモーターも小型でバルブ閉鎖も無く、回生能力も低いエクスキューズレベルのものに過ぎない。

欧州人は環境やエコに厳しく、かの地の政府や自治体は今後エコ車以外の排除を始めるらしい。というか、最近まで欧州車は日米が顔色を失うほどの排気量と大きさを競う恥ずべきバブルにまみれていたのだ。

これからはエコや環境性能が遅れた車は高級車の要件を失うのである。ベンツにとって倒産したGMは遠く無いのだ。

老婆心 P.S.

伸縮式ワイパーは伸縮で最大8cm半径を稼いでいた。P○AA社の60cmワイパーブレードは内側が長いので、これを内外逆につけることで1.5cm半径を増やすことができた。

長い分がAピラーのゴムに乗り上げるが、ゴムをカット(ガラスにキズがつかないように下敷きを使った方が良い)して解決した。これで伸縮して稼ぐ面積を18%回収したことになる。もとより視界には問題は無いがちょっとだけ気分が良い。

もちろん払拭は格段に速く騒音や振動が激減したので、ワイパーを意識することが無くなった。土砂降りでも前より見やすい印象だ。

どうやらこれまで高速に伸縮することでブレードが歪んで拭き残していたようである。いやはやである。

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怪しいマルチメディアスピーカーリローディッドのナゾ

先日手直ししたマルチメディアスピーカーであるが、つらつら考えていると、あのインチキな回路でもモノになる場合があるのでは無いかという気がして来たのである。

もちろん、直流的な動作ではあの回路は原理的にはダメである。出力のケミコンはSEPPの下半分の直流電源としても動作するわけで、左右チャンネルの信号に差が有る場合は直流的にはヘンなことになる。

例えば、右チャンネルが少信号であれば、SEPPの上半分が働いている間出力ケミコンにはあまりチャージされず電圧も上昇しないが、左チャンネルが大信号であれば電源電圧近くまでチャージされるので、通常の1電源SEPPとは動作が異なってしまうからである。

しかしもともと1電源SEPPは入力信号の上下サイクルの積分値が同じであるという前提のインチキな動作原理であるし、中高音ではケミコンのインピーダンスが極少となることもあって、交流的には程々の歪みでなんとなく動作するのである。

もちろん、しょぼい470uFを左右のチャンネルで共有するなど言語同断だが、特定の環境では成立するのでは無いか?と考えるのである。

以前よりオーディオ界には、メインアンプの電源を左右別電源(別トランス+別ケミコン)にすべきか、あるいは単一(大きめトランス+大きめケミコン)にすべきか議論がある。左右独立電源にすればクロストークは減るが、片チャンネルの電源の能力が出力の天井となる。

一方、単一電源とすれば、片方のチャンネルの負荷が軽い場合、もう片方のチャンネルは2チャンネル分の能力を獲得するのでベターなのだ、という説がある。

しかし、これは間違っている。というのは、最もエネルギーを要する重低音、例えば30Hzであれば音波の波長は10mを越えるので、左右チャンネル共信号はほぼ同位相、同エネルギーとなるので、片方のチャンネルだけがもう片方から余分なエネルギーをもらえることはあまり無いのである。

真の答えは実装の都合にある。電源トランスはEIコアにせよトロイダルにせよ、中に丸く電線が巻かれており、ケミコンも同様に巻物である。従って2個のトランスのスペースに一個トランスを設置すれば容量は約3倍、またケミコンの容量は約4倍となるのが普通である。

ではこのショボい製品の場合はどうなるのだろうか。470uFであれば100Hzにおけるインピーダンスは約3.5Ωと無視できない大きさであるが、これが4倍の容量であれば配線や保護抵抗に近い値となる。カットオフ周波数も470uFであれば85Hzであるが、4倍であればICの帰還ループのカットオフ設定より低くなるので制約因子とならないハズである。

さてこれは本当だろうか。さっそく実験である。

オリジナルの回路と同じように、ICの出力から直にスピーカーの+端子につながり、左右のスピーカーのー端子を結合する。ケミコンはオリジナルの470uFに加え、前回左右を分離した際に使った470uFに、この際めいっぱい大きい3300uFを加え、合計4240uFをスピーカーのマイナス端子と接地の間に挿入する。

電源の1100uFにも3300uFを追加しないとバランスが取れないだろう。というのは、1電源SEPPの場合、出力電流(の交流成分)は電源と出力の2個のケミコンをシリーズに通過するので、同じサイズにしないと小さい方が制約因子となるからだ。

これでアンプ自体のF特性はほぼ帰還ループの設計で決まることになる。恐らくこのサイズのケミコンはICの推奨をはずれているので、突入時にICが飛ぶ可能性もある。

さてスピーカーにフタを、と思ったが電源のケミコンがひっかかる。従って写真とは異なる位置にケミコンを移している。老婆心ながら、ケミコンが傾いているのは端を基板にボンドで固定するためである。

試聴してみると、あまり変わらないようにも感じるが、バスレフ穴に耳をつけると重低音がかすかながら聞こえている。これは出力が470uFでは無かったことだ。またプラスティック筐体が以前より低音で激しく振動しているのがわかる。まあノートパソコンに繋ぐスピーカーとしては上々ではなかろうか。

ちなみに、音が鳴っている状態で電源コードを抜いても3秒ほど鳴っているので電源には十分なパワーがある。出力のケミコンに残った電圧のため、その後も数秒間モサモサ言うのが1電源SEPPの悲しさである。今でこそ2電源SEPPが普通だが、トランジスタ黎明期には高級機もプロ機器も殆どインチキな1電源SEPPなのであった。

というわけで、このインチキな方法も特定の環境の下で大過剰のケミコンを配すれば、左右を分離する以上の効果を上げることも可能なのである。つまり2個のケミコンのかわりに3個分以上の容量のケミコン1個という考えも、あながち間違いであるとは言えない。

もちろんこれはハイエンドオーディオとは遠い遠い、歪みがパーセントオーダーの話なので、そのつもりで読んで欲しい。もちろん470uFの容量では論外である。

そうそう、この製品ではスピーカーのエッジ付近に隙間があるので、それも木工用ボンド(暴力的にはずれる程度の接着力という意味)で埋めておくのがいいだろう。そうそう、スピーカーグリルと筐体の隙間も埋める必要がある。そうそう、前後のモナカが合う部分も埋める必要ある。そう言えば、ダミーのバスレフ穴のニッパーでかじって開ける必要もある。

つくづくダメな製品なのだが、それなりに音質が改善すると幸せを感じることができる自分がちょっと情けない。

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マッサージマシンフェニックス計画のナゾ


最近はさらにピアノにのめり込むwebmasterだが、高校生の時には弾けたはずのショパンエチュード10-12は2週間ほどの特訓にもかかわらず、相変わらず左手が動かない(mp3)ので、実に歯がゆい思いをしている。

まあ最初はもっとひどかったのでまだ一縷の望みをもっている。というのは、この手のややこしい部分はある日突然弾けるようになることがあるので、それまでは頑張るしかないのである。そもそもリハビリのつもりで再開したピアノではないか。

さて、仕事とピアノの肩凝りをほぐしているWebmaserにとっては突然の出来事であった。順調に動作していたパナ電工製マッサージマシンから、

ウィーーーーン、ガリガリ、ガタン-------(沈黙)-------

何があったのか?カバーをはぐると、上下動するマッサージユニットが斜めになって停止している。何か深刻なトラブル のようである。複雑なマッサージユニットを分解していくと、ユニットを上下に駆動するメカが壊れていた。

写真はユニットを水平に貫く駆動軸をアップしたものだが、軸のセレーションと、それが噛みあう歯車のセレーションが破壊されていた。かなり硬い材質のにもかかわらず、駆動軸に無理な力が加わったようだ。

実はこのマシンは自宅のものより一世代新型で、マッサージローラーの突出量が調節可能になっている。これは収納時にローラーが出っ張らない制御にも使われている。

写真では右側に上下にリンクが走っていると思うが、これは下の軸からのウォームギヤで駆動され、突出量を調節するシカケである。右上の縦に見える黒い板はローラー突出量のエンコーダでフィードバックがかかるようになっていある。

しかし、ローラー突出量は当初から駆動能力から考えると過大であり、負荷が重くなったユニットを上下動させるベルトが滑ったりモーターが止まったりしていた。写真のゴムの粉はムリしたベルトが撒いたものである。特に背もたれを水平に寝かせた場合、明らかにムリがある動作が見られたが、そんな折りに軸のセレーションを舐めたものと思われる。

それだけでなく、このモデルはベルトの回転をウォームギアに伝える電磁クラッチ4カ所が次々に固着しエンゲージしないという悪癖を持つ。自宅のマシンは同様の電磁クラッチを3カ所を持つが一回も誤動作したことが無いことを考えると、特定のロットのクラッチに問題があるのだろう。

このために、このマシンは自宅のマシンも10倍もメンテと神経を要して来たので、この際単なる寝椅子にしてユニットを廃棄しようと思ったが、廃棄物が大量で重くて多いことから修理することとした。

最初は部品を注文しようかと思ったが、この軸と歯車はユニットの根幹に関わる部品で供給されない気配である。それに、供給されたとしても同じ設計なら早晩また同じ故障となる可能性が高い

そこで、リューターを用いて軸と歯車にセレーションより突出量の大きいキーを二カ所作成、そこに1.5mmのピアノ線をテーパーに削ったものをキーとして打ち込み、隙間を強力な構造用エポキシ樹脂で充填した。出来上がりの剛性はオリジナルよりさらに確固たるものであった。

しかし、鬼のように片側だけを補強してオリジナルより強度を上げたとしてとしてとダメである。左右繋がった軸だから、相対的に弱くなったもう片方の軸のセレーションを舐めるだけである。何か別の手を打たなければならないのだ。

そこで、ローラー突出量エンコーダの窓を加工し、サーボを騙す(少ない突出量で大きな突出量とコントローラーに思わせる)こととした。写真は一つの窓は加工中で、残り三つの窓には切削予定ラインが見えている。

さて、ユニットを組み上げる時に注意すべき事は上下動のエンコーダーの調節である。リミットスイッチが無いので、調節不良だと上限下限に衝突してしまうので、細かい調整が必要である。また、この手のパワーメカトロ機器では配線の取り回しが重要で、分解前の写真を参考にしてオリジナルと同じにしないと電線の破損やショートなど思わぬトラブルを招く。

実際に組み上がってみると、むしろ当初よりローラーの突出量は適性であり、背もたれを水平に倒し体重がかかる使い方をしても、以前のようにベルトが滑ったりモーターが停止することも無く快適である。これなら、もう一カ所のセレーションを舐めることがなかろう。

概して良く出来ているパナ電工製品であるが、このマシンに限っては自宅のものより品質は明らかに低下している。それは、同じ構成でムリに機能を増やしたこと、またおそらく試作から量産化の増加試作の段階でローラー突出量エンコーダーの煮詰めに見落としがあったためと思われる。

というわけで、再度Webmasterもこの機械で同僚の先生も手術後の肩凝りをほぐしている所だ。うまく動いている間は、これほど気持ちのよい電化製品は他には無いと思うのだが、手間を喰った分はパナ電工に電磁クラッチと軸の強度の不具合について苦言を呈しておきたいのである。

そう、一般に品質が優れるパナ電工の製品らしくないのである、この製品は。

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怪しいマルチメディアスピーカーのナゾ



さらにピアノにのめり込むWebmasterであるが、左手が昔ほど動かないのが問題である。とすれば、この際徹底的に左手を鍛えるにはショパンのエチュード10-12が適当だろう。

この曲は若い頃弾いたことがあるはずだが、やはり左手が動かずまともに弾けない。年をとるとエンジンがかかるのも遅くなり、動き出すのは練習を始めて15分位である。そういえば、一流ピアニストもこの曲を演奏会の最初には弾かないのである。

最近はいい時代で、手持ちのCDやネットを漁ることで、数名の一流ピアニストの演奏を聴くことができた。横山幸雄氏のレッスンも覗くことができた。意外なことに、ありきたりの演奏会よりネット画像の方が指使いやペダリングが良く見えることである。実にめぐまれた時代である。

しかしながら、しょぼいノートパソコンの内蔵スピーカーでは満足な再生音が得られないので、適当なマルチメディアスピーカーに接続するのだが、何か音がヘンである。妙に立体感があるわりに低音がまったく出てない。スピーカーボックスをバスレフ変造してみたのだが、効果がなかった。

こういうときは、おそらくアンプの電源が弱いか、あるいは出力に入っている電解コンが小さいからであろう、と目星をつけて開けたところがこの写真である。

写真の右側は整流回路と平滑用の電解コン1000uFである。あまり大きな電解コンをつけるとダイオードが突入電流で飛ぶので、1000uF程度を追加したいところである。

そして左側がアンプである。ありがちな2個入りのICがあって、手前にスピーカーへの配線があるが、何かヘンである。この手の回路では左右2ch同じ部品があるハズなのだが、出力の電解コンが一つしかない

回路を解析すると驚愕の事実が判明した。この機器では、ICの左右の出力から電解コンを経ずに左右それぞれのスピーカーの+端子に繋がっており、スピーカーの-端子は左右が接続されて一つの電解コン500uFで接地されている。一電源SEPPはこれでいいのか??いや、やっぱりこれはインチキだ。

この回路だと、中高域は電解コンのインピーダンスが低下するためにほぼ左右の信号は分離して聞こえるだろう。しかし、超高域はインピーダンスの上昇のため左右の差分成分が強調され、同相成分は負帰還となって抑圧されるはずである。

インピーダンスが上昇する低域では同相成分がほとんど抑圧され、左右の差信号しか聞こえないわけである。低域では同相成分の割合が高いから、殆ど低音は出ないのだ。いくらなんでもひどいのではないだろうか。

写真が手直しをしたところである。電源部の1000uFの追加はちょっと見苦しい格好だが、内蔵の電源トランスをクリアするために斜めのままボンドで固めてある。右側の電解コンは左右の出力を分離するために追加した500uFである。今回は片側のスピーカー−端子側からの白線を追加の電解コン経由で接地した。

アンプ出力側から見ればスピーカーと電解コンの順番が通常と逆だが、スピーカー配線が固定なので問題なかろう。出力を端子経由で外部スピーカーにつなぐ場合は、アンプ出力からVcc/2の直流が出ているので電解コンはアンプ側に入れるべきである。

出力の電解コンは低域を改善するためにもう少し大きくしたいところだが、手持ちの関係でこうなった。

ついでだが、真ん中のバスレフ穴はダミーで穴があいていなかった。ここに穴をあけてフェルトでダンピングしたところでやっと使用に耐える音質となった。個人的には、ヘンな音を聞いていた時間を返してもらいたい位である。

ところで、再度驚愕の事実をお届けしなければいけないのだが、この機器は一流オーディオメーカー製なのである。得体の知れない中華メーカー製のほうがよほどマシである。

今のオーディオ業界はペンペン草も生えないほど衰退しているが、一流メーカーにもこんな製品があるくらいだから、衰退するにも理由無しとしないところが実に悲しいのである。

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山本式ピアノマスクver.2のナゾ



さて今回の仮想敵はドビュッシーの夢(Revier)で、完成までもう少し(mp3、4MB)かかる気配である。初見ではやさしいように思えたのだが、大きく飛ぶ所が多くなかなかミスがなくならない。飛び損ないの駆除と曲想をつけるのにあと2,3週間はかかるだろうか。

さて、ピアノマスクについては、過去、

山本式ピアノマスク製作のナゾ
山本式ピアノマスク設計目標のナゾ

お伝えした。単なる電子ピアノの音質になってしまう消音ピアノに比べて、特にペダルを多用したときの響きは格別で、今となってはこのシカケの無いピアノを住宅地で弾くことは考えにくいほどである。

当初の音量調節機構は、かんぬきがストッパーを兼ねた円弧状の穴開き板に固定される単純なもので、機能的には何ら問題無いが、調節のためにピアノの下に潜らなければならないのが欠点であった。

そこでいろいろな策を考えたのだが、やっと改良策が完成したので、山本式ピアノマスクver2としてお披露目することとした。まず写真だが、

Ver.2ではピアノマスク前端から出たロープを滑車で吊り上げ、水平に延ばしたロープを任意の長さで固定できるシカケに進化している。

ごらんのように、ピアノマスク前端から下方に15cmほどのLアングルスタンドを出しその先にロープを結びつける。ロープは上方に向かい、ピアノ中央のペダル固定部付近の滑車で水平に方向を変えピアノの右に向かい、右下面のカムクリート(@¥1800)なる船舶用の留め具で固定される。

ピアノマスクの重さを緩和するためにゴムヒモである程度ささえている。カムクリートは船具屋で入手できる。

使い方は簡単で、ピアノマスクを閉鎖するときには、ロープをカムクリートに当てながら心持ち上向きにひっぱると、カムにロープがくわえられて任意のところで固定される。

解除するときには、ロープを下向きにひっぱると、カムからロープがはずれて固定が解除される。ロープに結び目を作っており、解除したときにそれがカムクリートの輪にひっかかかることで丁度良い開度に制限されるようになっている。すべてのメカニズムはピアノ下面にあるので外からはロープ以外は全く見えない。これより簡単かつ確実な方法はちょっと見当たらないと思う。

カムクリートの上の鉄板は、ピアノの角がロープで削れるのを防ぐ当て金である。ロープの先端には木製の輪(カーテンの吊り輪)があり、通常は当て金の突起部にぶらさげて格納している。

今回はピアノマスクの丁番も、

のように、ピンを抜くことでピアノマスクをピアノから分離可能とした。ロープも船と同じもやい結びなので、必要があれば(無かろうとは思うが)、ピアノマスクを簡単にピアノから分離できる。

カムクリートはクルーザーのトラベラーシート(帆を左右方向に固定するロープ)を操作していて”これは使える”気づいたシカケである。なお、ピアノマスクを完全閉鎖状態で固定できるように、かんぬきは残してある。

これで、ピアノマスクの操作にピアノの下に潜り込む必要が無くなり、簡単に調節できるようになった。マイクの出力電圧を計測したところ、ピアノマスクを全閉鎖し布カバーをかけた段階で、1KHzで10dB以上の遮音効果があるようだ。構成が単純なのでカワイの製品より遮音が良いようだ。

現在の居室は公庫基準の断熱材が入っているので、モルタル塗りと二重窓(アルミサッシ+プラマードU)で約30dBの遮音効果であることから、両者を併用すれば100dBのフォルテッシモでも、外は60dB以下となる。通常の演奏では窓の外でも殆ど聞き取れないので、深夜の練習も可能である。

ただしプロジェクトには伏兵があった。金属製の滑車と丁番がビビリ音を出したのである。滑車は軸をかしめ、フェルトでダンプすることで、丁番はロックにビニールテープを挟むことで解決した。自作される場合は、あらかじめダンプしてから据え付けることをお勧めする。

山本式ピアノマスクの良い点は、小さな開度でも音の全てが演奏者に向かうことである。前屋根にゴムをはさんでわずかに開けることにより、演奏者に十二分な音量が伝わる一方、環境に漏れる音圧を劇的に低下させることが可能である。

空気伝搬でに関しては中高音が中心なので戸建であればピアノマスク+二重窓で十分である。集合住宅では足からの中低音の振動伝搬も問題となるので、足をゴムで浮かし床を防音補強する必要があるだろう。印象としては、ピアノマスクと振動伝搬の対策で3型グランドまでなら集合住宅にも設置できると思う

このピアノマスクを経験すると消音ピアノの音質とタッチには満足できなくなる。今後の改善点としては、ピアノマスクを完全閉鎖した場合に、演奏者にフォルテッシモを伝える装置の開発である。具体的には、飛行機の空気伝達式のイヤホンの先をピアノの中に入れるだけだが、そこまで必要があるかどうかは疑問だ。

さて、今後の練習課題だが、サンプル聴取では意外に不評な無き王女を偲ぶパバーヌの後に、過去中途半端のまま放置したいくつかのショパンの作品を今度こそ(何十年ごしに)完成させたいと思っているが、Webmasterの腕でそれが目論見通り進むのかどうか、はなはだ自信が無い

参考 (自作ピアノマスクシリーズ)

山本式ピアノマスク設計目標のナゾ
山本式ピアノマスク製作のナゾ
山本式ピアノマスクver.2のナゾ

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難航せるラフマニノフのナゾ



さて現在の仮想敵はラフマニノフのパガニーニの主題によるピアノとオーケストラのための狂詩曲第18番なる代物で、完成予定日を遠く過ぎても難航していたが、やっとこさ目標地点が見えてきた(mp3、4MB)ところである。

個人的にはもっと緩急をつけなければいけないと思っている。どうしても録音ランプがついていると後半ほど走ってしまうのはWebmasterの困った性格である。音量については、録音機材が安物(ICD-UX71)の自動ボリュームなので平板に聞こえるかと思う。

時間がかかった言い訳になるが、最初に入手できたのがロシアあたりから流れてきた指使いが記されていないあやしいピアノ連弾の譜面で、ピアノソロの譜面はついに入手できなかった。どうやら公的なソロのアレンジは無いらしい。

Youtubeでピアノソロをいくつか発見したが、どれも演奏者が独自にアレンジしているようで、ひとつひとつ細部が異なっている。難易度も目いっぱい欲張って2つのパートを混ぜた高度なものから、かなり手を抜いたものまでさまざまである。

基本的に18番の前半は第一ピアノが旋律を担当し第二ピアノは殆ど休んでいる。両手の親指で旋律をやりとりしながら、両手の小指で装飾する感じで、リストの愛の夢に少し似ている。中間部は第二ピアノがシンプルな旋律を奏でて、第一ピアノはゴージャスな伴奏に回る。このゴージャスな伴奏に無理矢理旋律を割り込ませたものが、一番聞き映えがするようだ。

最後は再度両手の親指の掛け合いに戻る。両手の掛け合いの拍子は微妙にズラているがミソで、甘い恋人たちのささやきのようでもある。

そもそも、この曲は悪魔的バイオリニスト/作曲家であるパガニーニの奇想曲の主題を元にしたものだ。パガニーニの曲と演奏はリスト、シューベルト、ブラームス、ラフマニノフなどのなだたる天才作曲家を驚愕させ、多くの変奏曲が誕生した。なかでも、この18番はパガニーニの主題を反行(上下逆転)して誕生した不思議な曲である。元曲も驚異的ながら、上下逆転した曲の美しさ驚異的で、それが天才たちの天才たる所以である。

Webmasterも第一パートの演奏に可能な限り第二パートを混ぜて甘い曲にアレンジしているのだが、Webmasterの技術ではかなり無理があるようでミスが根絶できない。シューベルトに続いてまたまたwebmasterの読みが甘かったようである。

さて、ラフマニノフに呻吟している中、実にラッキーなことにショパコンで5位に入賞したピアニスト宮谷理香さんの「バラード第一番への道」なるレクチャーコンサートに参加できた。しかも鍵盤前約3メートルのかぶりつきである。ここなら指使いもペダリングもはっきり見える。

ショパコン入賞者の演奏は、以前

コンサートホールは残響時間だけが重要か?

で書いたように、カーネギーホールでポリーニ/ウィーンフィルのベートーベンピアノ協奏曲以来である。ステージに近い席だったので、ポリーニの息づかい、うなり声、椅子のきしむ音が印象的だった。なるほど、ピアノはこう弾くのかと感銘を受けたものだった。

しかし、以来Webmasterに疑問が残った。ショパコン入賞者の多くは大柄な男性だ。にもかかわらず過去、ナデシコJapanの女性ピアニストもかなり入賞を果たしている。チャイコフスキーのコンクールでも小柄な日本人女性が優勝している。

ショパコンの優勝者としてはアルゲリッチが有名だが、彼女は大柄である。対して小柄な日本人女性がどうやって肉食人種に伍して入賞を果たしたのか、興味がある。

さて、現れた宮谷さんは写真よりはるかに美麗な人で、特に小柄では無いが大柄でも無い。トークもお好きなようで、脱線しながらどんどん話がはずんでいく。

トークはピアノを始めたきっかけからはじまり、次第にバラード第1番のアナリーゼにうつったのだが、なんせショパンでも1,2を争う難曲なのでWebmaserも譜面をさらっただけである。NHKのスーパーピアノレッスンを越える細かいアナリーゼに、会場の意識レベルは低下していた。NHKの番組以上に聞き手を選ぶレッスンなのである。

Webmasterが気付いたのは、宮谷さんの立ち居振る舞いが指先足先に至るまで実に優雅なことだ。ピアノの前にバレエのレッスンを受けておられたそうで、その優雅さは身についたものであろう。一方、白板にかかれた字は非常にのびのびとしていた。どうやら優雅さとのびのびした所をかねそなえたピアニストのようである。

さて、いよいよバラード1番というところで、まだ指が暖まっていないので、スケルッツオ3番を先に演奏されることになった。スケルツオは両手の和音が長い時間フォルテッシモを奏でるもので、ついにWebmasterは彼女の強靱なフォルテッシモを浴びることとなった。

いよいよフォルテッシモというときには、息を籠める気配が聞き取れ、椅子から体を浮かしての気迫の演奏である。100席と小さな会場でのフルコンは音量が過大かと思ったが、スタジオ構造のためにデッドで、また楽器も新しく低音は本来の響きは出ていないようだった。

それでも、これ以上のフォルテッシモでは音が割れるのでは無いか、と思わせるほどの大迫力の演奏だった。演奏もさりながら、フルコンはダイナミックレンジが実に広い楽器であることも再認識した。単にデカイだけでは無いのだ。

スケルッツオは後半の大きく左手が飛ぶところもノーミスでかなりの速度で盛り上がって終わった。宮谷さんもご自分でも今日は弾けているとのことで、いよいよバラード一番である。個人的には荒削りな1番は4番よりむしろ好みで、特に出だしが好きである。もちろん後半の劇的かつ急速な変奏部をどう弾くのか楽しみである。

そして演奏は、スケルッツオ3番よりもさらに優雅かつ激しいものであった。後半の劇的な変奏部は、往年のアルゲリッチ、リヒテル、ホロビッツなどがライブで興にまかせてのライブにも匹敵する速度で、殆どノーミスであった。開いた口がふさがらなかった。

演奏の前にネットで宮谷さんの情報を収集したのだが、もちろん雑音もあった。しかしショパコンはそんなに生やさしいものでは無い。数十曲と弾くなかで、審査員がどうであれ会場の聴衆はヘンな審査を許さないのである。

そして、日本の女性でありながら入賞するということは実にタフさが要求される。そして、彼女の優雅さと力強さの稀なコンビネーションが入賞を果たした理由に違いないと確信したのである。

そして、コンクールの土壇場で情感豊かかつ正確に演奏できるのが超一流のピアニストの資質なのである。あまりのインパクトに2,3日ピアノに手が着かなかったWebmasterであるが、気をとりなおし、自分の技術に応じた練習を進めることとした。そもそも、老化と戦うために再開したピアノなのではなかったか?

そういえば、宮谷さんもバラードは軽く数千回は練習した、とおっしゃっていた。Webmaserの技術で簡単にラフマニノフが弾けるはずが無いのである。次回は彼女がドビュッシーをどう弾くのか聞いてみたいものである。

P.S.

ところで、次なる曲はラベルの”亡き王女をしのぶパバーヌ”を予定していたが、思いの外不評(曲が暗い、元気が吸われる)で、受けがよかったドビュッシーの”夢”を先行させることにした。譜面ではやさしく見えるが、ドビュッシーのこと、そこいら中にシカケがある。

巷では、”亜麻色の髪の乙女”がD度、”月の光”がE難度、”沈める寺”と”ラフマニノフ変奏曲”がF難度、”夢”はD難度となっているらしいが、これはショパンに熟達した標準的なピアニストの指使いの難易度をベースにした評価であって、曲想の工夫の幅はむしろ逆である。

実際”月の光”や”沈める寺”は楽譜の指示(ドビュッシーの指示は実に細かい)通りに弾けば7割がた完成するのだが、”亜麻色の髪の乙女”や”夢”では楽譜通りでは完成に半分にも及ばず遠い感じである。

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ピアノ教習大系変遷のナゾ



あけましておめでとうございます。

昨年は私的時間の多くをピアノに費やしたが、今年もそうなりそうである。現在はラフマニノフ/パガニーニの変奏曲18番に着手したところだ。

昨年7月に本格的にピアノの練習を再開してから、シューベルトのソナタD.845(のだめバージョンMP3)ドビュッシーの亜麻色の髪の乙女(mp3)月の光(mp3)、そして沈める寺(mp3)、と、それぞれに約1ヶ月を要している。

他にサティー、サンサーンス、フォーレなどの新しいもの、そして昔から仕掛かりだったショパンやベートーベンもつまみ食いしたが、完成度はいま一つというところだ。中でも苦手なのはシューベルトで、”のだめ”も苦労するだけあって底なし沼のように奥が深い。

本来はピアニズムの精緻とも言えるショパンやベートーベンをあらかた奏破してからドビュッシーに着手すべきだが、老い先が短く永遠にドビュッシーに達しないかも知れない。

特にショパンアルプスはひときわ高く厳しく聳えており、多くのピアニストが山中で遭難して近代ピアノ曲にたどり着けないのだ。ケーキの上のイチゴを後まわしにすると、時に食べるそこなうこともあるのだ。

その理由は指が昔ほど動かないからである。少しずつ戻っているが、右は小学生の時の8割、左は6割程度か。音数より和音の美しさから曲を選ぶと、自然にドビュッシーの若い時期の曲となる。一生懸命曲想をつけようと努力するのだが、指が付いてこずに和音がバラけるのである。

Webmasterが最初にピアノに触れたのは3歳だった。

記憶の範囲では、メトードローズ、バイエル上下巻、ブルグミューラー30番(曲名がついている)、チェルニー100番、ハノン(おもしろくない)、バッハインベンション(おもしろくない)、ソナチネ1,2巻、ソナタアルバム(小学5年)と、当時としてはまずまずの進度だった。その後限界を感じてさぼりだし、逃避として小6でエレクトーンで県2位(サクラ)をとったのである。

世間ではバイエルvsメトードローズと言われるがWebmasterは併用していた。バイエルは嫌いで以来見掛けない(捨てたか?)。ハノンが残っているのは、上手になってもハノンは手放すな、という教育効果だろう。ブルグミューラーは大好きで、子供がこれを弾いていたときには古典的な教材のみで経験できる時空間を隔てた絆を感じたものだ。だから私は新しい教材はキライである。

世間ではアンチバイエルも多い、代わりの教材も圧倒的に優れているとは言えない。Webmasterの回りでも、曲数をこなした方が結局ソナチネ以降の上達が速いようである。

曲想については、フランスのサロンっぽいメトードローズやブルグミューラーの経験がドビュッシーあたりで生きてくると思う。好き嫌いが分かれるメトードローズの挿し絵も新(右)旧(左)で微妙に変わっている。

写真は小学生の時にフルコン(FC)を弾いているところだ。実はポーズ(ペダルを踏んでいない)なのだが、恐ろしいことに最近の写真と姿勢が同じである。天然パーマも同じである。今の姿勢が良いのか悪いのかわからないが(ちょっと腕が高いように思う)、初期教育の影響力が大きいことが良く解る。Webmasterが通っていた教室ではハイフィンガーは既にすたれていた。

当時ソナタアルバム以上は中級(全音楽譜では黄色の帯)となり、柔道のように小学生で黄色の帯はステイタス?であった。しかし”のだめ”は小学4年でショパンのエチュードを弾いており、進度はさらに2年速い。”のだめ”の進度は決して虚構ではなく、通っていた上村澄春先生の教室にはそんな子が2,3人おり、おかげでWebmastserは落ちこぼれだったのである。

グレたのには、自分より上手な子がいた、手が小さかった、才能が無いことに気付いた、ソフトボールがしたかった、テレビが見たかった、勉強も忙しくなったなど多くの理由があった。

しかし一番効いたのは、”どうせこの先ピアノでは喰えない。ソナタまでやれば、たいていの曲は練習次第で弾けるから、あとは好きな曲を趣味として弾けば良いのではないか”という親の言葉だった。悲しいことではあるが、これは実に正しい(現在でも)。

当時全音の楽譜の後ろにはピアノ学習書大系なる大層な表があり、それは、

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初級第一課程(赤帯) バイエル、ハノン、ブルグミューラー、他
初級第二課程(赤帯) チェルニー30番、ソナチネアルバム1,2、ドビュッシー小品集(無理)、
           フォーレ小品集(無理)、他

中級第三課程(黄帯) ソナタアルバム、ドビュッシーアラベスク、同ピアノのために(ちょっと無理)、他
中級第四課程(黄帯) ショパンポロネーズ、同ワルツ、同マズルカ、モーツアルトピアノ協奏曲、
           ドビュッシーベルガマスク(?)、版画、他

上級第五課程(白帯) ショパンバラード(!)、スケルッツオ(!)、プレリュード(?)、ベートーベン
           ソナタアルバム、同ピアノ協奏曲、リストピアノ協奏曲、同ハンガリア狂詩曲(!!)
上級第六課程(白帯) ショパンソナタ(?)、チャイコフスキーピアノ協奏曲、ムソルグスキー展覧会の絵(?)

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となっていて、親は表を見せながら、”ピアニストとしてメシが喰えるのは第六課程であって、第三課程のおまえがこのまま練習しても一生そこには及ばない”と言ったのである。

詳しい方であれば、この学習書大系が笑止千万だとわかるが(ショパンのバラードとプレリュードが同じ)、当時はG大の大御所が作成したと言われるこの表が大手を振っていた。いや、おかしいと周知でありながら敢えてだれも問題にしなかったのだろう。

難易度の問題は奥が深いので(テクニックと芸術性のどちらを重視するのか)、ここでは触れないが、当時は芸術性よりは音符の数?と指を速く動かすことが重視されていた。

この表を見て、当時のWebmasterは行く道のあまりの遠さに絶望感を感じたものである。おそらく、多くの生徒も同じ思いに捕らわれたことであろう。

しかし、全音は70年代後半に表を大きく書き換えた。Webmasterが気付いたのは、ソナタアルバムが第三課程から第四課程に突然昇進していたからである。写真の二冊のソナタアルバム(70年代)の課程が3,4と違うのがわかるだろうか。

変更は大規模なもので、バイエルからソナタに至るまでが課程一つ分昇進した。一方、第六課程は大系になじまないのか廃止され第五課程までとなった。プロが演奏会で弾いて恥ずかしくない曲は第四、第五課程に集約されたのである。

新しい大系によれば、ソナタアルバムは五分の四のところ、道半ばをちょっと過ぎた所に位置づけられた。これは、ソナタアルバムまではある程度標準的な道筋があるが、その後のテクニックと芸術性を学ぶのに確固たる道筋は無い、という業界暗黙のコンセンサスがあらわれたものであろう。

子細にみると、ドビュッシーが大きく昇進していることがわかる。第三課程にあった”アラベスク”や”ピアノのために”が二段階特進して第五課程になっている。つまり、多くの音符を速く弾くことより芸術性や音楽史での重要性が評価されたのである。実は、大規模変更途中のバージョン(写真の第三課程のソナタ)ではドビュッシーが1段階昇進していて、他にもいろいろ面白いことがある。

当然ながらショパンやベートーベンは依然王道として殆どが第五課程に位置づけられている。一方、大きく凋落したのがリストで、エチュード12曲集が収載されているだけだ。かつてはピアノ協奏曲が含まれていたが落とされた。大規模変更途中のバージョンではハンガリア狂詩曲だけが収載されていた。

これも、最近のリストに対する微妙な位置づけ(もはや標準的な教材と見なされていない)を語るもので、”のだめ”でオクレール先生がリストのマゼッパよりシューベルトのD.845やもじゃもじゃ組曲の方を賞賛したのにも、業界の雰囲気が現れている。個人的にはリストも近い将来に後期の曲を中心に再評価されるものと信じている。

さらに新しい大系では、全体を練習曲/テクニック、複音楽、古典、ロマン、近現代、曲集、連弾、邦人作品と分類されている。ここでもリストのエチュードは練習曲/テクニックに分類され、一方ショパンのエチュードは練習曲なのに、ロマンの部に収載されているのがおもしろい。

というわけで、最近の大系はつっこみ所は多数あるものの、自然というか、業界暗黙のコンセンサスに沿ったものになっている。Webmaster自身も音楽史に逆らい、ショパンアルプスの難曲群をパスしてドビュッシーに着手することの罪悪感をかなり緩和できたのである。

ただし、ドビュッシーを弾くに当たってペダリングは小学生以来初めて大きく変えた。特にハーフペダルの踏み方、そしてソステヌートの威力を知ったのである。音数が多い曲では雑なペダリングでも意外に素人にはバレないが、ドビュッシーではハーフペダルのわずかな踏み方の違いで曲が破綻するのである。

業界では、ペダリングが最も精緻であったのはミケランジェリだと言われている。彼と長く過ごした調律師の村上輝久氏の著作には細かいテクニックが触れられており、youtubeでもドビュッシー(Reflets dans l'eau)」のペダリングを見ることができる。左足に注目して欲しい。これからのピアニストは容易に巨匠と演奏を比較されてしまうので厳しい時代でもある。

というわけで、Webmasterは今後も安心して好き勝手に曲を選ぶこととした。そこで、次なる甘いケーキの上の特大のイチゴ(ラフマニノフ/パガニーニの変奏曲18番)に着手したのである。確かに、この曲はイチゴに練乳と粉砂糖をまぶしたほどの甘美な曲である。

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