これまでのこと







うまれたときのこと

平成7年10月16日

2718グラムで元気な産声をあげていましたが、生まれたときから 心臓の雑音が確認されており、翌日近くの総合病院へ
その日のうちに福岡市立こども病院へと搬送され、手術を受けるまで NICUでお世話になりました。
ショックのあまり、一時はおっぱいも止まってしまったのですが、産婦人科の 看護婦さんたちの温かい心遣いと、毎日のおっぱいマッサージで復活し、 NICUにいるかずのもとへと届けられました。




はじめての手術

平成7年11月24日 ---生後1ヶ月---

セントラルシャントは手術自体、比較的簡単とされる手術ですが、 手術の終わりかけになって急激な血圧の低下を起こしてしまい、 心臓マッサージが行われていました。
落ち着いては、また血圧が低下しマッサージを・・・と3度繰り返し たために、心臓が腫れてしまって、その日は感染予防のために皮膚の表面 だけを閉じて手術室から帰って来ることに・・・。

平成7年11月27日

心臓の腫れも引いてきたため閉じるために改めて手術室へ。
肺への血流を減らすために、動脈管の結紮術も行われましたが、 大幅に予定時間をオーバーした前回と違って予定時間内で戻ってきてくれました。

病棟に上がってからもなかなか自分でミルクが飲めずに、看護婦さん泣かせのかずでした。





まさか!の急変

その後のかずはとても順調で風邪を引いても入院などすることなく 元気に過ごしていましたが、グレンを飛ばし、フォンタン手術を受けることに なっていた頃からよく発熱するようになり、手術をキャンセルすることがありました。
そして・・・

平成10年7月3日  ---2歳---

朝、なおを保育園に送っていくとき、車の中でなんだか様子がおかしくなり近くの小児科へ
酸素吸入をしてもらい救急車でこども病院へと向かったのですが、 朝のラッシュと重なり、なかなか思うように進まず、できれば救急車のマイクを奪い取りたい気分でした。

病院へ到着し、あわただしく処置がはじまりましたが、結局 呼吸管理のためにICUに入ることなりました。

この時はまだ、少し様子を見ればすぐにICUから出られるだろうと思っていたのですが、 その日の晩は血圧の低下のために 心臓マッサージが施され、その後も落ち着いたかと思えば、肺炎を起こしてしまい、肺までも傷めて しまい厳しい状況が続いていて 「時間の問題だ・・・」という先生からの電話で、夜病院へ向かったことも

けれどもかずはがんばり通してくれて、約3週間のICU生活を終え、一般病棟へ 移ることができました。

この時かずは2歳8ヶ月。すこし遅れ気味でしたが、発達には問題なく、歩行も 出来ていましたが、このことがきっかけで、 首も据わらなくなり、寝たきりになっていたのです

低酸素の状態が続いていた為に、脳への影響も考えられていたので、 どこまで回復するのか心配されていましたが、 リハビリを開始すると、びっくりするような速さで回復していき、元気に 自分の足で歩いて退院することができました。

これが平成10年の夏の出来事。この年の冬は手術はもちろんのこと、 カテーテル検査までできない状態で・・・よく入院していました。

24時間在宅酸素・ワーファリンが始まったのはこの時です。





グレン手術

この頃は、酸素を使っていても酸素飽和度が低く、カテーテル検査も手術も見送られて いたのです。
このままでは・・・ということもあり、暖かくなる頃、 かずの調子が良いころを見計らってカテーテル検査をすることとなりました。

やはり、グレン手術ができる状態ではないとの事で、シャント術ということになり、 手術の予約を入れ、あとは病院からの連絡を待っているだけだったのですが、 先生からの連絡にとてもびっくりしたのです。

酸素を使っていても低酸素の状態だったので、シャント術をすることで片側の肺への 血流を止め、手術を行うことはとても危険だという外科の判断で、 グレン手術をすることになったということ、そして・・・
何が起きるか分からないので、後の判断材料のために脳波と脳のCTをとっておいて 欲しい・・・ということでした。
つまり、脳へ影響を及ぼすようなことが起きる可能性があるということ・・・

平成11年5月7日  ---3歳---

手術当日です。
ここまでくるのにドキドキしていたのに手術は無事に終わりました。
無事に終わりましたという言葉では足りないぐらい、何もなく無事に 終わりました。
何かトラブルが起きることも無く、その後何かが起きることも無く、 怖いぐらいにとっても順調でした。

それまでは、チアノーゼがひどかったのですが、見ただけで幸せになれるぐらい とてもきれいな色になっていました。
指の爪も。足の爪も。唇も、口の中も、舌も・・・
あまりの顔色の良さに、熱があるんじゃないかと、おでこばかりさわってしまって いた母でした。

退院するまでは無事だったのですが、退院後、まだ胸水が少し残っていたので 水分の取りすぎに注意し、厳しくしてたら・・・ハゲができていました。
もちろん、私ではなく、かずの頭にです。ちょっと反省しました。





フォンタン手術

平成12年4月3日  ---5歳---

前回の手術の時にあまりにもうまくいったので今回は安心して 送り出しました。
なおの小学校の入学式が10日後だったので、順調に回復し ていく姿にホッとしていたときのこと、胃潰瘍になり、若干5歳の子供が血を吐いていた・・・
前回のこともあったし、術後のストレスでの 円形脱毛は覚悟していたのですが、その上をいかれてしまいました。

長期入院の子供達がストレスでいろいろな症状を起こすことは まれではありません。実は大人よりも我慢強いのです。

抗生物質での下痢と胃潰瘍による嘔吐に襲われたかずは、オエオエ洗面器 を持ちながらおまるに座るという姿を先生に見られ、 先生の悩みをちょっとだけ増やしたのでした。





その後・・・

平成14年3月    ---6歳---

フォンタン後、半年ぐらいで酸素が外せることになりました。

さあ、本格的な幼稚園探しの始まりです。
幸いにも、自宅から近いところで入園を許可していただき、9月から 通うことになりました。

8月の終わりごろから、少しずつ酸素を外す時間を延ばしていき、入園の 時には、睡眠時のみの酸素使用となりました。
通い始めは休みがちだったものの、運動会にも参加し、徐々に園生活に 慣れていくと、お友だちとふざけていて頭を打ってきたり、先生に 怒られていたり・・・
目を輝かせて、毎日を楽しんでました。

そして、3月。卒園を迎え、4月には1年生です。