山本の主張

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2020年12月5日 コロナ専門病院のラバウル化は止めよう

以前小生は、コロナ対応医療体制をどのように作るかということで、重症者用にはコロナ専門病院を新たに作り、要員は各総合病院の集中治療科など当該科から一定の割合(例えば20%など 当該地区に5病院あれば人数がそろう)で専門家を交代性で派遣するのがよいと提案した。20%なら、2週間行けば残りの8週間は自分の施設に戻れる計算になる。既存の病院の医療体制を守り、かつコロナ対応をする医療者を守るにはそのような方法しかないと考えたし、今もこの考えは最近の情勢を見ても確信している。太平洋戦争時の日本軍と米軍の戦争運営方法を対比して考えてみた結果である。補給もなく死ぬまで戦えとした日本軍の方法に比べて、命のやり取りをするという極めてストレスフルな前線において、交代制で戦うとした米軍の方法の優位性をあらためて感じる。コロナ専門病院といえば、その第一号として大阪市立十三市民病院が変更させられた。大阪維新が指導部をとる大阪市の市立病院を、政治命令でコロナ専門としたものである。無論維新の政治家だけでなく、市の保健医療担当者が加わって策定したのであろうが、ここにきて医師や看護師の退職が絶えないという。当たり前である。コロナ専門医療を志して働いてきたわけでないのにもかかわらず、ある日突然コロナだけをエンドレスでやれと命令されて唯々諾々と従わねばならないのなら、それはもう北朝鮮か中国ではないか。そしてこの方法こそ実は最悪の旧日本軍戦争体制そのものなのである。すなわち病院のラバウル化といえる。あの当時ラバウルの海軍航空隊は経験や錬度からわが国最強をうたわれた。中国各地などで戦歴を積んできた戦闘機乗りが南太平洋に集められ迫り来る米軍の前に立ったのである。しかし、毎日日課のように襲ってくる物量で大幅に上回る米軍航空隊に対し、戦闘員は日夜交代もなく戦い、疲弊し、打ち落とされていく。わが軍のエースパイロットでのちラバウルの貴公子といわれた海兵出の笹井醇一中尉もここで戦死する。戦後まで生き延びた坂井三郎氏が有名だが、彼は空戦で戦傷し、本土に引き上げ、その後教官に転じたから生き残れたといえる。そのまま戦い続けたら他の多くの戦闘機乗り同様生きながらえなかったことだろう。これは典型的な消耗戦であり、必ず消耗して最終的には消滅するはじめから敗北が約束された方法論なのだ。コロナ対策でこの方法をとるのは太平洋戦争の愚を繰り返すことになる。だからコロナによる戦時ともいえるこの先は、米軍のとった交代制戦争体制が必要なのだ。なぜ私が交代性を主張するのかというと、二つ大きな理由がある。一つは病院設備などの資源を集中して高度な医療を維持することと、一定の短期間での勤務によって人員を消耗させないためだ。今後いつ果てるとも知れない長い流行が続く同疾患を、同じ人物が延々と従事し続けると必ず壊れる。全国でもう限界という声が上がっているではないか。使命感だけで死ぬまで働けというのはラバウルと同じことなのだ。たとえば1〜2週間そこで働いたら、その後の1ヶ月はもとの病院でもとの勤務をするというように。そしてここが重要な点であるが、既存の病院はコロナを扱わないようにさせる。大阪市は十三病院をコロナ専門病院にしたのはよかったが、ラバウル化させてしまったのが失敗だったのだ。総合病院には集中治療にたけた人材は存在するが、それ以外の専門家も多い。それもまとめてコロナを診ろとはあまりに乱暴であり、人材の有効利用にもならない。政治主導というと政治の主体性を示すように聞こえるかもしれないが、彼らが現場に立つわけではない。戦時中の大本営や参謀本部と同じだ。そして現在わが国は全体主義国家ではないから、そのような事態になれば人は逃散してしまうのだ。強制で危険な仕事は長続きしない。そのようなことを強要しても恨みしか残さないし、結局崩壊することになる。既存の病院を守り、コロナ医療を推進するという観点をもって対策を練る必要がある。繰り返すが、専門の大規模な医療施設を作り、その要員はその地域の総合病院から一定の割合で交代で出すことで維持すべきだ。そしてそれはコロナの高度医療だけでなく、軽症を扱う施設、無症状者を陰性化まで隔離する施設も必要である。それらも交代でそのような患者を診れる要員を、各病院から一定の割合で交代制で派遣して維持するようにしたシステム化された地域医療体制の構築こそ今必要なのだ。